第101話:『鋼鉄の星斬りと、初陣の空』
第101話:『鋼鉄の星斬りと、初陣の空』
……数日後。
私たち4人は、この施設内での数日間の待機のお願いを受けて、各々に部屋が割り当てられてまったりと過ごしていた。
東京の夜景は見れなくなってしまったけれど、保護された生活は、ここで継続することになった。各部屋の中は、所謂ビジネスホテルと同じ様な作りをしている。バスにトイレにTVに小さい冷蔵庫。湯沸かしケトルがあるのは助かる。
食事は食堂で、小さな売店もあって、設備は整っている。悠斗との同棲生活は約一ヵ月程で終わりを向かえてしまったが、施設での同居ということで、お互いの部屋への出入りは自由なので、これはこれでアリかとも思っている。
「梨花、俺の部屋でお茶でも飲まないか」
来た!! 彼氏の部屋にお呼ばれしてしまった。どうしよう。何も準備していないわ。
「うん」
反射的に承諾してしまったけれど、大丈夫かしら。まさかとは思うけれど、そうゆうことじゃないわよね。
私は少し緊張した面持ちで、悠斗の部屋に招かれる。部屋の作りは同じね。ちょっとした椅子と机とベットがある部屋だった。
「椅子は一つしかないから、ベットにでも座ってて」
悠斗は高校に通っていた頃の様な、穏やかな雰囲気に戻っていた。気性が少し荒れていて心配だったから、元に戻って一安心だと思った。それにしても、笑顔でベットに座っててというデリカシーの無さはさすがです。でも、周りを見回してから、なんとなくベットに座ってしまうという私もいる。
もしかしてだけど、そうゆうことなのかな。
「紅茶でいいかな? 砂糖は1つでいいかな」
「うん」
なんだか、うんしか言えなくなってきたよ。少し首元が赤くなるのを感じる。
「梨花、いつもありがとうね。日頃の感謝の気持ちを込めてこれを送ります」
そう言って、ピンク色の薔薇やガーベラやカーネーションで作った、綺麗な小振りの花束を優しく差し出してきた。
「ありがとう。私も悠斗にはいつも感謝しているし、このまえも守ってくれてありがとう」
私も日頃の感謝の言葉を返した……。
自然とお互いの顔の距離は近づいていき……。
……ティーポットの紅茶は少し出過ぎていて、すでに常温になってしまっていたけれど、とても甘くて美味しかった……。
翌日、私たち4人は会議室に座って、入省の説明会を受けていた。そう、私たちは保護される対象から、国を守るための自衛官となることになったのだ。
正確には自衛官ではなくて、日本政府が準備していた、「高度仮想防衛人材に対する特別措置法」という超法規的な枠組みを基にした、防衛省所属の極秘特殊部隊員ということらしい。国からのスカウトを受けての就職という扱いとのことだった。
頂けるお給料も凄く高くて、他の国や外国企業などに転職したいとか思わない様に、それに引き抜かれない様に、破格の待遇としているとのことだった。
私たち4人の階級、役職、推定年収を列挙してみるとこんな感じ。
風間 悠斗、特任2等陸佐(相当)、第零戦術中隊・前衛指揮官、基本給年俸 5億円 + 成果報酬
瀬戸 梨花、特任2等陸佐(相当)、第零戦術中隊・魔導支援官、基本給年俸 5億円 + 成果報酬
佐藤博士、陸将補(相当)、特命医療統括官、基本給年俸2億円 + 医療・研究予算
鈴木 華蓮、特任3等陸佐(相当)、電脳戦術・主席情報官、基本給年俸1億5,000万円 + 機材調達の特別枠
それに保護措置として、両親や自分を含めた家族などの生涯にわたる身の安全と生活保障、住居の提供が明記されていた。
詳細については、とても厚みのある冊子を確認するようにとのことだった。
日本政府は、おおやけになっていないだけで、いろいろ準備していたみたいね。
高度仮想防衛人材に対する特別措置法という法律も、私たちのために急遽作った訳ではなくて、以前からあったという。
私は特殊部隊員になったり、お給料がプロ野球選手みたいになったり、大人への扉を開けたり、この数日間にギュギュっといろいろあって、一旦落ち着きたいわぁーってなっていたりする。
防衛省の地下深く。新設された特務部隊、セクションゼロの専用武器庫には、冷たいオイルの匂いが漂っていた。
壁一面に並ぶのは、最新鋭のアサルトライフルやタクティカルギア。しかし、今の私たちが求めているのは、火薬で鉛玉を飛ばすような常識的な兵器ではないのだ。
「……待たせたな。お前らの新しい相棒だ」
作業用ゴーグルを頭に乗せたレンが、重そうなジュラルミンケースを二つ、テーブルの上にドンッと置いた。
佐藤博士が横で誇らしげに頷いている。
「開けてみな、悠斗」
促され、悠斗が細い指でロックを外す。
プシュッという空気の抜ける音と共に蓋が開くと、そこには鈍い銀色の輝きを放つ大剣が収まっていた。
全長は百五十センチ以上。刀身は分厚く、無骨。装飾などは一切ない、殺すことと壊すことだけを目的に作られた鉄塊だ。
「……すげぇ」
悠斗が感嘆の声を漏らし、柄を握って片手で持ち上げようとする。
しかし、剣はテーブルから数センチ浮いただけで、ガコンと重い音を立てて落ちた。
「おっと、無理するなよ。そいつは特殊なタングステン合金とカーボンナノチューブの複合材だ。重量は四十キロを超える。……普通の人間じゃ、両手でも振り回せねぇよ」
「四十キロ……!」
「ああ。だがお前が、『身体強化、フィジカルブースト』という魔法かスキルかの謎現象を使った時の筋力と遠心力に耐えるには、これくらいの質量と硬度が必要だ。……アルメルシアで使ってた『星斬り』のデータに合わせて、重心のバランスを調整してある」
悠斗は目を閉じ、小さく息を吸い込んだ。
彼の体に変化が起きる。筋肉がわずかに膨張し、肌の温度が上がる。脳のリミッターが解除され、現実の肉体に黒騎士のスペックが上書きされていく。
「……ふっ!」
次の瞬間、悠斗は四十キロの鉄塊を、まるで木の枝のように片手で軽々と持ち上げた。
ヒュンッ! と鋭い風切り音が鳴る。軽く素振りをしただけで、武器庫の空気が震えた。
「……完璧だ。あの世界で振っていたのと同じ感触がする。ありがとう、レン、博士」
「へっ、壊すなよ。一振りで高級車が買える値段だぜ」
悠斗が満足そうに剣を背中の専用ホルダーに収めると、今度は私がもう一つのケースを開けた。
中に入っていたのは、黒く細長い、一見するとただの金属のステッキのようなものだった。先端には、人工的にカットされた透明なクリスタルが埋め込まれている。
「梨花さんのは、私が設計した『指向性魔力増幅デバイス』だ」
佐藤博士が、眼鏡を押し上げながら解説する。
「君の魔法……すなわち現実改変の演算は、極めて高度で強力だが、脳への負担が大きすぎる。その杖は、君の脳波をクリスタルで物理的に増幅・指向させるためのアンテナだ。これを使えば、少ない負荷で正確に魔法を放てるはずだ」
私はステッキを手に取った。
ひんやりとした金属の感触。重すぎず、軽すぎず、手にしっくりと馴染む。
私はクリスタルに意識を集中させた。ほんの少し、指先を温める程度の熱をイメージする。
ポッ、とクリスタルの先端に、小さな炎が灯った。ガスバーナーのような青い炎だ。
頭痛はない。これなら、連続して魔法を使っても脳が限界になることはないだろう。
「……すごい。まるで自分の体の一部みたい」
「気に入ってくれたなら何よりだ」
博士が優しく微笑んだ、その時。
武器庫のスピーカーから、耳障りなサイレンが鳴り響いた。
『緊急警報。セクションゼロ、直ちに出撃準備。……繰り返す、セクションゼロ、出撃準備』
黒田の低く響く冷徹な声だった。
私と悠斗は顔を見合わせ、すぐさま作戦司令室へと駆け足で向かった。
司令室のメインモニターには、日本地図が表示され、日本海側に浮かぶ小さな島が赤く点滅していた。
「状況を説明します」
黒田がモニターを指し示す。その横には、腕を組んだCIAのキャンベルと、そしてもう一人、実戦用のタクティカルギアに身を包んだ、歴戦の雰囲気を漂わせる屈強な男の人が立っていた。
「三十分前、日本海上の排他的経済水域内にある、我が国の極秘の海洋資源採掘プラントのある孤島に、国籍不明の武装集団が上陸。施設を占拠しました」
「武装集団……中国のドール部隊か?」
悠斗が鋭く問う。
「可能性は極めて高い。……施設の防衛部隊は、わずか五分で沈黙しました。監視カメラの映像には、重火器の弾幕を見切り、垂直の壁を駆け上がる兵士の姿が映っています。通常兵器では対処不可能です」
黒田は荒い映像を映し出した。
そこには、昨夜私たちの部屋を襲撃した少年のように、虚ろな目をして人間離れした動きを見せる兵士たちの姿があった。その数は、ざっと見ても二十人以上。
「奴らの狙いは、プラント内にある深海探査用の特殊レーダーだ。あれを奪われれば、我が国の潜水艦の動向が丸裸になる」
キャンベルが、これ見よがしに肩をすくめた。
「どうする? 訓練も受けていない君たちお遊び部隊に、この数が捌けるか? ギブアップするなら、横須賀から我が軍のシールズを差し向けるがね」
「キャンベル特別顧問。我々の部隊を舐めないでいただきたい」
低い、ドスの効いた声が響いた。黒田の横に立っていた男だ。
彼は一歩前に出ると、私たちに向かって敬礼の姿勢をとった。
「セクションゼロ戦術班隊長、真田だ。階級は1等陸尉(相当)だ。風間君、瀬戸さん。君たちの護衛と、現場の制圧サポートは俺たちが行う」
「サポート……」
私が戸惑うと、真田隊長は真剣な目で頷いた。
「君たちがどれだけ強力な異能を持っていようと、実戦経験のないただの高校生であることは理解している。道中の雑魚や、クリアリングは俺たちプロに任せろ。君たちは、ここぞという時の切り札だ」
彼の言葉には、嫌味ではなく、純粋に私たちを守ろうとする大人の責任感が滲んでいた。
「行くぞ。俺たちの部下十二名が、すでに機体で待機している」
***
ゴォォォォォォッ!!
凄まじいGが体をシートに押し付ける。私たちは、漆黒のステルス輸送機に乗り込み、夜の日本海を低空で滑空していた。
機内は赤いランプだけが点灯し、エンジン音で声も聞き取りにくい。
向かいのシートには、完全武装した真田隊長と十二名の精鋭たちが、微動だにせず座っている。彼らは黙々と銃器の最終点検を行い、プロフェッショナルとしての冷たい空気を漂わせていた。
それに比べて、私は。
魔導師のローブの代わりに支給された黒い防刃スーツの中で、私の手は情けないほど震えていた。
これまでの冒険とは違う。VR世界のように、死んでも生き返れるわけじゃない。相手はモンスターではなく、血の通った人間。自分が死ぬかもしれないし、彼らを殺してしまうかもしれない。
いくら強力な魔法が使えても、私は軍事訓練など一度も受けたことのない、ただの元女子高生なのだ。
「……初めての降下で震えない奴はいない」
ふと、隣に座る真田隊長が、インカム越しに声をかけてきた。
「無理はするな。お前たちは俺たちの後ろにいればいい。だが、もし俺たちの手に負えない規格外が出てきた時は……頼むぞ、二人とも」
「……はい」
私が弱々しく返事をした時、私の手に、温かいものが重なった。
悠斗だった。
彼は何も言わず、ただ私の震える手を、力強い手で包み込んでくれた。彼の手も少しだけ汗ばんでいたけれど、その瞳には、かつて私を幾度も守り抜いてくれた騎士の光が宿っていた。
私はというと、昨日のことを思い出して、悠斗と目を合わせるのが少し恥ずかしくなっていた。
(……大丈夫)
彼の体温が、そう伝えてくれている気がした。
一人じゃない。私たちが繋いだ手は、あのVR世界の崩壊を乗り越えた手だ。それに、ここには頼もしい大人たちもいる。
『目標上空に到達。降下準備開始』
パイロットのアナウンスと共に、機体後部のハッチが重々しい音を立てて開いた。
吹き込んでくる暴力的な潮風の匂いと、荒れ狂う波の音。
眼下の暗闇に、サーチライトで赤々と照らされた巨大な島が浮かび上がっている。高度はおよそ三百メートル。
「コースよし、行くぞ! 降下、降下、降下」
真田隊長の号令と共に、隊員たちが次々と巨大な島へ向かってパラシュート降下していく。
「行くぞ、梨花」
「ええ……!」
私たちはタンデム用の2人一緒のパラシュートだ。立ち上がり、風が吹き荒れるハッチの縁に立った。
悠斗が私を抱き寄せる。私は彼にしっかりとしがみつき、杖を構えて、浮遊と飛行のイメージを脳内で組み上げた。
重いけれど安全第一だ。予備のパラシュートも装備している。私たちは、事前に了解を貰った、私たち自身の魔法でこの戦場に降り立つ。
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