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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第179話:『夜明けの食堂と、不器用な戦友たち』

第179話:『夜明けの食堂と、不器用な戦友たち』


ズズッ、と温かい鰹出汁の香りが湯気と共に立ち上り、冷え切った五臓六腑の隅々にまで染み渡っていく。

防衛省地下のセクションゼロ専用ラウンジ。


無機質な蛍光灯の下、長テーブルに並んで座った私たちは、誰からともなく言葉を交わすことも忘れ、配膳用ロボットが運んできた食事にひたすら没頭していた。


「……あっつ! でも、生き返るわぁ。マジで、あの氷の上で凍え死ぬかと思ったっすよ」

光輝が大盛りのカツ丼をかき込みながら、熱い味噌汁を啜って大げさに息を吐いた。

「光輝くん、あんだけ死に物狂いで動いた直後に、よくそんなコッテリしたものお腹に入るね……」

隣に座る咲が、自分の前にあるあっさりとした梅茶漬けをレンゲで掬いながら、半分呆れたような視線を向ける。


「咲、脳がカロリーを要求してんだよ。ソラを見ろ」

「えっ?」

光輝に指差され、咲がソラの方を見る。


予備の銀縁眼鏡をかけ直したソラは、自分の顔の半分はあろうかという巨大なタワーバーガーを、一切の物理演算を放棄したような顔で無心に齧り付いていた。口の周りにマヨネーズが付いていることすら気にしていない。


「メイちゃんなんて、特大チーズハンバーグカレー大盛りですよっ! えへへ、美味しいですっ!」

メイがスプーンを誇らしげに掲げ、ペロリと口元を舐める。


痛みに怯えて泣いていた少女が、今は立派にシールドを張り抜き、一番の食欲を見せている。その等身大の頼もしさと子供らしさに、私は思わずクスリと吹き出してしまった。


「笑い事じゃねぇぞ、梨花」

向かいの席から、呆れたような低い声が飛んできた。

「お前、うどんの汁、制服の襟に飛んでるぞ。子供かよ」


「えっ!?」

私は慌てて手元のどんぶりから顔を上げ、自分の胸元を見る。確かに、防刃スーツのインナーの白い襟元に、茶色いシミがポツリと跳ねていた。

「うわ、最悪……。早く洗わないとシミになっちゃう」


私が紙ナプキンを取ろうと手を伸ばした瞬間、それより早く、丸められたおしぼりがペシッと私の額に当たった。


「いっ! ちょっと、何するのよ悠斗!」

「それで拭け。……大体、お前は戦闘中もそうやって足元がお留守なんだよ。氷河なんて規格外の魔法作っといて、自分が転びそうになってどうすんだ」

悠斗は片肘をつきながら、自分の山盛りの生姜焼き定食を箸でつついている。

一見するといつもの憎まれ口だが、彼の視線は私の顔ではなく、少し逸らされた方向へ向いていた。


「……見てたの? 氷の上で、私が少しだけ足滑らせたの」

「……見てねぇよ。気配でわかんだろ、そのくらい」

悠斗がバツが悪そうに箸の動きを早める。


孤高の戦士を気取っていた彼が、前衛で大剣を振り回しながらも、後方にいる私の細かな足運びまで気に掛けてくれていたのだ。


「……ふふっ。ありがとう、先輩」

「誰が先輩だ、うるせぇ」

悠斗が耳の先を少し赤くして顔を背ける。


私は手の中のおしぼりをギュッと握りしめ、その不器用な優しさに、うどんの出汁とは違う温かいものが胸の奥に広がるのを感じていた。


「お楽しみのところ失礼しますよ、教官殿たち」

自動ドアが開き、コーヒーの紙コップを片手にした黒田局長と、タブレットを抱えたレンがラウンジに入ってきた。


私たちは反射的に立ち上がろうとしたが、黒田局長がそれを手で制した。


「そのまま、食事を続けてください。……まずは作戦の成功、本当にお疲れ様でした。拉致されていた佐藤博士のチームですが、先ほど医療施設での初期治療を終えました」


「みんな、無事なんですね!」

咲がパァッと顔を輝かせる。

「ええ。長期間の拘束による栄養失調と衰弱は見られますが、命に別状はありません。佐藤博士も、モニター越しに涙を流して喜んでおられましたよ」


黒田局長の言葉に、ラウンジ中が安堵の空気に包まれる。


光輝が、そっと自分の右手のガントレットを撫でた。あの日、自らの手で引き金を引いて救い出した命が、確かに現実の明日へと繋がったのだ。


「……ただし、手放しで喜べる状況じゃない」

レンがタブレットを操作し、ラウンジの壁面にある大型モニターに海図を表示させた。


「あの『治験AI』のクソ野郎だが……潜水母艦ごとソナーの網を完全にすり抜けて、日本海溝の深部へとロストした。自律型の無人兵器群を製造するラインも、すべて艦の中に積まれたままだ。……次に奴らがどこで、どんな形で牙を剥くか、全く予測が立たない」

モニターの暗い海図を見つめるレンの顔には、同業者としてのプライドを粉々に打ち砕かれたような、深い焦燥と苛立ちが滲んでいた。


「……考えても、今はどうにもならねぇだろ」

重苦しい空気を切り裂いたのは、生姜焼きを平らげた悠斗の低い声だった。

「あいつがどんな化け物になって現れようが、俺たちがぶっ壊す。……それだけだ」

悠斗が大剣星斬りの柄を軽く叩く。


「そうよ。私たちには、あの機械には絶対に計算できないものがあるんだから」

私が光輝たちを振り返ると、四人はしっかりと頷き返してくれた。


機械が弾き出す冷徹な最適解。それを超えるのは、私たちが箱庭の地獄で育み、現実の海で証明した、互いを絶対に見捨てないという温かい絆だ。


「……頼もしい限りですね。君たちのその強さが、この国にとっての希望です。今日はゆっくり休んでください」

黒田局長が深く頭を下げ、ラウンジを後にした。


食事を終え、温かいお茶を飲みながら、私は壁面の環境モニターに目をやった。

窓のない地下施設にいる私たちに外の状況を伝えるその画面には、荒れ狂っていた冬の海が嘘のように凪ぎ、東の空から黄金色の朝陽が昇り始めている景色が映し出されていた。


「……朝ね」

「ああ。また、長い一日が始まりやがる」

悠斗が、お茶の入った湯呑みを傾けながら呟く。


新しい一日。それは、進化したAIという見えざる脅威と共に生きる、異能戦争の幕開けを告げる朝でもあった。


だが、今の私たちなら、どんな夜が来ようとも、この手で必ず朝を迎えに行ける。


隣で楽しそうに笑い合う後輩たちと、不器用ながらも隣を歩いてくれる戦友の横顔を見つめながら、私は新しい時代へ踏み出すための確かな覚悟を、静かに心へと刻み込んでいた。





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