第11話:『狂気の科学者と、歪められた魂』
第11話:『狂気の科学者と、歪められた魂』
カツ、カツ、カツ……。
燃え盛る本棚の炎を背に、その男、ガルドスは、まるで舞踏会のダンスフロアを歩くように優雅に近づいてきた。黒いロングコートの裾が、熱風に煽られてはためく。片眼鏡の奥にある瞳は、私たちを人間としてではなく、興味深い「実験動物サンプル」として観察していた。
「子供たちを返して!」
私は震える足で立ち上がり、エララと子供たちを背に庇うように杖を構えた。魔力は空っぽに近い。でも、ここで引くわけにはいかない。
「返す? ……奇妙なことを言う」
ガルドスは心底不思議そうに首を傾げた。
「彼らは資源だ。……この未開な世界を、私の『科学』で進化させるための尊い燃料だよ。感謝されこそすれ、泥棒扱いされる覚えはないな」
「人間を燃料だなんて……! あなたの考えはおかしいわ!」
「ふむ。理解されないのは先駆者の宿命か」
ガルドスは退屈そうに嘆息すると、手に持った黒い杖、いや、それは杖ではなかった。先端にコイル状の増幅器がついた、金属製の「指揮棒」のようなデバイスを振った。
「では、授業を始めよう。……『重力制御、グラビティ・コントロール』、出力三〇%」
ブゥンッ!!
彼が指揮棒を振り下ろした瞬間、私の周囲の空気が圧し掛かるように重くなった。
「きゃあぁっ!?」
「ぐっ……!?」
見えない巨人の手が、私たちを地面に押し付けたような感覚。膝が強制的に折られ、床に縫い付けられる。呼吸が苦しい。肺が圧迫されて、酸素が入ってこない。
「これは……魔法じゃない!?」
地面に這いつくばりながら、エララが呻く。
「詠唱も、魔法陣もない……! なのに、特定の空間の物理法則だけが書き換わっているわ!」
「ご名答。……魔法などという不確定なオカルトではない。これは純粋な『物理干渉』だ」
ガルドスが指揮棒を軽く振ると、重圧がさらに増した。ミシミシと床板が悲鳴を上げる。
「くそっ……! なめるなぁぁぁっ!!」
その重圧の中で、ただ一人、ユリオだけが咆哮と共に立ち上がった。全身の血管を浮き上がらせ、筋肉を軋ませながら、重力の鎖を無理やり引きちぎるように一歩を踏み出す。
「ほう。……出力三〇%の重力下で動くか。素晴らしい身体能力だ」
ガルドスが感心したように眉を上げる。ユリオはその隙を見逃さず、地面を蹴った。
「黙れェェッ!!」
大剣『星斬り』が、重力を切り裂くような速度でガルドスの首を狙う。必殺の間合い。 しかし、ガルドスは動こうともしなかった。
ガギィィィン!!
剣がガルドスの数センチ手前で、見えない壁に弾かれた。空中に、半透明の六角形の光の壁、「電磁バリア」が展開されていたのだ。
「物理障壁、展開。……野蛮だねぇ、剣なんて」
ガルドスは指先一つ動かさず、冷笑を浮かべる。
「なっ……!?」
体勢を崩したユリオの腹部に、ガルドスの指揮棒が突き出された。
「『衝撃波、ショックウェーブ』」
ドォン!!
至近距離での空気砲。ユリオの身体が砲弾のように吹き飛び、背後の本棚に激突した。 本棚が倒壊し、大量の書物が彼を埋める。
「ユリオーーー!!」
私は叫んだ。重力が少し緩んだ隙に、私は必死に頭を回転させる。重力操作に、電磁バリア。あれは魔法じゃない。地球でも実用化されていない、超未来のテクノロジーだ。でも、原理が科学なら、攻略法はあるはず!
「エララ! あの指揮棒の先端を狙って! あれがきっとコントローラーよ!」
「わ、わかったわ!」
エララが懐から取り出したのは、爆発瓶ではなく、銀色の粉が入った小瓶だった。
「食らいなさい! 『砂鉄の嵐』!」
彼女が瓶を投げつけると、微細な鉄粉が霧のようにガルドスの周囲に散布された。電磁バリアなら、磁気を帯びた砂鉄が反応して、フィールドを可視化させ、過負荷をかけられるはずだ!
バチバチバチッ!!
予想通り、ガルドスの周囲で青白いスパークが走った。
「む? ……磁気干渉か。小賢しい真似を」
ガルドスが不快そうに顔をしかめ、バリアの出力を調整しようとする。その一瞬の隙。
「今だ! 『雷撃、サンダー・ボルト』!!」
私は残った魔力を振り絞り、杖から電撃を放った。狙うはガルドス本人じゃない。周囲に撒かれた砂鉄だ!
バリバリバリバリッ!!
砂鉄が導線となり、広範囲の放電現象が発生する。精密な電子機器にとって、静電気や過剰な電流は天敵だ。
「ぐっ……!?」
ガルドスの指揮棒がショートし、黒煙を上げた。重力場が解除される。
「やった!」
身体が軽くなる。瓦礫の山からユリオが這い出してきた。口元から血を流しているが、その瞳の闘志は消えていない。
「……リリア、ナイスだ」
ユリオが剣を構え直し、ガルドスを睨みつける。ガルドスは焦げた指揮棒を忌々しげに見つめ、それから……不気味に低く笑い出した。
「ククク……ハァーハハハハッ!! 面白い、実に面白い!」
彼は壊れた指揮棒を放り捨て、狂気じみた笑顔で拍手をした。
「原始的な魔法使いが、まさか『電磁誘導』を応用してくるとはね。……予想外、エラーこそが実験の醍醐味だ」
そして、彼の視線がユリオに固定された。その片眼鏡の奥が、冷たく光る。
「……それにしても、その動き。その頑強さ。……やはり、そうか」
ガルドスは、まるで懐かしい知人を見るような目でユリオに語りかけた。
「思い出さないか? 『ナンバー・ゼロ』」
「……あ?」
ユリオが眉をひそめる。
「お前のその筋肉、その反射神経。……すべて私が設計、デザインしたものだ」
ドクン。
ユリオの動きが止まった。
「……なにを、言って……」
「忘れたとは言わせないぞ。北の最深部、氷の実験室でお前は生まれた。……感情を持たない、完璧な殺戮兵器のプロトタイプとしてな」
ガルドスの言葉が、呪いのように地下空間に響く。
『……廃棄処分ダ』 『……失敗作メ』
ユリオが頭を押さえ苦悶の声を上げた。
「う、あぁぁぁぁっ……!!」
「そうだ、思い出せ。お前は人間ではない。私の最高傑作ドールだ」
ガルドスが両手を広げる。
「さあ、見せてやろう。お前の『兄弟』たちの姿を」
彼が指を鳴らすと、背後の暗闇から、重い足音が響いてきた。現れたのは、先ほどの機械化兵とは違う。もっと歪で、もっと恐ろしいモノだった。
それは、巨大な人型の機械だった。そしてその胸部には、透明な球状が埋め込まれており、その中には……。
「……人?」
球状のカプセルの中に、痩せ細った人間が浮かんでいた。無数のチューブを頭と背中に繋がれ、白目を剥いて痙攣している。人間を生体部品として組み込んだ、悪夢のようなサイボーグだった。
『……コロ……シテ……』
機械のスピーカーからではなく、直接脳に響くような、感情の読み取れないかすれた少年の声だった。カプセルの中の「誰か」が泣いている。
「紹介しよう。最新型の『生体機甲兵、バイオ・ドロイド』だ。……これがお前の成れの果てであり、未来の姿だよ」
「……ふざけるなァァァァッ!!」
ユリオが絶叫した。それは怒りか、恐怖か、それとも絶望か。彼の青い瞳が、暗い狂気の色に染まりかけていた。
「ユリオ、聞いちゃダメ!」
私は叫んだ。でも、目の前の現実はあまりに残酷すぎた。魔法と科学。その最悪の融合が、今、私たちに襲いかかろうとしていた。




