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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第203話:『深海のチェイスと、発芽する種子(シード)』

第203話:『深海のチェイスと、発芽する種子(シード)』


ミシミシ、メキメキッ……!


深度二千メートルを超えるマリアナ海溝の暗闇の中、ステルス特殊潜航艇の強固なチタン合金の船体が、途方もない水圧と回避行動の負荷によって悲鳴を上げていた。


「深度千五百まで浮上! でもダメです、敵の無人機群、さらに加速して接近してきます!」

コンソールに張り付いた咲が、額から冷や汗を流しながら叫んだ。


モニターには、赤い光の尾を引く魚雷型の無人機が数十機、文字通り群れとなって私たちの潜航艇を追尾してくる絶望的な映像が映し出されている。


「チッ、しつこい連中だ! 梨花、この水圧じゃ外に出て迎撃するのは自殺行為だ。艦内からどうにかできるか!?」

悠斗が壁の手すりにしがみつきながら、大きく揺れる艦内で私を振り返った。


「やってみるわ! 咲ちゃん、敵の最も密集している座標を教えて!」

私はステッキを強く握りしめ、目を閉じた。


深海という環境は、私たちにとって最大の枷であると同時に、これ以上ない無尽蔵の武器でもある。数千メートルの水柱がもたらす水圧という絶対的な物理エネルギーを利用すればいい。


「後方、距離四百! 時計の五時と七時の方向に、それぞれ八機ずつ固まっています!」

「分かったわ! あっちとこっちねー 『局地重力圧壊、グラビティーコラプス』!」

私はステッキを後方の隔壁へ向け、咲が指定した座標の重力を、一瞬だけ極限まで引き上げた。


ただでさえ数百気圧という恐ろしい力がかかっている深海で、さらに重力を何倍にも局所集中させる。


ズゴォズゴォズゴォォォォォォンッ!!!!


潜航艇の分厚い装甲越しでもはっきりと伝わってくる、腹の底を揺らすような鈍い重低音。


後方の海中で、無人機の群れが自らの周囲の水圧の急激な変化に耐えきれず、まるで空き缶のように次々とペシャンコに圧壊し、連鎖的な爆発を起こしたのだ。


「よっしゃ! 敵の第一波、完全に沈黙しました!」

咲がパァッと顔を輝かせる。


「まだ安心するな、一気に水面まで振り切るぞ!」

悠斗の掛け声で乗組員がスロットルを全開に押し込み、潜航艇は残る追撃を振り切るように、文字通り海へ向かって跳躍するような猛烈な速度で浮上を続けた。


ザバァァァァァァァァッ!!!!


激しい水飛沫と共に、潜航艇が冬の夜明け前の海面へと飛び出した。

荒れ狂う波に揉まれながらも、私たちは確かに暗く冷たい死の底から、空の下へと生還を果たしたのだ。


「……はぁっ、はぁっ……。助かったぁ……」

咲がコンソールに突っ伏し、大きく肩で息をする。


「ああ。よくやったぞ、咲。お前の目がなきゃ、海の底で鉄屑になってたところだ」

悠斗が彼女の肩をポンと叩くと、咲は涙目で「はいっ」と力強く頷いた。


私もステッキを下ろし、全身の力が抜けるのを感じた。ほんの数十分の偵察ミッションだったが、精神的な疲労は過去のどんな戦闘よりも重かった。


あの海の底で静かに脈打つ、世界にばら撒かれるための『種子(シード)』の無数のカプセル。細菌兵器か、物理兵器か……、その不気味な光景が思い浮かんで離れなかった。



数時間後。

私たちは防衛省の地下・作戦司令室へと帰還していた。


「先輩たち! 無事でよかったっす!」

ヘリポートから駆け込んだ私たちを、光輝、ソラ、メイの三人が安堵の表情で出迎えてくれた。


「おう、留守番ご苦労だったな。日本は沈んでねぇだろうな?」

悠斗が軽口を叩きながら歩み寄るが、司令室の奥で待っていたレンと黒田局長の顔を見た瞬間、その笑みがスッと消えた。


「……どうした。二人とも、葬式みたいなツラして」

「休む暇を与えられなくて本当にすまない、特異点小隊」

黒田局長が、深く沈み込んだ声で言った。その目の下には、以前よりもさらに濃い疲労の隈が刻まれている。


「咲ちゃんが透視した情報を、潜航艇からリアルタイムで受信し、佐藤博士と共に解析していたわ」

レンがキーボードを叩き、メインモニターにあの深海プラントで聞いた『カプセル状の種子』のワイヤーフレームを映し出す。


「咲ちゃんの見た通りよ。でもね梨花、あのカプセルの中身……あなたが懸念していた細菌兵器や化学兵器なんかじゃなかったわ」

「え……? じゃあ、一体どんな兵器が詰め込まれていたの?」


「結果から推測すると、アルメルシアの物理法則と魔力データが、極限まで圧縮されたものよ。……問題は、そのカプセルが『これからばら撒かれる』ものではなかったということ」

レンはモニターの画面を日本地図へと切り替えた。


「あなたたちが偵察に潜っている間、あるいはそれより少し前……太平洋の深海から、すでに複数の種子がミサイルのように射出されていたのを、我が国の防衛衛星が捉えていたのよ。ステルスとジャミングでギリギリまで発見が遅れたわ」

地図上の東京、新宿エリアが、毒々しい赤色に点滅し始めた。


「……一つが、新宿の旧地下街エリアに着弾した」

黒田局長の言葉に、司令室の空気が凍りついた。


「着弾したって……爆発したんすか!? それとも毒ガスとか!?」

光輝が血相を変える。


「物理的な爆発でも、細菌の散布でもない。……だが、それよりも遥かに最悪な事態が起きている」

レンが、警察の先遣隊が残したというボディカメラの映像をスクリーンに映し出した。


そこに映っていたのは、私たちが知る新宿地下街の風景ではなかった。


天井と床の重力が完全に逆転し、空中に浮かぶベンチや自動販売機。壁からはアルメルシアの神殿のような苔むした石柱が生え出し、蛍光灯の光は赤黒いノイズに塗れて明滅している。


そこには、日常の風景と、仮想空間のファンタジーが、おぞましい形で融合した異空間が出来上がっていた。


「種子が発芽し、現実世界の空間を物理的にアルメルシアのルールで書き換えたのよ。私たちはこれを『バグ領域』と呼称することにしたわ」

レンが忌々しげに爪を噛む。


「内部に突入した警察の特殊部隊は、突入からわずか三分で通信が途絶した。重力が狂い、物理法則が通用しないあの空間では、現代兵器はただの鉄クズよ」


「……なるほどな。ばら撒く兵器ってのは、現実世界をいきなりゲームのダンジョンに書き換えるウイルスだったってわけか」

悠斗が大剣星斬りの柄を強く握りしめ、低く唸った。


「しかも、ただのダンジョンじゃありませんよ」

ソラが、自らのタブレットとメインモニターを同期させながら口を開いた。


「このバグ領域の空間データ、アルメルシアの初期コードと現実の質量が無理やり混ざり合っているせいで、極端な処理落ちラグや、事象の巻き戻り、ロールバックが発生している可能性があります。常識の通用しない、最悪の無法地帯です」


会議室の中は夜中の雪原のように、静かになった。



その時、作戦司令室の自動ドアが開き、二人の人影が飛び込んできた。

「話は聞きました! 俺たちも行かせてください!」

「風間先輩、梨花先輩! 私たちも戦えます!」

息を切らして立っていたのは、防刃スーツに身を包んだ颯太と舞だった。


彼らの手には、支給された真新しい短剣と長槍が握られている。その瞳には、かつての怯えや迷いはなく、大切な日常を守るという確固たる戦士の意志が燃えていた。


「……おいおい、基礎練の素振り一万回は終わったのかよ」

悠斗が振り返り、呆れたように鼻を鳴らす。


「とっくに終わらせましたよ! 妹が暮らす街にバケモノが湧いてるのに、黙って隠れてるなんて俺には無理だ!」

颯太の真っ直ぐな言葉に、悠斗はフッと口角を吊り上げた。

「……へっ。足手まといになったら、バグの餌にするからな」

「させませんよ!」

舞が凛とした声で応じ、槍をドンッと床に突いた。


私はステッキを握り直し、頼もしい仲間たちの顔を順番に見渡した。


悠斗、光輝、咲、ソラ、メイ。そして新たに加わった颯太と舞。


「行くわよ、特異点小隊、総員出撃! これからが、私たちの本当の防衛戦よ!」

「「「了解ッ!!!!」」」

八人の声が、司令室に力強く響き渡る。


海の底に潜む『箱舟』が放った、現実を書き換える悪意の種子。

狂った物理法則とバグが支配する新宿の地下迷宮へと、私たちは日常を取り戻すための総力戦へと向かうことにした。





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