第196話:『弱点のカルテと、稀なる導き手』
第196話:『弱点のカルテと、稀なる導き手』
雲一つない冬の青空が広がる屋外広場を抜け、私たちはセクションゼロの専用施設である第一訓練ドーム、通称『箱庭』へと足を踏み入れた。
高い天井に覆われたドーム内は、空調が効いていて外の冷気とは無縁だ。すでに全員が戦闘用の防刃スーツへと着替え直しており、さっきまでのリラックスした空気から一転して、心地よい緊張感が漂い始めている。
「じゃあ、まずは昨日の実戦の反省会から始めるわよ」
私は愛用のステッキをくるりと一回転させて床に突き立て、整列した四人の後輩たちを見渡した。
「隣国のプラントで、私たちは治験AIの中枢コアを破壊し、囚われていた子供たちを全員救い出すことができた。そこは胸を張っていいわ。……でも、最下層でAIのロボット端末と戦った時、私たち全員の弱点が敵に筒抜けになっていたのも事実よ」
私の言葉に、四人の表情がキュッと引き締まる。
「メイちゃん。あなたの『ハニカムシールド』は、正面からの弾幕や熱波には無敵に近い防御力を発揮したわ。でも、AI端末に六角形の結合点を一点集中で突かれた時、共振を起こして亀裂が入った」
「はい……。結合部分の魔力密度が均一じゃなかったせいです。もっと構造を細かく制御できないと、次また同じ場所を狙われたら割られちゃいます……」
メイが自分の小さな両手を見つめ、悔しそうに唇を噛んだ。
「ソラくんは、自分の得意と不得意がはっきり出たわね」
「……はい」
ソラは銀縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、タブレットの画面を操作して自らの魔力波形を表示させた。
「僕の『局地熱膨張』は威力こそありますが、発動から爆発までにコンマ数秒のタイムラグがあるせいで、AIのような高速移動する相手には回避されてしまいます。それに……高熱の少女を止めようとした時の『局地熱奪取、サーマルドレイン』は、僕が冷却系を苦手としているせいで、全く出力が足りませんでした」
「いい分析ね。そして咲ちゃんは、地下鉄のトンネルで電波吸収材に阻まれた時の『遠隔透視、クレアボヤンス』の精度低下が課題よ」
「はい。魔力の残滓までは感知できたんですけど、ワイヤートラップの物理的な構造まで視えませんでした……」
咲が申し訳なさそうに肩を落とす。
そして私は、最後に腕を組んで立っている光輝へと視線を向けた。
「で、光輝くん。あなたはAIに『雷撃の初速と射出角度の癖を完全にモデリングできている』って言われてたわよね」
「ぐっ……! い、いや、俺にはそんな分かりやすい癖なんてねぇはずっすよ! あれはAIのハッタリっていうか……」
光輝は焦ったように言い訳をしながら、無意識のうちに右手のガントレットを左手で軽く撫でた。
その瞬間、隣に立っていた咲が「あ」と小さく声を上げた。
「……ううん、あるわよ、光輝くん。大きな電撃を撃つ直前、いつもガントレットを撫でてから、右の肩がほんの少しだけ沈むもの。私、後ろから見てていつも『あ、今から撃つな』って分かってたわ」
「なっ……!?」
光輝は雷に撃たれたように目を見開き、バッと咲の方を振り返った。
「お、お前、いつの間にそんな細かいところまで見てたんだよ……!」
「だ、だって、同じチームなんだから見るに決まってるじゃない……っ!」
咲が耳まで真っ赤にして顔を背ける。すると光輝も、帰りの輸送機の中でお互いの頭を寄せ合って眠っていた記憶がフラッシュバックしたのか、ボッと顔から火を噴きそうなほど赤くなって一歩後ずさった。
「ほらほら、二人とも! 公開イチャイチャは訓練が終わってからにしてよね!」
メイが両手を腰に当ててニヤニヤと茶化し、ソラが「やれやれ」といった様子で溜息をつく。
張り詰めていたドーム内の空気が、四人のやり取りでふっと和らいだ。
「……ま、後輩たちの課題はそんなところとしてだ」
私の隣で、大剣星斬りを肩に担いだまま黙って聞いていた悠斗が、不意に口を開いた。
彼は横目で私を見下ろし、口の端をニヤリと吊り上げる。
「一番デカい課題は、うちの頼れる先輩の燃費の悪さじゃねぇのか? あの『特異点極大重力球』とかいう中二病全開の大技、一発撃っただけで魔力がすっからかんになって、俺に抱きついて立てなくなってたよなぁ?」
「なっ……! ゆ、悠斗! 私が立てなくなったのは、その前にあなたの無茶な突撃に重力アシストを連発したせいでしょうが!」
私はステッキで悠斗のブーツのつま先をコツンと小突いた。
言っていることは憎まれ口なのに、悠斗は避けようともせず、むしろ私の肩が自分の腕に触れる距離までしれっと歩み寄ってくる。昨夜の甘い記憶がまだ肌に残っているせいか、こうして並んでいるだけでも、彼の体温が防刃スーツ越しにじわりと伝わってきて心臓が跳ねそうになる。
「とにかく! 私たちの非言語連携のデータは、あの最後の〇・〇三秒で太平洋の『箱舟、アーク』に送られてしまったわ」
私は咳払いをして顔の熱を誤魔化しながら、再び全員に向き直った。
「次に戦う敵は、私と悠斗のコンビネーションすら対策してくるはずよ。……だったら、答えは一つ。これからは私と悠斗だけじゃなく、ここいる六人全員の魔法とスキルを複雑に掛け合わせて、どんなスーパーコンピューターにも予測できない『小隊全員での非論理的連携』を完成させるわよ!」
「「「はいっ!!」」」
光輝たちの力強い返事がドームに響き渡った、まさにその時だった。
ウィィィン、と重厚な駆動音を立ててドームの防爆扉が開き、黒田局長と佐藤博士、そしてタブレットを抱えたレンの三人が足早に歩み寄ってきた。
「訓練を始める前にすまないね、みんな。少しだけ時間をくれないか」
佐藤博士がいつになく真剣な眼差しで、手元の端末を操作してドームの中央に立体ホログラムを投影した。
そこに浮かび上がったのは、無数の白いカプセルが整然と並ぶ広大なフロアの映像と、複雑に明滅する数百人分のバイタルデータだった。
「これって……市ヶ谷の地下にある、特別治験区画のデータですか?」
私が尋ねると、黒田局長が重々しく頷いた。
数週間前、世界中で激化する異能の軍拡競争に対抗するため、日本政府がスタートさせた数百名規模の新規治験。集められた適性者たちをアルメルシアのシステムへダイブさせ、第3、第4、第5、第6と多数の覚醒者を生み出そうという計画だ。
私たちは、彼らを使い捨ての兵器にはさせず、訓練スケジュールや実戦投入のタイミングはすべてセクションゼロが決定権を持つという条件で、彼らの教官となることを引き受けたのだ。
「ああ。この大規模治験について、今朝から重要な動きが出始めている」
黒田局長がホログラムの一角を指差す。そこには、緑色に輝くいくつものマーカーが表示されていた。
「今日までに、数百人の治験者のうち何人かが、すでに自らの力でアルメルシアの試練を乗り越えて覚醒を果たし、現実世界へと帰還し始めているんだ」
「本当ですか!? 自力で戻ってこられた人がいるんですね!」
メイがぱっと顔を輝かせる。しかし、レンの表情は引き締まったままだった。
「ええ、自分で覚醒して戻ってこられる子が出てきたのは心強いわ。……でも、残りの数百人の大半は、まだアルメルシアの深い階層で迷い、苦戦を強いられているのが現状よ。長期間あの中に閉じ込められたままになれば、心が摩耗して現実に戻れなくなる危険があるわ」
「……だから、俺たちがもう一度アルメルシアに潜って、そいつらを直接助けに行けってことだな」
悠斗が核心を突くように言うと、佐藤博士が眼鏡の位置を直し、大きく頷いた。
「その通りだ。しかもね、ソラくんが隣国のプラントからサルベージしてくれた治験AIの内部データを解析して、極めて興味深い事実が判明したんだよ」
佐藤博士はホログラムの画面を切り替え、私と悠斗の魔力波形のグラフを表示させた。
「治験AIは、なぜ君たち二人が関わった適性者、光輝くんやソラくんたちに、これほど高い確率で覚醒できる人間が多いのかを徹底的に分析していた。……結論から言うと、とりわけ梨花ちゃんの存在が、覚醒者の中でも極めて『稀な存在』だったからなんだ」
「私が……稀な存在?」
思いがけない言葉に、私は目を丸くした。
「ああ。アルメルシアの昏睡の中で迷う適性者たちにとって、梨花ちゃんの持つ特有の魔力波長と精神干渉の性質は、他者の眠っている魔力回路に共鳴し、覚醒を促す『触媒』のような働きをしているんだ。悠斗くんが圧倒的な力で前を切り開き、梨花ちゃんがその稀有な波長で魂を導く。君たち二人が関わった適性者に覚醒者が多かったのは、決して偶然ではなかったんだよ」
「梨花先輩が、みんなを目覚めさせる導き手だったんですね……!」
咲が感嘆の声を漏らし、光輝やソラたちも納得したように深く頷いている。
「さらに言えば、今回の解析データによって、他者を覚醒へと導くメカニズムの一端が、少しは解明できそうだ」
佐藤博士の声に、研究者としての熱がこもる。
「いまはまだ梨花ちゃんという稀な才能に頼る部分が大きいが、このデータを元に指導メソッドを確立していけば、今後は自力で覚醒できる人間もさらに増えるだろうし、いずれは君たち以外の人間からも、適性者を覚醒させるのが上手な『専任の指導員』が育っていくはずだ」
「指導員が増えれば、私たちがずっとつきっきりにならなくても、多くの子たちを安全に現実へ引き上げられるようになりますね!」
私の胸に、ぱっと明るい希望が灯った。数百人の命をどうやって救い出すかという重圧に、確かな道筋が見えた瞬間だった。
「ただし、現実的な問題もあるわ」
レンがタブレットを操作し、今後のスケジュール表を投影した。
「これからあなたたちがアルメルシアに潜って、多くの治験者を覚醒させてくれたとしても……目覚めた後の彼らに現実世界での魔力制御や戦闘の知識を教え込み、実戦訓練を施すには、どうしても『時間的な制約』があるの」
レンの冷静な指摘に、黒田局長も腕を組んで頷いた。
「ああ。『箱舟、アーク』をはじめとする世界の脅威が待ってくれない以上、一から訓練に時間をかけられる者は限られる。時間的な制約を考えれば、ここ近々のうちに訓練を終え、セクションゼロの追加要員として君たちと一緒に戦えるようになる者は、おそらく数人から十数人といったところだろう」
「近々では数人から十数人、か……。ま、無理に素人同然の奴らを連れて行って足手まといになられても困るしな。急場の戦力としては、それだけ精鋭が増えりゃ十分だろ」
悠斗が大剣の柄を軽く叩き、不敵に笑う。
私もステッキを握り直し、黒田局長とレンを真っ直ぐに見据えた。
「わかりました。まずは私たちがアルメルシアにダイブして、深層で迷っている治験者たちを助け出し、一人でも多く覚醒させます。そして、その中から戦いに向いてそうな数人から十数人の適性者を見極めて、私たちが責任を持ってセクションゼロの仲間に鍛え上げます!」
「うむ。頼んだぞ、教官たち」
黒田局長が頼もしそうに目を細めた。
「光輝くん、咲ちゃん、ソラくん、メイちゃん! そういうわけだから、予定変更よ!」
私はくるりと振り返り、四人の後輩たちに向かってステッキを掲げた。
「ここでの連携訓練は後回し! これから小隊全員でアルメルシアへ潜って、新しい仲間たちの救出と覚醒のサポートに向かうわよ!」
「おっしゃァッ! 俺たちも先輩として、いいところ見せてやらねぇとな!」
「はいっ! わたしたちが梨花先輩と風間先輩に導いてもらったみたいに、今度はわたしたちがみんなを助ける番です!」
光輝とメイが力強く拳を突き上げ、ソラと咲も頼もしい笑顔で頷く。
私の隣では、悠斗が「やれやれ、教官殿はまた大忙しだな」と憎まれ口を叩きながら、誰にも見えないように私の腰のあたりを優しくポンと叩いた。
海に潜む『箱舟』との決戦を見据えつつ、まずは眠れる数百の命を救い出し、新たな戦力を迎え入れるため、私たち特異点小隊は再び、あの果てしないアルメルシアの世界へと飛び込んでいくことになった。
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