第10話:『闇に潜む地下書庫と、捕らわれた光』
第10話:『闇に潜む地下書庫と、捕らわれた光』
深夜、二時。私たちは王立図書館の最奥、立ち入り禁止区域のさらに奥にある「開かずの扉」の前に立っていた。
「……いい? この先は王国の地図にも載っていない『旧地下書庫』よ。迷ったら二度と帰ってこられないわ」
エララが重厚な鉄扉の鍵穴に、複雑な形状の鍵を差し込む。カチャリ、という硬質な音が響き、扉が錆びた悲鳴を上げてゆっくりと開いた。
「行こう。……リリア、俺の後ろに」
「うん」
ユリオが『星斬り』を抜き、先頭を切る。開いた口の向こうから漂ってきたのは、古紙の乾いた匂いと……微かな、しかし明らかな「オイルの臭い」だった。
螺旋階段を降り切った先に広がっていたのは、想像を絶する巨大な空間だった。かつては知識の宝庫だったのだろう。高さ一〇メートルはある巨大な本棚が迷路のように立ち並んでいる。しかし、そのほとんどは崩れかけ、蜘蛛の巣と埃に覆われていた。
「……静かすぎるな」
ユリオが小声で呟く。私の『灯火』が照らす範囲には、ネズミ一匹いない。 ただ、闇の奥から、ブゥゥゥン……という低い駆動音が、耳鳴りのように響いてくるだけだ。
「あっちだわ。……風の流れが不自然よ」
エララが魔導コンパスを見ながら指差す。私たちは崩れた本棚の影を縫うように進んだ。足元には散乱した本。そのタイトルを見る余裕はないけれど、どれも数百年は前のものだろう。
一〇分ほど進んだ頃、前方に青白い明かりが見えた。魔法の光じゃない。冷たく、無機質な、LEDのような人工的な光だ。
「……! 明かりを消して」
エララの指示で、私は杖の『灯火』を消した。暗闇の中、私たちは物陰からその光景を覗き込んだ。
そこは、地下書庫の中央広場だった。かつて閲覧室だったと思われる広い空間が、無残にも改造されていた。床には黒いケーブルが這い回り、中央には巨大なアンテナのような装置が設置されている。そして、その周囲には━━。
「……嘘」
私は息を呑み、口元を押さえた。鉄格子で作られたいくつもの檻。その中に、十数人の子供たちが閉じ込められていたのだ。
みんな、ぐったりと横たわったり、膝を抱えてうずくまったりしている。服はボロボロで、痩せ細っている子もいる。年齢は私(今の姿)と同じくらいか、もっと小さい子ばかりだ。
「あの子たち……神隠しにあった子たちだわ」
エララが震える声で囁く。そして、檻の周りを見張っている「影」を見て、ユリオが鋭く息を吸った。
「……機械化兵」
そこにいたのは、人間ではなかった。全身を鈍色の装甲で覆い、顔にはガスマスクのようなフェイスガード。手には剣ではなく、銃剣のような武器を持っている。その動きはカクカクとしていて、関節からシューッという排気音が漏れていた。
『━━定期スキャン、開始。生体反応、正常』
『━━出荷マデ、アト六時間。警戒レベルヲ維持セヨ』
無機質な合成音声が交わされる。出荷。その単語が、私の理性の糸をプツンと切った。
(出荷って……モノじゃないんだよ!? 人間なんだよ!?)
怒りで視界が赤く染まる。杖を握る手が熱くなる。
「……待て、リリア。まだ動くな」
ユリオが私の肩を強く掴んで制した。
「敵は四体。それに中央の装置も何かの兵器かもしれない。……まずは俺が陽動する。その隙に、お前たちは子供たちの檻を……」
その作戦会議は、唐突な警報音によって中断された。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
『━━警告。侵入者ヲ検知。熱源反応、多数。座標、南東通路』
「見つかった!?」
「くそっ、センサーか!」
機械化兵たちが一斉にこちらを向き、銃口を向ける。
ダダダダダダダッ!!
問答無用の銃撃。本棚が弾け飛び、紙吹雪が舞う。
「ちぃっ! 作戦変更だ! 正面突破する!」
ユリオが飛び出した。彼は弾幕の中をジグザグに駆け抜け、先頭の機械化兵へと肉薄する。
「お前らの相手は俺だッ!!」
ガギィィィン!!
『星斬り』の一撃が、機械化兵の構えた銃剣を叩き折る。そのまま返し刀で胴体を薙ぐが、装甲が硬い! 火花が散るだけで切断できない。
「硬いな……! だが、衝撃までは殺せないだろ!」
ユリオは剣の腹で敵を殴り飛ばし、ドミノ倒しのように後続の兵士へとぶつけた。 すごいパワーだ。でも、敵は痛みを感じない。すぐに体勢を立て直してくる。
「リリア! 援護を!」
「わかってる! エララ、隠れてて!」
私は杖を構え、飛び出した。子供たちの檻には当てちゃダメ。敵だけを狙う精密射撃。 イメージするのは、誘導ミサイル。
「いっけぇぇぇっ! 『光弾』、ホーミング!!」
杖先から放たれた四つの光の球が、弧を描いて飛んでいく。それは機械化兵の装甲の隙間━━関節やセンサー部分に吸い込まれるように着弾した。
ドォン! ドォン!!
「グガガッ……!?」
二体の兵士がバランスを崩して膝をつく。よし、効いてる!
しかし、残りの二体が私に狙いを定めた。
『━━脅威度判定、A。魔法使いヲ優先排除シマス』
銃口が光る。避けられない━━!
「させないわよッ!」
バシュッ!!
横から飛んできた何かが、敵の銃口に張り付き、爆発した。それは、粘着性の液体が入ったフラスコだった。
「な、なに!?」
「特製の『強酸スライム液』よ! 鉄だって溶かすわ!」
物陰からエララが瓶を投げ続けている。銃口を溶かされた兵士が暴発を起こし、腕ごと吹き飛んだ。
「ナイス、エララ!」
「お礼は後! ユリオ、今よ!」
敵の陣形が崩れた瞬間、ユリオが踏み込んだ。彼の剣が青く輝く。魔力を纏った本気の一撃。
「これで……終わりだァァァッ!!」
ズバァァァァンッ!!
暴発して動きの止まった兵士の首を、今度は綺麗に斬り飛ばした。首を失った胴体が、派手に火花を散らして崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ……」
ユリオが残心を取り、周囲を警戒する。動く敵はもういない。
「……やった、の?」
私が安堵の声を出した、その時だった。
『━━ピピッ。戦闘モード、損耗率80%。……自爆シークエンスヘ移行』
倒れた兵士たちの胸部ランプが、不吉な赤色に点滅し始めた。そして、甲高いカウントダウン音が響き渡る。
ピピピピピピピ……!
「自爆!? 子供たちが巻き込まれる!」
エララが叫ぶ。檻までの距離は数メートル。爆発すれば、檻ごと吹き飛ぶ距離だ。
「逃げる時間はない……!」
ユリオが私を見る。その目は言っていた。「やれるか?」と。
私は頷いた。やるしかない。破壊するだけが魔法じゃない。守るための力も、私にはあるはずだ。
「……お願い、守って! 『光の聖盾』!!」
私は杖を子供たちの檻に向けて突き出し、ありったけの魔力を放出した。杖から溢れ出した光が、ドーム状の障壁となって檻を包み込む。
直後。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
四体の機械化兵が同時に自爆した。猛烈な爆風と炎が地下空間を舐め尽くす。本棚が燃え上がり、天井が震える。
けれど。煙が晴れたあと、そこには無傷の光のドームと、その中で怯えながらも無事な子供たちの姿があった。
「……防いだ……!」
私はへなへなと座り込んだ。魔力を使い果たして指一本動かせない。でも、守りきった。
「リリア!」
ユリオが駆け寄って抱き起こしてくれる。エララはすぐに檻の方へ走り、鍵をピッキングツールで開け始めた。
「大丈夫!? 怪我はない!?」
檻が開くと、子供たちがわっと泣き出した。エララが優しく彼らを抱きしめる。
私たちは勝った。子供たちを救い出したのだ。
……そう思った。しかし、闇の奥から、パチパチという乾いた拍手の音が響いた。
「素晴らしい。……実に見事な連携だ」
燃え上がる炎の向こうから、一人の男が歩いてきた。黒いロングコートに身を包み、片目にはモノクル(片眼鏡)をかけた、痩せぎすの男。その手には、不気味に脈打つ『黒い杖』が握られている。
「まさか、廃棄予定の旧式兵士相手に、これほどのデータが取れるとはね」
男は邪悪な笑みを浮かべ、私たちを見下ろした。
「はじめまして、ネズミ諸君。……私はガルドス。この地下実験場の責任者だ」
最悪の敵が、今まさにその姿を現した。




