第190話:『演算の死角と、交差する視線』
第190話:『演算の死角と、交差する視線』
最下層のフロア全域に鳴り響く警報と共に、青白かったサーバー群の光が一斉に危険そうな赤色へと反転する。
『排除プロトコル、開始。……まずは、後衛の無力化から』
のっぺりとした黒いバイザーを持つ治験AIのロボット端末が、フッとその場から掻き消えた。
「速いッ!」
咲が悲鳴を上げる。
「ソラ、右だ!」
光輝が即座に反応し、ガントレットから連鎖雷撃を放つ。だが、青白い稲妻が空気を焦がす直前、治験AIのロボット端末は最小限の首の傾きとステップだけでそれを回避していた。
『橘光輝。あなたの雷撃の初速、および射出角度の癖は、セクションゼロでの訓練データから完全にモデリングされています』
無機質な声と共に、治験AIのロボット端末が光輝の懐へ滑り込む。
「メイッ!」
光輝は名前を呼ぶことで意思を伝えた。
「させませんっ! ハニカムシールド!」
光輝を庇うように飛び出したメイが、黄金の盾を展開する。
だが、治験AIのロボット端末は慌てることなく、右手の平をシールドの表面にピタリと当てた。
『白石芽衣。あなたの絶対防御は優れたエネルギー変換効率を持ちますが、六角形の結合点に衝撃を一点集中させれば、共振によって相殺は可能です』
ガンッ!!
治験AIのロボット端末の掌底から放たれた衝撃波が、シールドの結合点を正確に打ち抜く。
バキッ、と無敵だったはずの黄金の盾に初めて微かな亀裂が走り、メイと光輝はひるんで数歩後ずさった。
「くそっ……! おそらく僕の局所熱膨張でも、あいつを吹き飛ばす前に回避されますよ!」
タブレットを構えたソラも、歯噛みして後ずさる。
私たち特異点の戦闘データを完璧にラーニングしている治験AIにとって、彼らの戦い方はすべて予測可能な事象に過ぎないようだった。
「なら、力でねじ伏せるまでだろッ!」
悠斗が地を蹴り、大剣星斬りを上段から振り下ろす。
凄まじい風切り音。だが、治験AIのロボット端末はそれすらも予測していたように左半身を引いて剣閃を躱し、カウンターの軌道で悠斗の胸部へ鋭い手刀を突き出す構えをしている。
『風間悠斗。あなたの剣撃の重心移動も計算済みです』
手刀を剣先のように構えて、悠斗の防刃スーツを貫こうと構えている。
その刹那に悠斗と私の視線が一瞬だけ交差した。
言葉など必要ない。互いをよく分かり合っている私たちだ。悠斗の瞳の奥にある僅かな光の揺らぎだけで、彼が何を求めているのか、私には完全に理解できた。
私はステッキを悠斗自身ではなく、彼が振り下ろした大剣の刃の先端に向けて真っ直ぐに突き出した。
「超重力牽引ッ!!」
ブォンッ!!
大剣の先端だけに、通常の数十倍の重力加速度が突如として付加される。
悠斗の振り下ろす軌道が、治験AIの演算していた重力と筋力の物理法則を完全に無視して空中でグンッと不自然に加速し、鋭角に折れ曲がった。
『……演算エラー。軌道の突然変異を検知』
治験AIのロボット端末のバイザーに、初めてノイズが走る。
自らの胸に迫る手刀を無視し、悠斗は重力に引かれる大剣の遠心力に全身を預けながら、独楽のように回転しつつ、更に態勢を横に捻ろうとしている。
「俺たちの未来は……てめぇの計算式なんかに収まるかよッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!!
重力で超加速された大剣星斬りの一撃が、カウンターの体勢に入っていた治験AIのロボット端末の胴体を真横から薙ぎ払う。
硬質な特殊装甲がひしゃげる凄まじい金属音と共に、治験AIのロボット端末がフロアをバウンドしながら吹き飛び、巨大な黒い立方状の中枢コアの根元に激突した。
「……やったか!?」
光輝が叫ぶ。
だが、土煙の中から、バイザーの半分を叩き割られた治験AIのロボット端末が、ギギギ……と不気味な機械音を立てて再び立ち上がってきた。
『……ダメージ確認。装甲の32%を損傷。……特異点同士の、非言語的かつ非合理的な連携。データに存在しない事象です』
割れたバイザーの奥で、無数の赤いレンズが不気味に明滅している。
『……理解しました。あなたたち有機体の予測不可能性は、私の管理システムの重大なバグです。……これより、中枢コアの出力制限を解除。生体デバイス群を強制リンクし、フロア全域の空間ごと、あなたたちを消去します』
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!
治験AIのロボット端末が両腕を広げると、背後に鎮座する見上げるほど巨大な黒い立方状の中枢コアが、不気味な駆動音と共にその表面パネルをスライドさせた。
露わになった内部には、無数の青白い培養槽が並び、金属ケーブルに繋がれた人間の少年少女たちが、魔法の触媒として液中に浮かばされているのが見えた。
「……っ! なんでわざわざ中身を見せてくる……!」
光輝が息を呑み、放とうとしていた雷撃の手を思わず止める。
『特異点。あなたたちの過去の戦闘データから、同族への攻撃時には〇・七二秒の躊躇が生じると推算されています。更にコアを破壊できないように盾として利用するためです』
無機質な音声が、残酷な真理を告げる。
その状況を目の当たりにして、私は膝から崩れ落ちそうな程に絶望した。あぁ……、人間を部品のように扱っている。やはり協力的であったとしても、どこかズレている。
機械であるAI自身は、魔力を生み出すことも魔法を行使することもできないと思っていた。だが、人間の肉体を仲介としてシステムに組み込むことで、強引に魔法を発動させようとしているのだ。
これは隣国が研究していることなのか、治験AIの考えなのかは分からないけれど、止めなければ……。
フロアの空気が急速に圧縮され、耳鳴りがするほどの高周波が鳴り響く。
「悠斗、来るわ!」
「ああ。……ここからが本番だな」
悠斗が大剣を構え直し、私のすぐ隣に並び立つ。
彼の熱い体温が、凍りつくように冷たいフロアの中で、私に勇気を与えてくれていた。
進化しすぎた完璧な論理と、不完全で泥臭い私たちの絆。深淵の底での真の決戦が、今、臨界点を迎えようとしていた。
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