第100話:『深淵の作戦室と、眠れる子供たち』
第100話:『深淵の作戦室と、眠れる子供たち』
バラバラバラバラッ……!!
ローターの轟音が、東京の夜空を切り裂いていく。私たちは、防衛省が手配した黒塗りのステルスヘリに乗せられ、市ヶ谷の防衛省市ヶ谷地区へと向かっていた。眼下には、宝石箱をひっくり返したような東京の夜景が広がっている。さっきまで私たちが暮らしていた港区のタワーマンションも、すでに遠い光の粒に紛れて見えなくなっていた。
もう、あそこには戻れない。
監視付きとはいえ、あそこは私たちが人として暮らせる最後の部屋だった。これから向かう場所は、名実ともに軍事施設だ。
「……気分はどうだ?」
向かいの席に座る悠斗が、ノイズキャンセリングのヘッドセット越しに声をかけてきた。
「最悪よ。……でも、後悔はしてない」
私は短く答え、窓の外へ視線を戻した。悠斗の手には、血を拭き取った木刀がしっかりと握りしめられている。
数分後、ヘリは市ヶ谷のヘリポートに着陸した。待ち構えていた黒田に先導され、私たちは地下深くへと降りていく。幾重もの生体認証と分厚い防爆扉を抜けた先にあるのは、冷たいコンクリートと無数のサーバーラック、そして巨大なモニターが壁一面を覆う地下作戦司令室だった。
「ようこそ、特務局の深淵へ」
黒田が振り返り、淡々と告げた。
「ここが、今日から君たちの新しい家であり、戦いの拠点となる場所です」
部屋の中央にある巨大な円形テーブルには、すでに佐藤博士とレンの姿があった。彼らは私たちより一足先に、陸路でここに移送されていたのだ。
だが、テーブルにはもう一人、見知らぬ男が座っていた。金髪碧眼、仕立てのいいネイビーのスーツを着こなした白人男性。彼は私たちが入室すると、品定めするような目で冷たく微笑んだ。
「彼が例の特異点か。……なるほど、確かにデータ通り、普通の子供とは違う目つきをしているな」
見た目に反して流暢な日本語だった。男は立ち上がり、悠斗に向かって手を差し出した。
「CIA極東支部、アーサー・キャンベルだ。……昨夜の君の立ち回り、ドローン映像で見せてもらったよ。ファンタスティックだった」
悠斗は差し出された手を無視し、キャンベルを鋭く睨みつけた。
「……アメリカの犬が、こんな機密の中枢で何をデカい顔しているんですか」
「おっと、口が悪いな」
キャンベルは肩をすくめ、嫌味なくらい大袈裟なため息をついた。
「犬ではない。私は監視役であり、日本政府の尻拭いをしに来た同盟国の代表だ。……黒田局長、彼らに現状を説明してあげたまえ。君たちの甘々なザルな警備のおかげで、世界をどういう危機に陥らせているかをね」
黒田は忌々しそうに顔をしかめながら、メインモニターのスイッチを入れた。画面に映し出されたのは、世界地図。そして、日本の隣国、ロシアや中国などを中心に、無数の赤いドットが点滅している。
「現在、世界中で原因不明の昏睡症候群が多発しています」
黒田の説明に、私は息を呑んだ。
「症候群……? 病気なの?」
「いいえ、残念ながら人為的な兵器開発の犠牲者たちです。ですが表向きには、原因不明の昏睡症候群ということになっています」
モニターの映像が切り替わる。
そこには隠し撮りされたと思われる、薄暗い収容所の映像が流れていた。二段ベッドがずらりと並び、そこには10代の少年少女たちが、頭に無機質なヘッドギアを被らされたまま、死体のように横たわっている。
「彼らは、中国がアルメルシアの開発データを盗用し、軍事目的で構築した仮想訓練空間へと強制的にダイブさせられている子供たちです。……先ほど君たちの部屋を襲撃したドールの量産工場ですよ」
黒田の声が低く沈む。
「中国の独裁政権は、貧困層の孤児や反体制派の子供を拉致し、脳に直接チップを埋め込んでいる。そして、仮想空間内で極限の戦闘訓練、殺し合いを強要しているのです。……仮想空間で死亡した者は、現実の脳も焼き切れて廃人となるか、そのまま死に至る」
次々と映し出される、黒い遺体袋の山。
私は吐き気を催し、口元を押さえた。悠斗の拳が、ギリギリと音を立てて震えている。
「生き残ったごく少数の適合者だけが、先ほどの少年のような人工覚醒者として、現実世界での遠隔操縦兵器にされる。……これが、君たちの成功データが流出したことで起きた、最悪の惨劇です」
「ふざけるな……ッ!」
悠斗がテーブルを叩き割らんばかりの勢いで拳を振り下ろした。
「俺たちのデータが、子供たちを殺すために使われてるってのか!? なぜ止めないんだ!?」
「止められないのさ、ボーイ」
キャンベルが冷酷な事実を突きつける。
「これは彼らの国内問題として、原因不明の難病として、極秘裏に処理されている。国連の査察など入る隙もない。それに、我が国アメリカも、そして日本政府も、大っぴらに非難することはできない。……なぜなら、この非人道的な技術のオリジナルを作ったのは、他でもない日本なのだからね」
沈黙が作戦室を支配した。
佐藤博士は罪悪感に苛まれ、深くうなだれている。レンは不快そうに舌打ちをした。
「だからこそ、我々アメリカが管理すべきだと言っている」
キャンベルは私と悠斗を指差した。
「日本のセキュリティは脆弱すぎる。これ以上データを盗まれる前に、君たち二人の身柄とオリジナルデータを全てアメリカへ移送する。我が国の軍事施設ならば、君たちを安全に保護し、かつ正しい方法で対抗兵器を開発できる」
「正しい方法ですって?」
私がキャンベルを睨み据える。
「あなたたちも結局、私や悠斗を解剖して、自分の国の兵器を作りたいだけでしょ。中国と何が違うっていうのよ!」
「我々は自国の子供を殺したりはしないさ。……より人道的に、大人のプロの軍人を使うだけだ。そのためのマスターキーとして、君たちが必要なのだよ」
「断る」
悠斗が、地を這うような低い声で一蹴した。
「俺たちは誰の兵器にもならない。アメリカにも行かない。……俺たちは、ここで戦う」
「ほう。この国境なき異能戦争を、たった二人の高校生が止められると?」
キャンベルが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「二人じゃないわ」
私は悠斗の隣に並び立ち、キャンベル、そして黒田を見据えた。
「レンのサポート、佐藤博士の医療バックアップ。……そして、私たちのこの力。これで十分よ。……私たちは、防衛省のモルモットになるんじゃない」
私は、モニターに映る昏睡状態の子供たちの映像を指差した。
「あの子供たちを……脳の再生プログラムを悪用している、狂った国々のAIシステムから解放するために、戦うのよ」
黒田が、わずかに目を見開き、そして深く息を吐いた。
「……結構です。動機はどうあれ、結果を出してくれれば」
彼はコンソールを操作し、モニターに新しいエンブレム、盾と剣、そしてデジタルの光を模した紋章を表示した。
「本日この瞬間より、対外異能防衛・特殊作戦群『セクションゼロ』を発足します。……所属部隊員、風間悠斗、瀬戸梨花。君たちには、手始めに、これより中国のドール部隊の無力化、および不法な侵攻の阻止を命じます」
私たちはついに、国家間の血みどろの代理戦争へと、その足を踏み入れることになった。
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