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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第180話:『冬晴れの屋上と、不器用な距離感』

第180話:『冬晴れの屋上と、不器用な距離感』


抜けるような冬の青空から、冷たく乾燥した北風が吹き下ろしてくる。

防衛省の厳重なセキュリティゲートをいくつも抜けた先にある、高層棟の屋上。私は手すりに寄りかかり、眼下に広がる東京のコンクリートジャングルをぼんやりと見下ろしていた。


あの大規模な強襲作戦から三日が経過していた。

事後処理や黒田局長への詳細な報告書の作成に追われ、自室のベッドとデスクを往復するだけの息の詰まる時間を過ごしていたため、少しだけ冷たい空気を吸って頭を切り替えたかったのだ。


「……こんなクソ寒いところで、何黄昏れてんだよ」

背後からぶっきらぼうな声が響き、直後、私の頬に温かい金属の感触がピトッと押し当てられた。


「ひゃっ!?」

驚いて振り返ると、そこには黒いフライトジャケットのポケットに片手を突っ込んだ、悠斗が立っていた。彼の手には、自販機で買ったばかりのホットのブラックコーヒーと、甘いミルクティーの缶が握られている。


「ほらよ。お前、頭使いすぎるとすぐ糖分欲しがるだろ」

悠斗がミルクティーの缶を放り投げてくる。

「……ありがとう。驚かさないでよ、もう」

私はポスッと缶をキャッチし、プルタブを開けた。立ち上る甘い香りと温かさが、かじかんだ指先からじんわりと全身へ広がっていく。


悠斗は私の隣に並ぶようにして手すりに寄りかかり、ブラックコーヒーを無言で呷った。

「光輝くんたち、どうしてる?」

私がミルクティーを一口飲んでから尋ねると、悠斗は海の方角へ視線を向けたまま、小さく鼻を鳴らした。


「今はカウンセリングルームだ。……まぁ、光輝の奴は最初の数分、少しだけ泣き言を吐いたらしいがな。自分が殺したドールの感触が、まだ手に残ってるって」

「……そう」

「だが、咲がずっと横で手を握っててやったらしい。ソラとメイも、ドアの外でずっと待ってた。……あいつら、もう大人が心配するような柔なガキじゃねぇよ。自分の傷は自分で舐めて、ちゃんと立って歩ける」


悠斗の言葉には、かつて「足手まといだ」と吐き捨てていた頃のトゲは一切なく、後輩たちへの確かな信頼と誇りが滲んでいた。


「悠斗が、誰かをそんな風に素直に褒めるなんてね」

私がわざとらしく目を丸くして見せると、悠斗はチッと短く舌打ちをした。


「事実を言っただけだ。……それに、あいつらが強くなったのは、お前が箱庭で根気よく面倒を見たからだろ。俺は前衛で剣を振り回してただけだ」

「そんなことないわ。悠斗の背中があったから、あの子たちは前を向けたのよ。……私も、ね」

私は手の中のミルクティーを両手で包み込みながら、素直な気持ちを口にした。


あの傾いた潜水母艦の中で、自分の死角をメイの盾に迷いなく預けた悠斗の姿。それは、孤高であることを捨て、私たちという小隊を心から信頼してくれた証だったからだ。

不意に、悠斗と視線がぶつかった。


いつもなら「うるせぇ」とすぐに視線を逸らす彼が、今はなぜか、私の目をじっと見つめ返してくる。


北風の音が、やけに遠く感じられた。

彼の顔には、あの激戦でついた小さな切り傷がいくつか残っており、右の頬には私が貼ってあげた絆創膏が、少しだけ端が剥がれた状態でくっついていた。


「……絆創膏、剥がれかけてるわよ」

沈黙に耐えきれなくなった私が、誤魔化すように手を伸ばした。

悠斗の頬に触れ、絆創膏の端をそっと押さえ直す。彼からは、冷たい風の匂いと、微かにブラックコーヒーの苦い香りがした。


「……お前さ」

悠斗の大きな手が、私の手首をそっと掴んだ。

振り払うような乱暴な動きではない。私の体温を確かめるような、不器用で、けれど酷く優しい力だ。


「えっ……」

「……お前、戦闘中は全体を見れてるくせに、自分のことになると途端にポンコツになるよな」

「な、なによ急に。ポンコツって……」


「氷河を作った時も転びそうになってたし、食堂でもうどんの汁飛ばすし。……だから」

悠斗は私の手首を掴んだまま、ほんの少しだけ顔を近づけてきた。

彼の黒い瞳の奥に、戸惑っている私の顔が小さく映っている。


「……俺の目の届く範囲から、勝手にいなくなるなよ。お前が転んだら、俺が引っ張り上げてやるから」

それは、ぶっきらぼうな彼なりの、最大限の守るという意思表示だった。


心臓が、自分でも驚くほど跳ね上がるのがわかった。手首を掴まれている部分から、顔がカッと熱くなっていく。寒空の下にいるはずなのに、全身の血が沸騰しそうだった。


「……ば、バカ言わないでよ。私だって、特異点なんだから……自分の足くらい、ちゃんと踏ん張れるわよ」

私は強がって見せたが、掴まれた手首を振り解くことはできなかった。


悠斗もまた、フッと小さく笑って、私の手首を離すと、ぽん、と私の頭の上に大きな掌を乗せた。

「……そういうことにしといてやるよ」


しばらくの間、私たちは何も言わず、ただ並んで冬の青空を見上げていた。


治験AIという得体の知れない化け物が、この冷たい海の底で今も静かに牙を研いでいることは間違いない。世界は確実に、破滅的な異能戦争へと向かって加速している。


それでも、今この瞬間だけは、この穏やかな静寂に身を委ねていたかった。


『……あー、テステス。本通信はセクションゼロ全回線に傍受不可能な暗号化プロトコルで送信されている』


突如、私のインカムと悠斗のインカムの両方から、レンの間の抜けた声が響き渡った。


「なっ、レン!? あんた、私たちの通信に勝手に割り込んで……!」


『青春の1ページを刻んでいるところ非常に申し訳ないんだが、防衛省の上層部から緊急の呼び出しだ。拉致被害者が、体調を押してでも俺たちに直接伝えたい情報があるらしい。……あの潜水母艦に積まれていた、隣国軍の極秘データについてだ』

レンの言葉に、私と悠斗は弾かれたように顔を見合わせた。


つい先程までの甘やかな空気は一瞬で吹き飛び、戦士としての鋭い緊張感が二人の間に走る。


「……わかった。すぐに行くわ」

私はインカムに応答し、飲みかけのミルクティーを一気に飲み干した。

「……休ませてくれる気は、相変わらずねぇらしいな」

悠斗が首をコキリと鳴らし、フライトジャケットの襟を立てる。


「行くわよ、悠斗」

「ああ」

私たちは同時に背を向け、屋上の重い鉄扉へと歩き出した。


冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。だが、私たちの距離は、あの箱庭のシミュレーションの時よりも、確実に、そして確かな温もりを持って近づいていた。


奪還した拉致被害者がもたらすのは、次なる戦いの火種なのか。

少しの不安を胸に歩みを進めた





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