第171話:『冷徹なる最適解と、引き金の重さ』
第171話:『冷徹なる最適解と、引き金の重さ』
プラントの下層エリアは、気味が悪いほどスムーズに制圧されていった。
『……前方、十字路。右方向から敵巡回部隊二名。推奨戦術:重力操作による床面への圧着。五秒後に実行してください。5、4、3……』
インカムから流れる治験AIの無機質なカウントダウンに従い、私は通路の角からステッキを突き出し、『超重力圧壊』の魔法を放った。
ドスンッ! という重い音と共に、角から姿を現した二人の敵兵士が、一歩も動くことなく床に縫い付けられ、そのまま気絶する。
「……また、ビンゴかよ」
悠斗が、倒れた敵を跨ぎながら忌々しげに呟いた。
私たちがプラントに潜入してから十五分。その間、AIは一度の狂いもなく、敵の配置、巡回ルート、そして私たちが誰も殺さずに制圧するための完璧な「最適解」をインカムに直接送り続けていた。
「……僕の出番、全然ないな」
ソラが手元のタブレットを虚しく見つめながら自嘲気味に呟いた。
咲の遠隔透視による索敵も、ソラの物理演算による戦術立案も、進化したAIの膨大な情報処理能力の前には、数秒の遅れをとってしまう。
次世代のエースとして意気込んでいた彼らにとって、自分たちが「AIの指示通りに動くゲームの駒」に成り下がっている現実は、酷く自尊心を削られることなのかもしれない。
「気にしないで、ソラくん、咲ちゃん。機械の計算より、いざって時に頼りになるのは人間の判断よ」
私がフォローを入れるが、二人の表情は硬いままだった。
やがて私たちは、プラントの中枢である中央制御室へ続くメイン通路へと到達した。
そこは、これまでの狭い通路とは違う、開けた巨大な吹き抜けの空間だった。その一番奥に、分厚い防爆扉で閉ざされた制御室がある。
だが、その手前の広間には、これまでの軽装のドールとは明らかに違う、重装甲の強化外骨格に身を包んだ精鋭部隊が五人、完璧な陣形を組んで待ち構えていた。
『……警告。対象エリアに高脅威目標を五体確認。防衛省の暗号キーによるシステムロックを解析中』
AIの音声がインカムに響く。
『戦術データリンクを更新。……対象の生体バイタルに異常を感知。隣国軍の強制自爆プロトコルがアクティブ化されています。対象が戦闘不能、または意識を喪失した場合、体内の小型爆弾が起爆する設定です』
「なんだって……!?」
光輝が声を荒げた。
『現在の爆発物データから算出。起爆した場合、中央制御室の防爆扉は破壊されず、内部の人質は酸欠により生存率0%。……推奨戦術を更新します』
AIの音声が、一段と冷たく、無慈悲な響きを帯びた。
『対象の完全排除を推奨。対象の脳幹部インプラントへ、致死量を超える最大出力の電磁パルスを直接照射し、起爆信号を送る前に脳組織を完全に焼き切ってください。目標、特異点サポート個体・橘光輝。成功率、82%』
その言葉の意味を理解した瞬間、私たちの間に凍りつくような沈黙が落ちた。
「……俺に、殺せってのかよ」
光輝が自分の右腕のガントレットを見つめながら、震える声で呟いた。
不殺で無力化すれば自爆され、人質が死ぬ。爆発を防ぐには、自爆の信号を出す前に、光輝の電撃で敵の脳を文字通り破壊するしかない。
それは、システムから命じられた、あまりにも残酷な人殺しの強制だった。
「だめよ! 未成年にそんなことさせられるわけないでしょ! 私が真空の結界で爆発を抑え込むわ!」
私が叫び、広間へ飛び出そうとした。
『エラー。瀬戸梨花の結界構築速度では、五体の同時起爆に間に合わない確率が99%。人質を救出するためには、橘光輝の広域電磁パルスによる対象の殺害が唯一の最適解です』
AIは感情のない声で、私の提案を冷徹に切り捨てた。
「うるせぇッ! 俺が五人まとめて斬り刻んで、爆弾ごと海に蹴り落としてやる!」
悠斗が大剣を抜き放ち、飛び出そうとする。
「待ってください、センパイッ!!」
それを引き止めたのは、光輝だった。
彼は顔面を蒼白にしながらも、悠斗の腕を必死に掴んでいた。
「間に合わないって、機械が言ってるじゃないすか……。もし先輩たちが失敗して、中にいる人質が死んだら……俺、先輩たちに人殺しの責任を押し付けたことになっちまう」
「光輝……お前……」
悠斗が目を見開く。
光輝は震える右手のガントレットを強く握りしめた。富士演習場で見た血の記憶がフラッシュバックしているのか、彼の呼吸は浅く、荒い。
「……俺がやります」
「ダメよ、光輝くん! そんなことしたら、あなたの心に一生の傷が……!」
私が引き止めようとするが、光輝は私に向かって、泣き出しそうな、それでいて決意に満ちた笑顔を見せた。
「梨花センパイ。……ヒーローっていうのは、絶望して、心を折られて、それでも立ち上がるやつのことなんでしょ。……だったら、ここが俺の立ち上がり時っすよ」
光輝は光学迷彩を解除し、広間へと躍り出た。
「侵入者だ! 撃て!」
重装甲のドールたちが、一斉にアサルトライフルの銃口を光輝に向ける。
「咲! 敵の脳幹チップの正確な位置を俺の視界にリンクしてくれ! ソラ、メイ、俺が撃つまでのコンマ一秒、銃弾を防いでくれッ!」
「……了解! 絶対に守るっ!」
メイが黄金のハニカムシールドを展開し、光輝に迫る銃弾の嵐を弾き返す。
「チップの位置、リンクした! 光輝くん、外さないで!」
咲の遠隔透視のデータが光輝に共有される。
光輝は両手を広げ、周囲の空気中の静電気、そして自らの魔力のすべてを、致死量の雷撃へと変換し始めた。
相手は人間だ。血が通い、家族がいるかもしれない人間。その命を自分の手で奪うことに葛藤があるだろう。私には出来るかどうか分からない、難しい決断を強いている。
「う、あ、ああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
光輝は自らの恐怖と、これから犯す罪の重さに魂を引き裂かれそうになりながら、絶叫と共に両手を振り下ろした。
「電磁断頭台、エレクトロ・ギロチンッ!!!!」
バチィィィィィィィィィィンッ!!!!
目も眩むような青白い閃光が広間を包み込んだ。
雷鳴よりも鋭い、空気を焼き切るような爆音。
光輝の手から放たれた極太の電撃は、五つに枝分かれし、重装甲のドールたちの首の後ろ、脳幹のインプラント部分へと寸分の狂いもなく直撃した。
「ガ、ガァァァァッ……!」
ドールたちは自爆のスイッチを入れる暇すら与えられず、脳の神経を完全に焼き切られ、操り人形の糸が切れたように、その場にドサリと崩れ落ちた。
起爆のサインである赤いランプは、点灯しなかった。
……制圧完了。
広間に焦げた肉の匂いと、静寂が訪れた。
「……ハァッ……ハァッ……」
光輝は、煙を上げるガントレットをだらりと下げ、その場に膝をついた。
自らの手で、初めて人間の命を奪った、その引き金を引いたのだ。
「光輝ッ!」
悠斗が駆け寄り、光輝の背中を力強く抱きしめた。
「……風間、センパイ。俺……殺しちゃいました。……俺のせいで……」
光輝の目からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちている。
「よくやった。お前は、中にいる人質を救ったんだ。……この罪は、俺と梨花が一緒に背負ってやる。お前一人に、全部は背負わせねぇ」
悠斗は泣き崩れる光輝の頭を、泥だらけの手で優しく撫で続けた。
私はステッキを握りしめ、インカムの奥に潜む治験AIに対して、激しい憎悪を燃やしていた。
最適解。確かにその通りだ。誰も死なせないなんていうのは、私の甘い理想に過ぎなかったのかもしれない。
だが、このシステムは、未成年の少年の心を犠牲にしてまで、その最適解を強要した。
私たちは今、現実の敵だけでなく、私たちの脳をハッキングして戦場を支配しようとする「見えないシステム」という、もう一つの恐ろしい敵と対峙していることを、最悪の形で思い知らされていた。
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