第187話:『欠陥品の狂乱と、寄り添う熱量』
第187話:『欠陥品の狂乱と、寄り添う熱量』
「アァァァァァァァッ!!」
獣のような咆哮と共に、最初に突っ込んできたのは両腕が岩のように硬質化した大柄な少年だった。
彼は異常に肥大化した右腕を振りかぶり、私たちの立つコンクリートの床ごと粉砕しようと、力任せに殴りかかってくる。
「悠斗!」
「ああッ!」
私の短い声に、悠斗は即座に反応した。
大剣星斬りを構えて正面から受け止めるのではなく、彼はあえて一歩前に踏み込み、振り下ろされる巨腕の軌道から半身を逸らして、少年の懐へと潜り込んだのだ。
ズゴォォォォォンッ!!!!
硬質な右腕が床を粉砕し、凄まじい瓦礫と土煙が舞い上がる。
だが、悠斗はすでに少年の死角、巨大な左腕の脇下へ入り込んでいた。
「寝てろッ!」
悠斗が大剣の腹の部分で、少年の脇腹を強烈に殴り飛ばす。骨を砕かないギリギリの力加減だが、脳震盪を起こさせるには十分な一撃だ。
……のはずだった。
「ギィィィィィッ!!」
少年は痛みに怯むどころか、白目を剥きながら左腕の裏拳を悠斗の頭部へと振り抜いた。
防衛本能すら破壊された、文字通りの狂犬。ダメージを無視した痛覚のない反撃に、悠斗の態勢がわずかに崩れる。
「させないわ! 圧縮空気弾、エアバレット!」
私はステッキを振り、悠斗と少年の間に不可視の衝撃波を叩き込んだ。
ドォンッ! と空気が弾け、少年が数メートル後ろへ吹き飛ぶ。同時に、私は空いた左手で悠斗のジャケットの襟を掴み、強引に私の側へと引き戻した。
「チッ……悪い、助かった」
悠斗が短く息を吐き、私の隣で体勢を立て直す。
肩と肩が触れ合う近さ。ジャケット越しに伝わってくる彼の体温と、微かに乱れた呼吸のリズムが、言葉を交わさずとも「油断したな」「次行くぞ」という無言の意志を私に伝えてくる。
「イタイ……アツイアツイ……!!」
休む間もなく、全身から高熱の蒸気を噴き出している細身の少女が、悲鳴のような声で叫びながら突進してきた。
彼女が踏みしめた床のコンクリートが、足跡の形にドロドロに溶けていく。触れれば骨まで焼き尽くされるほどの超高温だ。
「メイちゃん、ソラくん! 足止めを!」
「はいっ! 展開、ハニカムシールド!」
メイが前に飛び出し、黄金色の盾を展開して少女の突進を受け止める。
ジュゥゥゥッ!! と、盾の表面で凄まじい蒸気が上がり、メイが「くぅっ!」と顔をしかめた。盾は熱を遮断しているが、物理的な突進の運動エネルギーがメイの小さな体を押し込もうとする。
「メイ、踏ん張れ! 局地熱奪取、サーマルドレイン!」
ソラがタブレットを片手に、少女の周囲の空間の熱量を強制的に奪い取る魔法を行使した。
しかし、普段は「熱膨張」による加熱を得意とするソラにとって、逆に熱を奪う冷却系の魔法は不得手な領域だ。
少女の体から噴き出す蒸気はほんの一瞬だけ揺らいだものの、勢いは全く衰えず、再び強烈な熱波がメイの盾を激しく押し込み始めた。
「くそっ、出力が足りない……! ごめんなさい、僕の熱奪取じゃ相殺しきれません!」
ソラが悔しげにタブレットを叩く。
「ソラくん、よくやったわ! 少しでも揺らいだその隙をもらうわよ! 熱量剥奪、絶対零度、アブソリュートゼロ!」
私がすかさずステッキを振り下ろし、少女の周囲から一気に熱エネルギーを奪い去った。
シューゥゥゥッ!
少女の体から噴き出していた蒸気が急速に冷やされ、足元のコンクリートの融解がピタリと止まる。
「光輝くん、今よ!」
「おっしゃァッ!」
メイの盾の横から、光輝が地を蹴って少女の懐に飛び込んだ。
「お前を殺しに来たんじゃねぇ! 眠ってろッ!!」
光輝のガントレットから、致死量には遠く及ばない、神経だけを麻痺させる精密な電撃が放たれる。バチィッ! と青白い火花が散り、少女が白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「よし、二体目も無力化……っ!」
光輝が安堵の息を吐きかけた瞬間。
「コロス……ゼツボウ……!!」
背中に無数の金属ケーブルを突き刺した三人目の少年が、四つん這いの姿勢から、蜘蛛のような不気味な動きで光輝の背後へ殺到していた。
「光輝くん、後ろ!!」
咲の悲鳴にも似た警告。
だが、少年から伸びる数本の金属ケーブルが鞭のようにしなり、光輝の首へ向かって放たれる方が早かった。
「させねぇよッ!!」
光輝と少年の間に、白く輝くオーラを纏った悠斗が割り込んだ。
ガギィィィィンッ!!!!
悠斗は『完全防御、パーフェクトガード』で大剣を盾のように翳し、金属ケーブルの刺突を正面から受け止めた。
凄まじい衝撃に火花が散るが、悠斗は一歩も引かない。
「……おい、ガキ。少しは手加減してやるから、大人しく寝てろ」
悠斗が凶悪な笑みを浮かべ、ケーブルを弾き返して大剣を振りかぶる。
しかし、少年は人間離れした柔軟性で悠斗の剣閃を潜り抜けると、ケーブルではなく、彼自身の細い腕で悠斗の脇腹へ強烈な打撃を放ってきた。
「チッ!」
悠斗が舌打ちをし、咄嗟に後方へ跳躍して打撃を回避する。
だが、少年の狙いは悠斗の肉体ではなかった。彼の金属ケーブルが、悠斗が回避のために移動した足元の床パネルに突き刺さっていたのだ。
「……何ッ!?」
直後、少年から放たれた強烈な電流が、ケーブルを伝って床パネル全体へと一気に拡散した。
電気ショックの波が、悠斗の足元へ迫る。
「悠斗ッ!」
私は反射的に地を蹴り、悠斗の腕を掴んで『無重力領域、ゼログラビティ』を展開した。
電流が足元を走り抜ける直前、私たち二人の体はフワリと宙に浮き上がり、難を逃れる。
「……フッ、サンキュ」
宙に浮いた状態で、悠斗が私の腰を抱き寄せるようにして態勢を安定させた。
密着した体から伝わる安心感。私と悠斗の間にある、理屈ではない深い結びつきが、極限の戦場においても互いの命を正確に繋ぎ止めていた。
「見つめ合っていたいけれど、あいつ、まだ来るわ!」
私が上空からステッキを向けると、少年は四つん這いのまま壁を駆け上がり、跳躍して私たちへ向かって空中でケーブルを放ってきた。
「梨花、俺を下へ落とせ!」
「わかったわ!」
私は無重力を解除し、今度は『超重力牽引』で私たち自身の体を、猛スピードで床へと引きずり下ろした。
空振りに終わったケーブルが、私たちの頭上を虚しく通り過ぎていく。
着地と同時、悠斗が地を蹴った。
「オラァァァァッ!!」
空中で完全に無防備になった少年へ向かって、悠斗の渾身の峰打ちが叩き込まれる。
ドゴォォォォンッ!!
少年は壁に激突し、痙攣を止めてそのまま気を失った。
「……終わったわね」
私はステッキを下ろし、息を吐いた。
広大なプラントの搬入エリアには、私たちが気絶させた三人の被害者たちが、静かに横たわっている。誰も殺さずに、無力化することに成功したのだ。
「……お前ら、マジかよ」
後方から歩み寄ってきたジンが、信じられないものを見る目で倒れた三人を見下ろしていた。
「あいつらは痛覚も恐怖もない化け物だぞ。それを、殺さずに手加減して制圧するなんて……」
「言ったはずよ、ジン」
私はステッキの先で床を軽く叩き、ジンを振り返った。
「私たちは、誰一人見捨てない。……このイカれたシステムに、これ以上人間が振り回されるのは御免だわ」
ジンは言葉を失い、ただただ私たちセクションゼロの小隊を見つめていた。
彼の知る過酷なレジスタンスの常識が、私たちの信念によって、根底から覆されようとしていた。
だが、安堵する時間はなかった。
『……侵入者ヲ確認。防衛プロトコル、フェーズ2ヘ移行』
プラントの奥から、治験AIのあの冷酷な合成音声が響き渡った。
ズズズズズズッ……!!
工場の奥深くから、数え切れないほどの機械の駆動音と、重厚な足音が地鳴りのように近づいてくる。
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