第185話:『地下鉄の残骸と、黄金の盾』
第185話:『地下鉄の残骸と、黄金の盾』
案内人のジンを先頭に、私たちは廃墟の地下鉄跡へと続く、崩れかけた階段を慎重に降りていた。
瓦礫と鉄骨の散乱する地上を抜け、光の一切届かない地下空間へ足を踏み入れた途端、ひどく淀んだ空気とカビの匂いが鼻腔を突いた。
「わたしなにもしてない……」
私のすぐ後ろを歩くメイが、うつむき加減でポツリと呟いた。
先ほどの無人巡回ドローンの制圧劇。真空魔法とロボットアーム、索敵、そして電磁パルスと物理破壊による、息の合った完璧な連携。その中でただ一人、出番のなかった彼女は、少し拗ねてしまったようだった。
私は歩調を緩め、メイの小さな肩にそっと手を置いた。
「メイちゃん。あなたが盾を張らずに済んだってことは、誰も危険に晒されず、作戦が完璧にいったってことよ」
「梨花センパイ……」
「それに、私たちは知ってるわ。いざという時のあなたの『絶対防御』ほど、私たちが頼りにしているものはないってこと。……だから、出番が来たら思いっきり頼むわね」
私がウインクして微笑みかけると、メイはハッとして顔を上げ、ギュッと唇を噛み締めてから力強く頷いた。
「はいっ! いざという時は絶対に、わたしが先輩たちを守ります!」
私たちは光学迷彩マントの出力を維持したまま、錆びついた線路の上を無言で進んでいった。
かつては多くの人々が行き交っていたであろう地下鉄のトンネルも、今では不気味なほどの静寂に包まれている。壁面には無数の弾痕が刻まれ、ところどころに焼け焦げた車両の残骸が転がっていた。この国で起きた、軍とレジスタンスによる激しい市街戦の傷跡だろう。
「……おい。この先は足元に気をつけろ」
先頭を歩くジンが足を止め、声を潜めて警告した。
「AIのプラントに近づくにつれて、旧軍が残した自動防衛システムの上に、AIの最新のセンサー網が二重に張り巡らされてる。咲とか言ったな。お前の目で、ここから先の罠は抜けるか?」
ジンが咲を振り返る。ドローンを無音で破壊した私たちの実力を認めてから、彼の口調には明確な信頼が混じるようになっていた。
「やってみます。『遠隔透視、クレアボヤンス』……」
咲が目を閉じ、意識をトンネルの奥へと飛ばす。
「……ダメ、この先のトンネル、壁全体に特殊な電波吸収材が塗られてて、透視の精度が極端に落ちてる……。でも、床のあちこちに、かすかな魔力の残滓みたいなものが……」
その時だった。
ガキンッ! という硬質な音が、私たちのすぐ足元で鳴り響いた。
ソラが踏み出したブーツの先が、瓦礫の下に巧妙に隠されていたワイヤートラップを弾いた音だった。
「ソラ、動くなッ!!」
悠斗が鋭く叫ぶ。
だが、遅かった。トラップの作動と同時に、トンネルの天井と左右の壁に擬態していた四機の自律型セントリーガン、自動機銃が、赤いセンサーを不気味に光らせて姿を現したのだ。
距離はわずか数メートル。狭いトンネル内では、回避するスペースすらない。
「チィッ!!」
ジンが舌打ちをし、咄嗟にコートを翻して瓦礫の陰へ飛び込もうとする。しかし、機銃の照準が私たち全員をロックオンする方が早かった。
ビーッ! というけたたましい警告音と共に、四門の銃口から秒間数十発の弾の嵐が吐き出される。
悠斗の大剣でも、私の魔法でも、この至近距離からの全方位射撃を無傷で防ぎ切ることは不可能に思えた。
その絶対絶命の死角に、小さな影が弾丸のように飛び出した。
「展開ッ!! ハニカムシールドォォォォッ!!」
メイだった。
彼女はソラとジン、そして私たちの前に両足を踏ん張り、両手を限界まで前に突き出した。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
暗いトンネル内に、黄金色に輝く巨大な六角形の防壁が展開される。
降り注ぐ弾の雨がシールドに激突し、凄まじい火花と衝撃波がトンネルを揺らす。だが、メイの盾はヒビ一つ入ることなく、致死の弾幕を完璧に弾き返していた。
「くぅぅぅぅぅっ……!! 抜かせ、ませんっ!!」
メイがブーツの底をコンクリートに食い込ませ、必死に盾の出力を維持する。
ジンは瓦礫に手をかけた体勢のまま、目の前で展開された規格外の防御魔法に息を呑み、目を丸くしていた。
「光輝くんッ!」
「わかってるッ! 連鎖雷撃、チェーンライトニングッ!」
メイの盾が時間を稼いでくれた数秒間。その隙を見逃す私たちではない。
光輝がシールドの陰からガントレットを突き出し、強烈な電撃を天井の二機へと放ってショートさせる。
同時に悠斗がメイの盾の陰から飛び出した。残る壁面の二機から一斉に放たれる弾幕に対し、悠斗は巨大な大剣星斬りを盾のように翳して正面から突っ込む。
ガギィィィィンッ!!
弾丸が剣の腹に衝突する刹那、絶妙な剣さばきと重心移動と同時に、『完全防御、パーフェクトガード』のスキルを使って、全身を白く輝かせながら、衝撃を完全に殺すようにしている。
無傷で弾幕を抜け切った悠斗は、その勢いのまま地を蹴り、残る二機を一刀両断に粉砕した。
銃声が止み、破壊された機銃の残骸からパラパラと火花が散る音だけが、地下空間に響いた。
「……はぁっ、はぁっ……」
メイがシールドを解除し、その場にへたり込むように膝をついた。
「メイちゃん、怪我はない!?」
私が駆け寄り、彼女の背中をさする。
「は、はいっ。……わたし、ちゃんと先輩たちを守れましたか……?」
息を切らしながら見上げてくるメイに、私は力強く頷いた。
「ええ、完璧だったわ。あなたが真っ先に飛び出してくれなかったら、今頃全員ハチの巣だった。ありがとう、メイちゃん」
ソラも光輝も、「助かったぜ」「サンキュな、メイ」と安堵の笑みを向けている。
「……おい」
そこへ、ゆっくりと歩み寄ってきたのはジンだった。
彼は足元に転がるひしゃげた銃弾の薬莢をブーツで小突くと、信じられないものを見る目でメイを見下ろした。
「……お前、さっきのドローンの時、何もできなくて足手まといだって顔してたよな」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
メイがびくっと肩をすくめる。
「謝るな」
ジンは短く言い捨てると、フードの奥の冷たい目をわずかに細め、スッと右手を差し出した。
「俺の仲間は、こういうトラウマティックな罠で何人も死んだ。……これだけの弾幕を無傷で防ぎ切る盾なんて、見たことがない。お前がいなきゃ、俺は確実に死んでた」
それは、実力だけがすべての世界で生きてきた彼が、メイの存在価値を「一人の戦士」として完全に認めた瞬間だった。
「……ありがとう、黄金の盾」
メイは少し戸惑いながらも、その泥だらけの無骨な手を、小さな両手でしっかりと握り返した。
「えへへ……どういたしまして、ですっ」
レジスタンスの一員である価値観の違った案内人と、日本の温室で育ったはずの少女が、硝煙のくすぶる地下トンネルで確かな絆を結んだようだ。
「……さぁ、急ごうぜ。この騒ぎで、AIのプラントも完全に俺たちに気づいただろうからな」
悠斗が大剣を肩に担ぎ直し、暗闇の奥を睨み据える。
私たちは顔を見合わせ、深く頷いた。
AIの自動化異能兵器プラントの入り口は、もうすぐだろう。小隊の絆をさらに強固なものにした私たちは、待ち受ける本当の地獄へと向かって、再び重い足を踏み出した。
銃声が止み、破壊された機銃の残骸からは、パチパチと火花が散る音だけが、地下空間に響いていた。
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