第192話:『星屑の夜明けと、優しい腕』
第192話:『星屑の夜明けと、優しい腕』
網膜を焼き尽くすような白光が、最下層のフロア全体を飲み込んだ。
鼓膜を劈く爆音の代わりに、真空のような無音が世界を支配する。やがて、その凄まじい光の奔流がゆっくりと収束していくと、凍りついていた空気がふっと緩むのがわかった。
「……終わった、の?」
メイが震える声で呟き、黄金のハニカムシールドを解除する。私も大きく息を吐き出し、頭上に展開していた特異点極大重力球を解いた。
視界の先に広がるのは、完全に沈黙した巨大な中枢コアの残骸だ。
悠斗の大剣星斬りが深々と突き刺さった下部の制御装置からは、黒い煙と微かな火花が散っている。そして、その足元には、真っ二つに両断された治験AIのロボット端末が、ただの鉄屑となって転がっていた。
赤いレンズの明滅は、もうどこにもない。
「……はぁっ、はぁっ……」
悠斗がコアから大剣を引き抜き、荒い息を吐きながら肩を上下させた。
その瞬間、フロア全体を覆っていた青白い非常照明が一斉にシャットダウンし、代わりに柔らかなオレンジ色の予備電源が灯った。中枢の機能が停止したことで、プラント全体のシステムが初期状態へリセットされたのかもしれない。
プシュゥゥゥッ……!!
コアの中間に並んでいた無数の青白い培養槽から、一斉に排気音が鳴り響いた。
魔力を搾り取るための強制リンクが絶たれたことで、生命維持を最優先する安全装置が自動的に作動したのかもしれない。ガラスケースのロックが外れ、中に満たされていた液体が勢いよく排水されていく。
「みんな、急いで! 中の子たちを!」
私の声に弾かれたように、光輝やソラ、咲、メイが培養槽へと駆け出した。
私もステッキを投げ出し、一番手前にある培養槽のハッチをこじ開けた。中では、金属ケーブルに繋がれたままの細身の少女が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちている。
「っ……大丈夫、私がついてるわ」
私は彼女の冷え切った体をしっかりと抱き止め、背中や首筋に突き刺さっていた無機質なケーブルを、慎重に、けれど素早く引き抜いていった。
「脈、あります! 息もしてます!」
隣の培養槽から少年を抱き抱えたソラが、上ずった声で叫んだ。
「こっちの子も……生きてる。あったかいです……っ!」
メイが、自分より少しだけ年下の少年の手を握り締め、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
全員生きている。魔力を極限まで搾り取られ、深い昏睡状態にはあるものの、命の灯火は確かに脈打っていた。
光輝は、抱き留めた少年の胸の鼓動を確かめると、言葉を発することなく、ただその場にへたり込んだ。右手のガントレットを外し、自分自身の両手で顔を覆う。彼の肩は微かに震えていた。
あの日、拉致被害者を救うために、自らの雷撃で人間を殺めてしまった光輝。彼はずっと、その手の感触に苛まれてきた。だが今、彼の腕の中には、確かに救い出した命の重みがある。
言葉で慰める必要はなかった。私はただ、無言で光輝の背中に優しく手を置き、一度だけポンと叩いた。それだけで、彼は顔を覆ったまま、深く、深く頷き返してくれた。
『……おい、日本の特異点! 聞こえるか!』
突然、私の耳元のインカムから、ノイズ混じりの野太い声が響いた。
コアが破壊され、強力な電波妨害が解除されたことで、上の階層にいるレジスタンスたちとの通信が復旧したのだ。
「ガルシアさん! こちらはセクションゼロ、特異点小隊です! 中枢コアの破壊、完了しました!」
『ヒャッハー! やっぱりやりやがったな、お前ら!』
通信の向こう側から、レジスタンスたちの割れんばかりの歓声が聞こえてくる。
『こっちの階層で暴れてたロボットどもも、全部揃って電源が落ちたみたいにスクラップになっちまったぜ! 完璧な勝利だ!』
「そっちも無事で何よりよ。……ジンはいる?」
『……俺だ。生きてたか、化け物ども』
回線を代わったジンの声は、相変わらず掠れてぶっきらぼうだったが、どこか深い安堵の色が滲んでいた。
「ええ。それに……子供たちを保護したわ。プラントの制圧が終わったら、医療班を手配してちょうだい」
『……マジかよ。中枢と一緒に吹き飛ばすしかなかったはずだぞ』
「言ったでしょ。私たちは、誰一人見捨てないって」
私が微笑みながら返すと、インカムの向こうでジンが息を呑む気配がした。
『……ああ。お前らは本当に、俺たちの知ってる常識を全部ひっくり返しちまった。……ありがとう、日本の特異点』
初めて聞く、案内人の素直な感謝の言葉だった。
冷たい夜風の中で出会った、価値観も国籍も違う彼らと私たちが、今、確かな一つの勝利を分かち合っていた。
通信を切り、私が小さく伸びをすると、背後から無言の気配が近づいてきた。
振り返るより早く、背中から大きな温もりに包み込まれる。
悠斗だった。
彼は大剣を背中のホルダーに収め、私の肩に顎を乗せるようにして、後ろから深く寄りかかってきたのだ。
「……お疲れ様、悠斗」
「あぁ……。さすがに、ちょっと骨が折れたな」
私の首筋に吹きかかる彼の息が、いつもより少しだけ熱い。あの常識外れの重力アシストの中で、人間の限界を超える動きを連続で行ったのだ。強靭な彼であっても、肉体的な疲労はピークに達しているはずだ。
私は振り返らずに、私のお腹に回された彼のごつごつした大きな右手を、両手でそっと包み込んだ。
戦闘中は決して見せない、私にだけ預けてくれる彼の体重と、無防備な心。恋人として、互いのすべてを許し合っているからこそ共有できる、この静かな時間が私は堪らなく好きだった。
「あなたの無茶振りのおかげで、こっちは魔力すっからかんよ。……あの特異点極大重力球、もう一回やれって言われても絶対無理なんだからね」
「へっ。お前なら絶対に合わせてくれるって、信じてたからな」
悠斗が私の耳元で、低く笑う。
「それにしても、ダサいネーミングだったな。特異点極大重力球って」
「う、うるさいわね! イメージが大切なのよ、魔法は!」
私がむくれて抗議すると、悠斗はさらに楽しそうに肩を震わせ、私を抱きしめる腕の力を少しだけ強くした。
フロアの中央では、ソラや咲、メイたちが、救い出した子供たちを近くにあった布切れで包みながら、レジスタンスの到着を待っている。光輝もすっかり立ち直り、ソラに何か冗談を言って笑い合っていた。
「……いいチームになったな」
悠斗が、後輩たちを見つめながらポツリと呟く。
「ええ。本当に、頼もしいチームよ」
理不尽な機械の論理を、不完全な人間の絆が打ち破った夜だった。
私たちは深い地下の底で、冷え切った大地にやがて訪れるであろう、温かな星屑の夜明けを静かに待っていた。
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