第101話:『鋼鉄の星斬りと、初陣の空』
第101話:『鋼鉄の星斬りと、初陣の空』
防衛省の地下深く。新設された特務部隊『セクション・ゼロ』の専用アーモリー(武器庫)には、冷たいオイルの匂いが漂っていた。
壁一面に並ぶのは、最新鋭のアサルトライフルやタクティカルギア。しかし、今の私たちが求めているのは、火薬で鉛玉を飛ばすような「常識的」な兵器ではない。
「……待たせたな。お前らの『新しい相棒』だ」
作業用ゴーグルを頭に乗せたレンが、重そうなジュラルミンケースを二つ、テーブルの上にドンッと置いた。
佐藤博士が横で誇らしげに頷いている。
「開けてみな、悠斗」
促され、悠斗が細い指でロックを外す。
プシュッという空気の抜ける音と共に蓋が開くと、そこには鈍い銀色の輝きを放つ「大剣」が収まっていた。
全長は百五十センチ以上。刀身は分厚く、無骨。装飾などは一切ない、殺すことと壊すことだけを目的に作られた鉄塊だ。
「……すげぇ」
悠斗が感嘆の声を漏らし、柄を握って片手で持ち上げようとする。
しかし、剣はテーブルから数センチ浮いただけで、ガコンと重い音を立てて落ちた。
「おっと、無理するな。そいつは特殊なタングステン合金とカーボンナノチューブの複合材だ。重量は四十キロを超える。……普通の人間じゃ、両手でも振り回せねぇよ」
「四十キロ……!」
「ああ。だが、お前が『身体強化』を使った時の筋力と遠心力に耐えるには、これくらいの質量と硬度が必要だ。……仮想空間で使ってた『星斬り』のデータに合わせて、重心のバランスを調整してある」
悠斗は目を閉じ、小さく息を吸い込んだ。
彼の体に変化が起きる。筋肉がわずかに膨張し、肌の温度が上がる。脳のリミッターが解除され、現実の肉体に「黒騎士」のスペックが上書きされていく。
「……ふっ!」
次の瞬間、悠斗は四十キロの鉄塊を、まるで木の枝のように片手で軽々と持ち上げた。
ヒュンッ! と鋭い風切り音が鳴る。軽く素振りをしただけで、武器庫の空気が震えた。
「……完璧だ。あの世界で振っていたのと同じ感触がする。ありがとう、レン、博士」
「へっ、壊すなよ。一振りで高級車が買える値段だぜ」
悠斗が満足そうに剣を背中の専用ホルダーに収めると、今度は私がもう一つのケースを開けた。
中に入っていたのは、黒く細長い、一見するとただの金属のステッキのようなものだった。先端には、人工的にカットされた透明なクリスタルが埋め込まれている。
「梨花ちゃんのは、私が設計した『指向性魔力増幅デバイス』だ」
佐藤博士が、眼鏡を押し上げながら解説する。
「君の『魔法』……すなわち現実改変の演算は、極めて高度で強力だが、脳への負担が大きすぎる。その杖は、君の脳波(演算式)をクリスタルで物理的に増幅・指向させるためのアンテナだ。これを使えば、少ない負荷で正確に魔法を放てるはずだ」
私はステッキを手に取った。
ひんやりとした金属の感触。重すぎず、軽すぎず、手にしっくりと馴染む。
私はクリスタルに意識を集中させた。ほんの少し、指先を温める程度の「熱」をイメージする。
ポッ、とクリスタルの先端に、小さな炎が灯った。ガスバーナーのような青い炎だ。
頭痛はない。これなら、連続して魔法を使っても脳が焼き切れることはない。
「……すごい。まるで自分の体の一部みたい」
「気に入ってくれたなら何よりだ」
博士が優しく微笑んだ、その時。
武器庫のスピーカーから、耳障りなサイレンが鳴り響いた。
『━━緊急警報。セクション・ゼロ、直ちに出撃準備。……繰り返す、セクション・ゼロ、出撃準備』
黒田の冷徹な声だった。
私と悠斗は顔を見合わせ、すぐさま作戦司令室へと駆け足で向かった。
司令室のメインモニターには、日本地図が表示され、日本海側に浮かぶ小さな島が赤く点滅していた。
「状況を説明します」
黒田がモニターを指し示す。その横には、腕を組んだCIAのキャンベルと、そしてもう一人━━実戦用のタクティカルギアに身を包んだ、歴戦の雰囲気を漂わせる屈強な男が立っていた。
「三十分前、日本海上の排他的経済水域内にある孤島━━我が国の極秘の海洋資源採掘プラントに、国籍不明の武装集団が上陸。施設を占拠しました」
「武装集団……某国の『ドール』部隊か?」
悠斗が鋭く問う。
「可能性は極めて高い。……施設の防衛部隊は、わずか五分で沈黙しました。監視カメラの映像には、重火器の弾幕を『見切り』、垂直の壁を駆け上がる兵士の姿が映っています。通常兵器では対処不可能です」
黒田はキーボードを叩き、荒い映像を映し出した。
そこには、昨夜私たちの部屋を襲撃した少年のように、虚ろな目をして人間離れした動きを見せる兵士たちの姿があった。その数は、ざっと見ても二十人以上。
「奴らの狙いは、プラント内にある深海探査用の特殊レーダーだ。あれを奪われれば、我が国の潜水艦の動向が丸裸になる」
キャンベルが、これ見よがしに肩をすくめた。
「どうする? 訓練も受けていない君たち『お遊び部隊』に、この数が捌けるか? ギブアップするなら、横須賀から我が軍のシールズを差し向けるがね」
「キャンベル特別顧問。我々の部隊を舐めないでいただきたい」
低い、ドスの効いた声が響いた。黒田の横に立っていた男だ。
彼は一歩前に出ると、私たちに向かって敬礼の姿勢をとった。
「セクション・ゼロ戦術班隊長、真田大尉だ。神崎君、瀬戸さん。君たちの護衛と、現場の制圧サポートは俺たちが行う」
「サポート……」
私が戸惑うと、真田大尉は真剣な目で頷いた。
「君たちがどれだけ強力な『異能』を持っていようと、実戦経験のないただの高校生であることは理解している。道中の雑魚や、クリアリングは俺たちプロに任せろ。君たちは『ここぞ』という時の切り札だ」
彼の言葉には、嫌味ではなく、純粋に私たちを守ろうとする大人の責任感が滲んでいた。
「行くぞ。俺たちの部下十二名が、すでに機体で待機している」
***
ゴォォォォォォッ!!
凄まじいGが体をシートに押し付ける。私たちは、漆黒のステルス輸送機に乗り込み、夜の日本海を低空で滑空していた。
機内は赤いランプだけが点灯し、エンジン音で声も聞き取りにくい。
向かいのシートには、完全武装した真田大尉と十二名の精鋭たちが、微動だにせず座っている。彼らは黙々と銃器の最終点検を行い、プロフェッショナルとしての冷たい空気を漂わせていた。
それに比べて、私は。
魔導師のローブの代わりに支給された黒い防刃スーツの中で、私の手は情けないほど震えていた。
これまでの冒険とは違う。VR世界のように、死んでも生き返れるわけじゃない。相手はモンスターではなく、血の通った人間。自分が死ぬかもしれないし、彼らを「殺して」しまうかもしれない。
いくら強力な魔法が使えても、私は軍事訓練など一度も受けたことのない、ただの女子高生なのだ。
「……初めての降下で震えない奴はいない」
ふと、隣に座る真田大尉が、インカム越しに声をかけてきた。
「無理はするな。お前たちは俺たちの後ろにいればいい。だが、もし俺たちの手に負えない『規格外』が出てきた時は……頼むぞ、特異点」
「……はい」
私が弱々しく返事をした時、私の手に、温かいものが重なった。
悠斗だった。
彼は何も言わず、ただ私の震える手を、力強い手で包み込んでくれた。彼の手も少しだけ汗ばんでいたけれど、その瞳には、かつて私を幾度も守り抜いてくれた「騎士」の光が宿っていた。
(……大丈夫)
彼の体温が、そう伝えてくれている気がした。
一人じゃない。私たちが繋いだ手は、あのVR世界の崩壊を乗り越えた手だ。それに、ここには頼もしい大人たちもいる。
『━━目標上空に到達。降下準備』
パイロットのアナウンスと共に、機体後部のハッチが重々しい音を立てて開いた。
吹き込んでくる暴力的な潮風の匂いと、荒れ狂う波の音。
眼下の暗闇に、サーチライトで赤々と照らされた巨大な人工島が浮かび上がっている。高度はおよそ三百メートル。
「行くぞ! 降下! 降下!」
真田大尉の号令と共に、隊員たちが次々と夜の海へ向かってパラシュート降下していく。
「行くぞ、梨花」
「ええ……!」
私たちは立ち上がり、風が吹き荒れるハッチの縁に立った。
悠斗が私を抱き寄せる。私は彼にしっかりとしがみつき、杖を構えて『浮遊』と『衝撃緩和』のイメージを脳内で組み上げた。
パラシュートはいらない。私たちは、私たち自身の魔法でこの戦場に降り立つ。
異能戦争の火蓋が、今、切って落とされた。




