第200話:『歪な集合体と、反撃の鼓動』
第200話:『歪な集合体と、反撃の鼓動』
ドゴォォォォンッ!!
無数の顔のない頭部をボコボコと浮かび上がらせた巨大な『■■■・コレクター』が、再びその体の一部を大砲のように変形させ、真っ黒な泥の塊を撃ち出してきた。
メイの黄金のハニカムシールドが激しい衝撃を受け止め、神殿跡地の石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。
「くぅぅっ……! 重い……っ!」
メイが歯を食いしばり、両手で必死に盾を支えるが、敵の放つ一撃一撃は思っているよりも重かった。
六角形の結合点に走った亀裂が、ピキピキと音を立てて少しずつ広がっていく。
「メイちゃん、そのまま耐えて! 光輝くん、ソラくん、シールドの外から側面へ回り込める!?」
「任せろッ!」
「行けます!」
私の指示に、光輝とソラが左右に分かれて走り出す。
巨大なスライム状の化け物は、二人の動きを察知すると、今度は背中から数本の黒い触手を鞭のように生やし、逃げ道を塞ぐように薙ぎ払ってきた。
「甘ぇよッ! 『連鎖雷撃』!」
光輝がスライディングで触手を躱しながら、下から上へと電撃を放つ。
触手の一本が黒焦げになって千切れるが、すぐにドロドロと溶け、わずか数秒で元通りの長さに再生してしまう。
「再生速度がさっきの雑魚とは段違いです……! 一撃で芯まで消し炭にしないとキリがありません!」
ソラがタブレットを操作しながら叫ぶ。
「だったら、俺が一番デカい火力をぶち込んでやる! 悠斗先輩、合わせるっすよ!」
光輝が右手のガントレットにありったけの魔力を集中させ、バチバチと激しい火花を散らす。
「ああ。一気にカタをつけるぞ、梨花! サポートよろしく! 」
悠斗がシールドの影から飛び出し、大剣星斬りを上段に構えて跳躍した。
私はすかさず、悠斗と光輝の体に『重力軽減』をかけ、ゲームの主人公のように身長の何倍もの高さにまで跳躍をできるようにした。さらに悠斗の振り下ろす大剣の刃先にのみ『超重力』を付加する。
「オラァァァッ!!」
悠斗の重力アシストによる超加速の一撃と、光輝の最大出力の雷撃が、ほぼ同時に巨大な黒い化け物の胴体へと突き刺さった。
ドバァァァァンッ!!
強烈な雷光と衝撃波が吹き荒れ、巨大な黒いスライムの胴体に、ポッカリと数メートル四方の大穴が穿たれた。
「やったか!?」
光輝が着地しながら叫ぶ。
だが、その大穴の奥底、コールタールのような黒い泥の奥深くに、青白く脈打つ不気味な『核』のようなものが一瞬だけ見えた。
『ギィィィ……!! エラー……排除プロトコル、更新……』
巨大な化け物が身をよじり、ノイズ混じりの機械音のような金切り声を上げる。
直後、穿たれた大穴の周囲の泥が急速に硬質化し、まるで強固な装甲のように核を覆い隠してしまった。さらに、千切れた触手や周囲に飛び散った泥の破片が、磁石で吸い寄せられるように本体へと戻り、先ほどよりも一回り大きく、いびつな姿へと急速に再生していく。
「なんだよあれ……! 俺たちの攻撃パターンまで学習して、防御力を上げやがったのか!?」
光輝が舌打ちをする。
「ただの集合体じゃない……あの核、かつて戦った敵と似ている気がするわ!」
私はステッキを握り直し、戦慄した。
氷室監査官が言っていた『箱舟』。その大元のシステムが、私たちが壊した治験AIの残骸データと、このアルメルシアの深層に溜まった治験者たちの恐怖心を強制的に結びつけ、この『■■■・コレクター』という異常なバグモンスターを生み出したのに違いない。
私と悠斗の『戦闘データ』を回収しようとしているなら、この巨大な化け物は、私たちが持てる最大の火力を引き出すまで、何度でも再生と進化を繰り返す気だろう。
「くっ……! 教官、どうすんだよ! あの化け物、どんどんデカくなっていくぞ!」
後方で結衣を庇っていた颯太が、紅い魔力を纏った短剣を構えながら焦燥の声を上げた。
その隣では、槍を持つ神楽坂 舞と二人の少年も、信じられないものを見るように巨大化する敵を見上げている。
「みんな、下がって! メイちゃんのシールドから出ないで!」
私は彼らを制し、思考をフル回転させた。
あの強固な装甲に覆われた核を一撃で破壊するには、前回のように私が『特異点極大重力球』を撃ち込むしかない。だが、ここは隣国の現実のプラントではない。アルメルシアの深層で私の魔力波長を広範囲に増幅し続けているせいで、今の私には、あの巨大な重力球を生成するだけの魔力が残っていないと感じていた。
「……チッ。どうやら、俺たちの底力を見せないと帰してくれねぇみたいだな」
悠斗が大剣を肩に担ぎ直し、私を一瞥した。
彼の黒い瞳が「魔力が足りないなら、どうする?」と静かに問いかけている。
答えは一つしかない。私一人で足りないなら、ここにいる全員の力を一つに束ねるのはどうだろうか。
「光輝くん、ソラくん! 敵の装甲を剥がすわよ! 私と悠斗の動きに合わせて!」
「了解っす!」
「はいっ!」
私はステッキを胸の前に構え、深く息を吸い込んだ。
「メイちゃん、シールドを一部だけ開いて! 颯太くんと舞さんたちは、自分の足元にある帰還の魔法陣に魔力を流し込み始めて! 私たちの波長が最高潮に達した瞬間に、全員を一気に現実へ帰れるようにするわ!」
「……わ、わかった!」
「頼むぞ、教官……!」
舞と颯太が力強く頷き、結衣たち未覚醒の治験者たちを守りながら、足元の淡い緑色の光へと必死に魔力を注ぎ込み始める。
「行くわよ、悠斗!」
「オウ、オラァァァッ!!」
メイがハニカムシールドの正面を扇状に開いた瞬間、悠斗が弾かれたように敵の正面へと突撃する。
私は彼の動きに合わせ、敵の巨大な腕が振り下ろされるタイミングで『重力反発』を展開し、その軌道を強引に上へと逸らした。
「今だ、光輝!」
「ぶっ飛べェッ!」
悠斗の掛け声と共に、光輝が放った極太の雷撃が、敵の硬質化した装甲の表面に直撃する。
「ソラくん!」
「座標固定! 局地熱膨張!」
雷撃によって脆くなった装甲の表面に、ソラの超高熱の爆発が重なる。
急激な温度変化と衝撃。物理法則を超えた異能の連続攻撃に、さすがのバグモンスターの強固な装甲も耐えきれず、メキメキと音を立てて亀裂が走り、ついにボロリと崩れ落ちた。
露わになった青白い核。
「……もらったァッ!」
空中に跳躍していた悠斗が、全身から白く輝くオーラを爆発させ、大剣星斬りを上段に振りかぶる。
私は残されたすべての魔力を、彼の剣の刃先にのみ集中させた。
「貫けぇぇぇぇっ!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
悠斗の全体重と、私の超重力が乗った大剣の切っ先が、青白い核の中心を正確に貫く。
『ギィィィィィ……!! ガ……ガァァァァァァッ!!!!』
耳を塞ぎたくなるような凄まじい絶叫が神殿に響き渡り、巨大な黒い化け物の体が内側から強烈な光を放って膨張していく。
「今よ! みんな、現実へ帰還して!!」
私が叫んだ瞬間、私の左耳のイヤーカフから、かつてないほど強烈な桜色の魔力波長が、光の波動となって神殿全体へと広がった。
「結衣、しっかり掴まってろよ!」
「みんな、一気に飛ぶぞ!」
颯太と舞の声と共に、彼らの足元で眩く輝いていた帰還用の魔法陣が、ついに本格的に起動する。
光の粒子が彼らの体を包み込み、一人、また一人と、混濁した深層の世界から無事に帰還していく。
最後の一人、結衣をしっかりと抱きしめた颯太が、光に包まれて消える直前、私と悠斗の方を振り返った。
「……あんたたち、ホントに強ぇな。……現実に戻ったら、絶対に教官の特訓を受けてやるからな!」
少年らしい不敵な笑顔を残し、颯太の姿も完全に消え去った。
直後、核を破壊された『■■■・コレクター』の巨体が、大爆発を起こして完全に消滅した。
爆風が収まると、深層を覆っていた鉛色の雲が少しだけ晴れ、どこからか一条の光が崩れかけた祭壇へと差し込んできた。
「……はぁっ、はぁっ……」
私はステッキを杖代わりに、その場にへたり込んだ。魔力を完全に使い果たし、指先ひとつ動かす気力も残っていない。
「終わった……のね」
「ああ。……上出来だ」
大剣を背中のホルダーに収めた悠斗が歩み寄り、私の前にしゃがみ込んで、無言で大きな右手を差し出してくれた。
私は小さく笑い、その温かい手を取って立ち上がる。
時計を見れば、タイムリミットの三時間まで、残り十分。
私たちは無事に、十数人の有望な治験者たちを現実の世界へと救い出すことに成功したのだった。
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