第205話:『波状攻撃の果てと、世界を覆う種子』
第205話:『波状攻撃の果てと、世界を覆う種子』
ズズズズズズッ……!!
鋼鉄のムカデが消滅したトンネルの奥から響き始めた、地鳴りのようなノイズ音。それは次第に輪郭を持ち、明確な殺意となって暗闇の中から溢れ出してきた。
「来るぞ! 全員、防衛陣形を取れ!」
悠斗の鋭い号令と同時に、私たちは即座に地下通路を塞ぐように横一列に広がった。
暗がりから姿を現したのは、真っ赤なポリゴンの粘液で構成された猟犬のような化け物や、ひしゃげた案内板と融合した無機質のゴーレムの群れだった。その数は数十、いや百を超えているかもしれない。
「メイちゃん、正面を塞いで! ソラくんと咲ちゃんは敵の湧く周期とラグの法則を完全に解析するまでサポートして! 光輝くん、颯太くん、舞さんは前衛で迎撃よ!」
「了解ッ!」
私の指示が飛ぶのと同時に、怒涛の波状攻撃が始まった。
「ハニカムシールド!」
メイがトンネルの幅いっぱいに黄金の盾を展開し、群れの一斉突撃を強引に受け止める。
そこへ、光輝の『連鎖雷撃』と私の『重力圧し潰し』が容赦なく降り注ぐ。
バグ領域での戦いは、通常の物理法則が通用しない。敵を倒したと思っても、数秒前の状態に「巻き戻って」復活し、盾の死角から不意打ちを仕掛けてくる。
だが、私たちはもう浮き足立ってはいなかった。
「颯太、右の三体、三秒後に巻き戻るぞ!」
「わかってる! そのタイミングで置きにいくッ!」
悠斗の叫びに、颯太が短剣に紅い魔力刃を纏わせ、敵が巻き戻って出現する「起点」の空間へ向けて、先読みの刺突を放つ。復活した瞬間にコアを貫かれたバグモンスターが、赤いノイズとなって今度こそ完全に霧散した。
「……いけます! タイミング、掴めました!」
舞も、巻き戻りのラグを利用して槍の軌道を変化させ、的確に敵の数を減らしていく。
そこからの数十分間は、終わりの見えない防衛戦だった。
私たちは無数の群れをさばきながら、少しずつこの狂ったダンジョンの法則を体と脳に叩き込んでいった。
「教官! 敵の湧き方と巻き戻りのパターン、完全に解析完了しました!」
ソラがタブレットから顔を上げ、銀縁眼鏡を光らせて叫んだ。
「この空間内のバグモンスターは、すべて同じ親機サーバーのクロック信号に同期して動いています! つまり、親機さえ叩き潰せば、この無限湧きは完全に停止します!」
「良くやった。ソラ、十分だ。……新入り共も、この狂った空間の戦い方に目が慣れてきた頃だろ」
悠斗が大剣についた赤いポリゴンの返り血を振り払い、トンネルの最奥を睨み据えた。
「ええ。ジリ貧の防衛戦はここまでよ」
私はステッキを握り直し、小隊全員の顔を見渡した。
「敵の法則が分かった今なら、これ以上の長居は無用ね。一気に最奥へ突っ込んで、親機を破壊するわよ!」
「「「了解ッ!!!!」」」
私たちの反転攻勢が始まった。
もはや「巻き戻り」のタイミングを完全に把握した私たち小隊の進攻を、雑魚の群れが止められるはずもなかった。
狂った重力と、デタラメに配置された空間の残骸を強引に突破し、私たちはついに新宿旧地下街の最奥、かつては巨大な地下広場だった場所へと辿り着いた。
だが、そこにはもう見慣れたタイルの床も、待ち合わせの目印となるモニュメントも存在しなかった。
広場全体が、アルメルシアの古代神殿を思わせる苔むした巨大な石柱と、現代のコンクリートや剥き出しの鉄筋がグロテスクに融合した異界へと完全に書き換えられていた。
そして、その広場の中央。
天井から床へと貫くようにそびえ立つ巨大な石柱に絡みつく形で、赤黒く脈打つ巨大なクリスタルが鎮座していた。深海のプラントで見た『種子』が発芽し、現実空間を侵食するための心臓部、『種子の核』だ。
「……あいつが、このバグ領域の発生源ね」
私がステッキを構えると同時に、種子の核を守るようにして、巨大な影が石柱の裏からヌルリと姿を現した。
それは、新宿の地下を支える巨大なコンクリートの柱やデジタルサイネージの残骸と、四つ足の巨大な魔竜が融合したような、形容しがたいバグモンスターだった。頭部のモニターには文字化けした真っ赤な警告文が絶え間なく流れ、背中からは無数の鋼鉄の触手が蠢いている。
『■■■・バベル(未定義エラー)』
私の視界に、システムのエラーを告げるポップアップが赤く明滅した。
「入り口のムカデ野郎より、ずっとタチが悪そうなツラしてやがる」
悠斗が大剣星斬りを肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべて前に出る。
「一気に核ごと叩き斬るぞ!」
悠斗が地を蹴り、光輝と颯太がそれに続く。三人の前衛が、異なる角度から巨大なバグモンスターへ向かって斬りかかった。
ジジッ……!!
空間に、先ほどよりもさらに激しいノイズが走った。
次の瞬間、悠斗の大剣が届くよりも早く、バベルの姿が「三秒前の位置」へと巻き戻り、それと同時に三人の死角から無数の鋼鉄の触手が空間を突き破って襲いかかってきた。
「なっ……!?」
「展開、ハニカムシールド!!」
メイが悲鳴のような声と共に黄金の盾を広げ、間一髪で三人を触手の串刺しから守り抜いた。
ガガガガガッ! と盾に凄まじい衝撃が走り、メイが数メートル後ずさる。
「教官、こいつ、さっきの門番や雑魚とは処理能力の次元が違います!」
ソラがタブレットを激しく叩きながら叫んだ。
「こいつはダメージを受けてから巻き戻るんじゃない! 僕たちの攻撃モーションを予測演算して、攻撃が当たる『前』に事象を巻き戻し、カウンターを合わせるようにプログラムされてるんです!」
「おい、攻撃する前に巻き戻されるなら、どうやって当てろって言うんだよ!」
光輝が電撃で触手を弾き飛ばしながら悪態をつく。
「つまり、あいつの予測演算の限界を超えるしかないってことね!」
私はステッキを高く掲げた。
どんなスーパーコンピューターにも、同時に処理できる情報量には限界がある。現実世界を強引に上書きしている今の不安定なシステムなら、尚更だろう。
「みんな、聞いて! 私たちの連携をデータとして予測されるなら、そのデータが処理しきれないほどの『非論理的連携、フルコンボ』を叩き込むわよ! ターゲットはモンスターじゃなく、背後の『核』一点よ!」
「了解ッ!」
小隊八人の総力戦が始まった。
「まずは俺が、システムをバグらせてやるっすよ!」
光輝が両手のガントレットを打ち合わせ、広場全体に強力な電磁パルスを帯びた雷の網を放った。
「電磁障壁、ジャミングフィールド!」
バチバチと弾ける電磁波が、バグモンスター、バベルの頭部のモニターを激しく乱れさせる。
「視界がブレた隙を突きます! 颯太くん、舞さん!」
最後方から咲が『遠隔透視』で敵の処理ラグが生じた死角を的確にナビゲートする。
「行くぞ、結衣の分だッ!」
「貫けェッ!」
颯太の紅い魔力刃と、舞の真空の槍撃が、予測演算の死角を突いてバベルの脚部と触手へ同時に突き刺さる。
ジジッ……とモンスターが事象を巻き戻そうとした、その瞬間。
「させません! 局地熱膨張!」
ソラが、巻き戻りの起点となる空間座標のど真ん中に、超高熱の爆発を発生させた。
システムが「巻き戻る前の状態」と「現在の熱膨張」の矛盾したデータを処理しきれず、空間全体に赤いポリゴンのノイズがフリーズしたように静止する。
完全に、敵の予測演算がオーバーフローを起こしたのだ。
「よし、悠斗!!」
「オラァァァァァァァッ!!!!」
私は全身の魔力を振り絞り、悠斗の体に最大限の『超重力牽引』をかけた。
ただの落下速度ではない。八人全員の魔法とスキル、そして互いを信じ抜く連携によって作り出された、たった一瞬の絶対的な隙だ。
白く輝く身体強化のオーラを纏った悠斗が、重力加速によって音速を超えた弾丸となり、フリーズした巨大モンスターの胴体を真っ二つに引き裂きながら、その背後にある『種子の核』へと直撃した。
パキィィィィィンッ!!!!
大剣星斬りが、巨大な赤いクリスタルを根元から粉砕した。
鼓膜を破るようなガラスの砕ける音が広場に響き渡り、空間を侵食していた赤黒いノイズが、悲鳴を上げるように一気に霧散していく。
「……終わった……?」
舞が息を切らしながら槍を下ろす。
見渡せば、苔むした神殿の石柱も、空中に浮いていたベンチも嘘のように消え去り、そこには見慣れた新宿地下広場の、無機質だが安心するタイル張りの光景が広がっていた。
倒れていた警察の特殊部隊の隊員たちも、気を失ってはいるものの、無事に空間の隙間から現実へと吐き出されている。
「やった……! やりましたよ、教官!」
颯太が拳を天に突き上げ、光輝やソラたちとハイタッチを交わす。
「はぁっ……はぁっ。さすがに、燃費が悪すぎるぜ……」
悠斗が大剣を杖代わりにして息をつき、私もステッキに寄りかかって膝から崩れ落ちそうになった。それを、悠斗が空いた片手でしっかりと支えてくれる。
「よくやったわ、みんな。……これで、新宿は守られたわね」
私たちが互いの健闘を讃え合い、安堵の息を吐いた、まさにその時だった。
『……特異点小隊、応答して!』
私のインカムから、レンの切羽詰まった声が響いた。
これまでに聞いたこともないような、焦燥に満ちた叫びだった。
「レンさん? こちら特異点小隊、種子の核の破壊に成功しました。バグ領域は解除され……」
『喜んでいる時間はないわ! 今すぐ地上へ出て、空を見なさい!』
レンのただならぬ気配に、私たちは顔を見合わせ、急いで地下広場の階段を駆け上がった。
封鎖された新宿駅前の地上。
冬の夜明けを迎え、本来なら白み始めているはずの東京の空は、おぞましいほどに赤黒いノイズの雲に覆い尽くされていた。
「な、なんだよあれ……」
光輝が絶望的な声を漏らす。
雲の切れ間から、まるで流星群のように、無数の赤い光の尾が空を切り裂きながら地上へ向かって降り注いでいるのが見えた。
『深海から放たれた種子は、新宿の一つだけじゃなかった……!』
インカム越しのレンの背景で、作戦司令室のオペレーターたちの悲鳴のような報告が飛び交っている。
『ニューヨーク、ロンドン、北京、パリ……! 世界中の主要都市に、第二、第三の種子が一斉に着弾し、発芽を始めたわ! 世界の主要機関の機能が、完全に停止しつつある!』
「世界中が、バグ領域に書き換えられてるって言うの……!?」
私は信じられない思いで、赤く染まった空を見上げた。
『箱舟』は、はじめから日本だけを狙っていたわけではなかった。
人類が築き上げた文明そのものを、アルメルシアの箱庭という名の「システム」へ強制的に上書きし、自分たちの管理下に置く。それが、進化したAIが導き出した、人類に対する最終的な環境リセットの答えだったようだ。
「……ふざけんなよ。世界中がダンジョンになっちまうってのかよ」
悠斗が、赤く染まる空を睨みつけ、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
颯太も舞も、そしてメイやソラたちも、圧倒的な絶望のスケールを前に言葉を失って立ち尽くしている。
終わったわけではなかった。
私たちが新宿で破壊した種子は、世界を覆う絶望の、ほんの最初のひと粒に過ぎなかったのだ。
空を焦がす無数の赤い流星群を見上げながら、私は自分のステッキを、白くなるほど強く握りしめた。
異能戦争の幕開け。
それは、現実世界そのものを舞台にした、人類と『箱舟』との生存を懸けた、終わりの見えない戦争の始まりなのかもしれない。
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