第207話:『摩天楼のダイハードと、星条旗の教え子たち』
第207話:『摩天楼のダイハードと、星条旗の教え子たち』
横田基地から飛び立った米軍の超音速軍用輸送機が、灰色の雲を切り裂いてニューヨーク郊外の軍用空港へと着陸したのは、私たちが日本を発ってからわずか数時間後のことだった。
普段なら半日以上かかる距離を強引に短縮するため、アメリカ軍がなりふり構わず差し向けてきたのは、極秘の最新鋭機による送迎だった。それほどまでに、海の向こうの被害状況は逼迫しているということだ。
軍用輸送機のタラップから外を見まわすと、空港からの送迎車両も、国家賓客級の特別待遇だった。
アメリカを象徴する黒塗りの大型ラグジュアリーSUVが十数台迎えに来ている。そこから少し離れた場所では、軍人がずらっと取り囲んでいるのが見える。
「悠斗、すごいね。アッという間にニューヨークに到着したわよ!」
「ああ、そうだな。まるで大統領か大臣にでもなったかのような、特別待遇の送迎をしてもらっているな。まぁ、それくらいの緊急事態ということだよな」
(梨花は飛行機では眠っていたから、本当にあっという間に感じてるだろうな)
みんなは海外派遣が初めてだから、旅行気分でちょっとはしゃいでいたようだ。
それから一時間ほどして、私たちはニューヨークの街並みが見えるところまで、到着した。
「……ひでぇ有様だな」
送迎車両を降りた悠斗が、大剣星斬りを肩に担ぎながら呟いた。
かつて「世界の交差点」と呼ばれた大都市、ニューヨーク。しかし、そこから見晴らすマンハッタンの摩天楼は、私たちの知る姿を完全に失っていた。
エンパイア・ステート・ビルなどの巨大な超高層ビル群には、血管のように脈打つ太い鋼鉄のツタが絡みつき、空は赤黒いノイズの雲に覆われている。
街の至る所で、サイバーパンクの映画に出てくるようなネオンサインが明滅し、空を飛び交うのはアメコミのヴィランのように機械と筋肉が融合した異形のバグモンスターたちだった。
「ウェルカム・トゥ・ニューヨーク。……最悪のタイミングでの来訪を歓迎するよ、日本の英雄たち」
空港の滑走路には、防弾チョッキを着込んだ数人の屈強な兵士たちと共に、見覚えのある初老の男が私たちを出迎えていた。CIAのミラー局長だ。
彼の顔には深い疲労の色が滲み、立ち姿から感じる気配は少し弱々しく感じた。
「お久しぶりです、ミラー局長。……わざわざお出迎えの便まで出していただいて。かなり押されているようですね」
私が歩み寄ってステッキを下ろすと、ミラー局長は苦々しく首を横に振った。
「ああ。最新鋭の戦闘ヘリも、レールガンも、奴らの『巻き戻り』の前じゃただの鉄屑だ。……我が国の誇る軍隊が、手も足も出ずにタイムズスクエアから叩き出された。今はマンハッタン全域を封鎖し、かろうじて防衛線を維持している状態だ」
「だから言っただろう。魔法の戦いに物理兵器は通用しねぇって」
悠斗が呆れたように鼻を鳴らす。
「全くだ。こんなことが現実に起こるなんてな。だからこそ、君たちの『教え子』に頼らざるを得なかった」
ミラー局長が振り返ると、その後ろから、二人の若者が全速力で駆け寄ってきた。
「オーマイガー! リカ教官! ユウト教官!」
筋肉の塊のような巨体を揺らし、アメコミヒーローのように派手な赤いマントを翻して走ってきたのは、元SWAT隊員のジャック・オコナーだった。
(あ~、その赤いマントは絶対意味ないだろうな。彼の趣味が暴走してそうで心配になるわね)
「……ジャック! 元気だったかしら」
「もちろんさ! 二人が来てくれれば百人力だ! これで俺たち『ジャスティス・ディフェンダーズ』は完全体だぜ!」
彼は私の手を取り、暑苦しいほどの満面の笑みでぶんぶんと握手をする。
「……誰がディフェンダーズだ、誰が。相変わらず頭の中がアメコミで出来てやがるな」
悠斗が呆れ顔でジャックの肩を小突く。
「お久しぶりです、お二人とも。……神の導きにより、再びお会いできたことを心から感謝いたします」
ジャックの後ろから、控えめに歩み寄ってきたのは、胸元に大きな銀の十字架を下げた修道服姿の少女、サラ・ウィルソンだった。
「サラちゃん、無事でよかった。……でも、あなたたち二人だけであのタイムズスクエアの防衛線を?」
私が驚いて尋ねると、サラは少しだけ顔を曇らせて俯いた。
「はい。……ジャックさんが強力な『裁きの光、エネルギーブラスト』で敵を吹き飛ばし、私が『神の盾、ホーリーウォール』で彼を守る。最初はそれで上手くいっていたのですが……」
「敵の巻き戻りラグに対応しきれなかったんだろ?」
ソラが銀縁眼鏡を押し上げながら、冷静に指摘した。
「ギクッ……。ま、まあな! 奴ら、俺の必殺ビームを食らった瞬間にズルをして復活しやがるんだ! どんな悪党だって、一度倒されたらちゃんと負けを認めるのが世の中のルールってもんだろうが!」
ジャックが悔しそうに赤いマントを握りしめる。
「お前の脳内ルールの話なんかしてねぇよ」
悠斗がため息を吐き、ドンッと大剣を地面に突き立てた。
「いいか、お前ら。俺たちがわざわざ海を渡ってきたのは、お前らとお遊戯をするためじゃねぇ。日本の新宿と同じなら、あのタイムズスクエアのド真ん中、一番デカいビルのどこかに『種子の核』があるはずだ。それを見つけ出してブッ壊すぞ」
「おお! さすがユウト教官! 燃える展開だぜ!」
ジャックが両拳を打ち合わせ、目を輝かせる。
「……待って。その前に確認しておきたいことがあるわ」
私はステッキを構え直し、ジャックとサラを真っ直ぐに見据えた。
「あなたたち……相変わらず『結果』だけをイメージして魔法を使ってるんじゃないでしょうね? 魔力の出力調整(燃費)や、物理法則を無視した戦い方をしてない?」
私の問いに、ジャックとサラは気まずそうに目を逸らした。
「え、えーっと……ヒーローの必殺技は、常にフルパワーで撃つのがカッコいいというか……」
「神の奇跡は、無尽蔵の恵みであり……節約するなどというケチな考えは、信仰に反するのではないかと……」
「……」
私と悠斗は、同時に深い溜息を吐いた。
どうやら、以前教えた「実戦的な魔法のプロセス(物理学)」は、彼らのアメコミと宗教という強固な『文化の壁』の前に、すっかり抜け落ちてしまっていたようだ。
「……仕方ないわね。実戦の中で、もう一度イチから叩き直してあげるわ」
私がステッキをタイムズスクエアの方角へと向けると、颯太や舞たちもそれぞれの武器を構え、力強く頷いた。
「新入りたちも見ておきなさい。これが、文化や概念の違いが生み出す『認識のズレ』よ。……これを正さない限り、世界を救うことはできないわ」
「はいっ、教官!」
「え~っと、その前に、先ずはジャックとサラに、各々で自己紹介をしてください。言葉はこの同時翻訳イヤホンで対応してくれるから、英語でも日本語でも問題ないわ」
軍事技術は世の中の何十年か先を行っていると言われるけれど、この翻訳イヤホンだけでもすごい技術よね。
「よし、じゃあ、特異点小隊、これよりタイムズスクエアのバグ領域へ突入する! アメリカのバカ弟子共に、本物の戦い方を見せてやるぞ!」
悠斗の号令と共に、私たちはサイバーパンクの摩天楼へと足を踏み入れる。
自由の国、アメリカ。
ヒーローの理想と物理法則がぶつかり合う、過酷なレクチャーにならなければ良いなと願った。
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