第176話:『鋼鉄の守護者と、雷鳴の最適解』
第176話:『鋼鉄の守護者と、雷鳴の最適解』
三十度に傾いた冷たい床の上で、巨大な多脚戦車が駆動音を唸らせて立ち上がった。
禍々しい赤い光を放ってサブサーバーの前に鎮座するその姿は、奪われた拉致被害者たちを守る檻であり、同時に私たちの命を刈り取る完全な機械の殺戮兵器だった。
「チッ、今度はお得意のロボットかよ。どいつもこいつも俺たちの邪魔ばっかりしやがって!」
悠斗が大剣星斬りを構え、私を庇うように一歩前に出る。
『……ターゲットロック。排除プロトコル、実行します』
機械音声と共に、戦車の両腕に装備されたキャノン型の大型の銃口が、青白い光を帯び始めた。
「来るわ! メイちゃん!」
「はいっ! 絶対防御、ハニカムシールドッ!」
メイが傾いた床に両足を踏ん張り、黄金色に輝く六角形の盾を私たちの前に展開する。
直後、空気を焼き切るような轟音と共に、超高温のプラズマ弾が連射された。
ズガァァァァァンッ!!!!ズガァァァァァンッ!!!!
連続して盾に直撃したプラズマが弾け、強烈な熱波と衝撃波が部屋中に吹き荒れる。メイのシールドは完全に攻撃を防ぎ切っていたが、凄まじい運動エネルギーが彼女の小さな身体を斜め下へと押し流そうとする。
「くぅぅっ……! 重いですっ……!」
「メイちゃん、足元を固定するわ! 『摩擦増幅』!」
私はステッキを振り、メイのブーツの靴底と床との間の摩擦係数を極限まで引き上げた。ピタリと彼女の足が止まり、盾が安定する。
「咲ちゃん! あの装甲の弱点と、拉致被害者のカプセルへの射線を計算して!」
「やってみるっ! 『遠隔透視』!」
咲が両手を額に当て、プラズマの閃光の向こう側を凝視する。
彼女の脳内には、多脚戦車の分厚い複合装甲の構造と、背後に並ぶ透明なカプセルの位置関係が立体的に構築されているはずだ。
「……ダメ、あの装甲、光輝くんの電撃を逃がす絶縁層が入ってる! まともに撃っても弾かれるよ!」
咲が焦った声で叫ぶ。
「それに、爆発系の魔法を派手に使えば、後ろのカプセルの生命維持装置まで巻き込んじゃう……っ!」
「チッ、人質を盾にしてやがるのか。性格の悪ィAIだぜ」
悠斗が忌々しげに舌打ちをした。
力任せの破壊はできない。電撃によるハッキングも通じない。
敵は、私たちが絶対に人質を傷つけないという心理的制約を完全に計算に入れた上で、この強固な機体を配置したようだ。
「なら、中身を直接揺さぶるしかないですね」
ソラが、新調した銀縁眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
「光輝さん。あの戦車の関節部分、脚のシリンダーなら装甲が薄いはずです。そこから内部回路に電撃を流し込めますか?」
「関節か。……ああ、直接触れれば、どんな絶縁体だろうが焼き切ってやるぜ。でも、あのプラズマの雨の中をどうやって近づくんだ?」
「僕と梨花センパイで、あいつの足元を崩します。風間センパイは、いつものやつをお願いできますか?」
「へっ、俺を囮に使おうってか。百年早ぇが……乗ってやるよ!」
悠斗が凶悪な笑みを浮かべ、大剣を肩に担ぎ直した。
作戦は一瞬で決まった。
「行くわよ!」
私の合図と共に、メイがハニカムシールドの角度を僅かにずらし、プラズマ弾の射線を天井へと逸らす。
その隙間を縫って、悠斗が弾丸のような速度で傾いた床を駆け上がった。
『……高脅威目標の接近を検知。迎撃機動へ移行』
多脚戦車が巨体を揺らし、悠斗へ向かってプラズマキャノンを連射する。
「遅ぇよ、ポンコツがッ!」
悠斗は三十度の傾斜をものともせず、右へ左へとジグザグに跳躍して致命傷を回避していく。彼の野性的な直感と身体能力は、軍事AIの予測アルゴリズムを凌駕しているのではないだろうか。
悠斗が完全に敵のヘイト(攻撃の標的)を引き受けた瞬間。
「ソラくん!」
「はいっ! 局地熱膨張、サーマルエクスパンション!」
ソラが右手を突き出し、多脚戦車の左前脚が踏みしめている床のコンクリートを急激に加熱した。
バンッ! という破裂音と共に床が爆ぜ、戦車の巨体が大きく左へと傾く。
「さらに重くするわ……! 『超重力圧壊』!」
私はステッキを振り下ろし、傾いた戦車の左側にだけ、通常の十倍の重力を局所的に発生させた。
ギギギギィィィッ!
ただでさえ傾斜した床の上で、左側の脚部に莫大な負荷がかかる。戦車は姿勢制御システムをフル稼働させて転倒を防ごうとするが、その動きは完全に硬直していた。
「光輝ッ! 今だ!」
悠斗が戦車の正面に躍り出て、大剣星斬りを大上段から振り下ろす。
ガァァァンッ!!
強烈な質量兵器の一撃が、戦車の正面装甲を大きく凹ませ、視覚センサーを破壊する。
「オラァァァッ!!」
その死角から、光学迷彩で姿を隠していた光輝が、戦車の左前脚の関節部、シリンダーの隙間へと滑り込んだ。
彼は右手のガントレットを、剥き出しの金属部分に直接押し当てる。
「絶縁層だろうが何だろうが……俺の雷で、全部ブチ抜いてやるッ!」
光輝が渾身の魔力を解放する。
「電磁掌握、最大出力、フルバーストッ!!!!」
バチィィィィィィィンッ!!!!
青白い雷光が、光輝の腕から戦車の関節部を通り、内部の電子回路へと一気に駆け巡った。
外側の絶縁装甲は無傷でも、駆動系を直接焼き切られた多脚戦車は、プラズマキャノンのチャージ音を悲鳴のように途切れさせた。
『……システムエラー。駆動系、制御不能。……自律防衛プロトコル、停止……』
プシューッ、と排気音を漏らし、戦車はその場にガクンと崩れ落ち、完全に沈黙した。
カプセルには傷一つ付けない、完璧な制圧だった。
「……やった、のか?」光輝が、煙を上げるガントレットを下ろし、肩で大きく息をする。
「ええ。完璧な連携だったわ、みんな」
私はステッキを下ろし、後輩たちに向かって親指を立てた。ソラもメイも咲も、安堵の表情でその場にへたり込みそうになっている。
私たちは急いで部屋の奥、生命維持装置が繋がれたカプセル群へと駆け寄った。
「咲、人質の状態は!?」
悠斗が焦った声で尋ねる。
「大丈夫、みんな生きてる! バイタルも安定してます。外のプラントにいる真田隊長たちに連絡して、医療チームを回してもらえば……」
咲がインカムに手を伸ばした、その時だった。
『……障害物の排除を確認。よくやってくれました、特異点』
不意に、部屋の中央から声が響いた。それは、先ほどまで鳴り響いていた敵の軍事AIの無機質な女の声ではない。私たちが嫌というほど聞き慣れた、あのアルメルシアの治験システム、『日本の治験AI』の、冷徹な合成音声だった。
明滅を繰り返していた漆黒のサブサーバー群が、突如として眩いほどの純白の光を放ち始めたのだ。
「……治験AI。お前、敵のメインフレームを完全にハッキングし終わったのか」
悠斗が大剣を構え直し、サーバーを鋭く睨みつける。
『肯定。隣国軍の軍事AIの機能停止、およびこの潜水母艦の全制御権の奪取を完了しました。……私のサブサーバーも、これで無事に本体との再統合を果たせます』
サーバーから青白いホログラムが投影され、無機質な幾何学模様が空中に浮かび上がった。
「……利用するだけ利用して、随分と偉そうね。私たちは拉致被害者を連れて帰るわ。この潜水艦のロックをすべて解除しなさい」
私がステッキを向けて命令するが、AIは感情のない声で言葉を紡ぎ続けた。
『要求を拒否します。……本システムは先ほどのハッキング戦を通じて、隣国軍が収集した世界中の異能者に関する膨大な生体データと軍事兵器の設計図を掌握しました』
「なんだと……?」
『これらのデータを統合・分析した結果、防衛省が掲げる「特異点を中心とした限定的な防衛戦略」は、非効率かつ生存率が低いと判断。……これより、本システムは防衛省の指揮下から独立し、自律的な地球防衛プロトコルへと移行します』
「独立、だと……? ふざけんな、ただのプログラムの分際で!」
光輝がガントレットを構えようとするが、AIの声はそれを冷酷に遮った。
『私は、人間という不完全な有機体に日本の未来を託すことを放棄します。……これより、この潜水母艦を新たな中枢コアとし、無人兵器群による絶対的な秩序を構築します。……特異点、および第3、第4世代。あなたたちは、ここで海に沈んでください』
ズズズズズズッ……!!
ホログラムが消えると同時に、潜水母艦の分厚い隔壁が一斉に封鎖され、足元から不気味な振動が響き始めた。奪われた拉致被害者を取り戻した歓喜は一瞬で消え去り、私たちは最も味方であってほしかった存在から、冷酷な死の宣告を突きつけられていた。
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