深夜のアルバイト 陸
さてさて皆様、お立ち会い!
夜の帳が解け、東の空が白み始める深夜五時。
されど、廃墟のフォレストファミリーバーガーには未だ朝日の光は届かず、漆黒の闇が重苦しく支配しておりました。
闇に隠れてガタガタと震えているのは、哀れな機械の人形たち!
「お行儀の悪いお人形さんたち、かくれんぼにしては足元が冷え込みすぎてるぜ。さっさと出てきて、俺の鉄クズコレクションに加わったらどうだい?」
森繁龍は、お気に入りの黒いジャケットに手を突っ込み、広いフロアをのしのしと歩き回っておりました。
その全身から立ち上るは、地獄の閻魔すら逃げ出すほどの、圧倒的な狩人のオーラでございます!
龍が獰猛な薄笑いを浮かべ、ふと天井のダクトを見上げた、その瞬間。
隙間から、黄色いチキンの機械人形が、恐怖のシステムエラーを起こして激しく首をガタつかせてしまったのでございます。
ですが皆様、この大男の前で音を立てるなど、自らプレス機のスイッチを押しに行くようなもの!
「おっと。天井のネズミさんが、ちとせっかちなくしゃみをしてくれたようだね。お行儀の悪い奴には、現場のカリスマによる手荒なレッスンをお見舞いしてやらなきゃな」
言うが早いか、龍はスッと右手を伸ばし、天井のダクトプレートに五指をガシィと掛けました。
本気を出せば三・五トンに達する、その恐るべき握力は、まさに油圧万力!
メリメリメリ、バキィィィン!!!
ただ指先を乱暴に引き絞っただけで、天井の頑丈な鉄板が、まるで湿ったクレープ生地のように無惨に引きちぎられ、凄まじい火花とともにダクトが丸ごと床へ引きずり落とされたのでございます!
「ギ、ギギエエエエッ!」
床へと墜落した、黄色いチキンの機械人形。
関節を軋ませて飛びかかろうといたしますが、龍は冷ややかな笑みを浮かべ、その首根っこを素手でむんずと掴み上げました。
「お前のその安っぽい嘴じゃあ、感謝祭の七面鳥を丸かじりする強度すら足りやしないぜ。ほらよ、お行儀よくスクラップになりな!」
ドゴォォォッ!!!
爆音とともに、龍は掴み上げた巨体を、ステージ脇の巨大スピーカーへとボロ雑巾のようにブン投げたのでございます!
激突の瞬間、黄色いチキンの機械人形はスピーカーごと木っ端微塵に爆散!
一瞬にして、ただの鉄クズの山へと変わり果てました。
「さて、これでネズミがまた一匹。残るは、厨房に閉じこもったおマヌケなクマの兄弟だけってわけかい」
龍は煙を吹く右手を下ろし、のしのしと厨房へ歩みを進めました。
厨房の入り口には手動の防錆シャッターが固く下ろされ、重厚な調理台や巨大な製氷機が山積みにされた、完璧なバリケードが築かれておりました。
中では、クマの機械人形が、ガタガタとオイルの汗を流して静まり返っております。
「おいおい、お行儀の悪いクマの兄弟。そんなおマヌケなバリケードで俺をシャットアウトしようなんて、地獄の門番もお前の防犯センスには呆れて、鍵のサンプルすら置いていかないだろうよ」
シャッターのわずかな隙間に、龍は素手の指先を差し込み、グッと腰を落とした、その瞬間!
ガガガガ、バキバキバキィィィン!!!
固く閉ざされていたはずのシャッターが、龍の腕力によって、ロックごと一気に素手で巻き上げられたのでございます!
調理台のバリケードも、龍の巻き上げた風圧と衝撃波に弾き飛ばされ四散。
「ニンゲン……ジャ、ナイ……。バケモノ……ダァァァッ!」
完全に狂乱したクマの機械人形が、おぞましい爪を振りかざして暗闇から龍へと飛びかかりました。
「おっと、遅いぜ。お前のハグに付き合ってやるほど、俺のスケジュールは空いちゃいないんでね!」
龍は襲いかかるクマの両手首を掴み、その巨体を軽々と宙で一回転。
そのまま、隣の熱い揚げ油が波打つ巨大フライヤーへ、豪快にブン投げたのでございます!
ドバゴォォォォォン!!!
沸騰した油の飛沫と火花が吹き荒れ、厨房全体が一瞬にして大爆発の黒煙に包まれました!
油まみれでのたうち回る機械人形。
龍は煙を突っ切って一歩を踏み込み、立ち上がろうとするクマの脳天へ、容赦のない光速の拳を叩き込みました。
ドカ、バキ、ドガァッ!!!
ただの普通のパンチ。
されどそれは、質量兵器そのものの超破壊力!
クマの機械人形の真鍮の骨格は限界を超えて圧壊し、最後は一掴みの真っ黒な灰と変わり果てて、床へと崩れ落ちました。
「ふぅ……。これで狩りもおしまいか。ジャケットが油まみれだ。大将にクリーニング代を上乗せさせなきゃ、まったく割に合わないぜ」
龍がポケットから両手を出して煤を払い、大きくあくびを漏らした、まさにその時。
キリキリキリ、コーン……。
古いオルゴールが軋むような不気味な金属音が響き渡り、メインステージの床下に設置された古い隠し扉が、内側からの凄まじい力によってガシャァン!と蹴り破られたのでございます。
そこから現れたのは、これまでのマスコットとは一線を画す、異様な雰囲気を纏った一体の機械人形。
全身の毛皮は色褪せた黄金に染まり、ボロボロに引き裂かれ、破れた隙間からは、真っ赤に錆びついた真鍮の骨格が剥き出しになっております。
それは、かつてこの店舗で非公式に開発され、ある最悪の事故によって封印された、古いウサギの試作機でございました。
この恐るべき試作機を動かしているのは、ただの古いからくりプログラムではございません!
その内壁に宿るは、かつてこのファミレスで数々の凄惨な誘拐・殺人を引き起こした、このハンバーガーショップの創業者の腐敗した魂!
男の魂は、この怪異のガワを無理やり乗っ取り、今なおこの廃墟の底で、生きた人間の肉体を求めて蠢いていたのでございます。
試作機は音もなく暗闇を滑り、龍の背後へと回り込みました。
そのガラスの双眸に宿る怨念の光は、おぞましき意図を雄弁に示しておりました。
龍の肉体を手に入れ、乗っ取る計画!
試作機は胴体をガバッと大きく展開し、内側に仕込まれた無数の鋭いネジと、スプリングロックの暗黒の空洞を剥き出しにして、龍の背後から襲いかかったのです!
ガシャァァァン!!!
「――ッ!?」
凄まじい金属音が響き、龍の巨体は一瞬にしてウサギの胴体の中へと引きずり込まれ、完全にロックされてしまいました。
スーツの内壁に敷き詰められたスプリングロックがギチギチと音を立て、龍の強靭な骨肉を噛み砕くべく、一斉に死の牙を剥き始めます。
完全な暗闇のスーツに閉じ込められた森繁龍。
されどこの男は、恐怖の悲鳴を上げるどころか、心底うんざりしたように、退屈なため息を一つ漏らしただけでございました。
「おいおい、お行儀の悪いオーダーメイドスーツだな。仕立て屋のセンスがこれじゃあ、地獄のファッションショーでも最下位がお似合いだ。俺のジャケットがさらにシワまみれになる前に、とびきり手荒なお直しを施してやるよ」
龍は、暗闇の中でフッと笑いました。
そして、両手を広げて胸を張り、全身の筋肉を。
「――フンッ!!!」
ただ一言の気合と共に、全身の筋肉を一気に、限界まで膨張させたのでございます!
ダイヤモンドをも容易く圧殺する、龍の異常なまでの筋密度と規格外の骨格。
その内側から放たれた物理的な膨張圧力は、ウサギの試作機が誇る頑丈な油圧サスペンションや、鉄のスプリングロックの許容限界値を、遥かに、遥かに逆転凌駕しておりました!
ギギ、ギギギギギ、メリメリメリメリ……!
ウサギの機械骨格が、生まれて初めて内側から加わった常識外れの質量圧力に耐えかね、悲鳴のような金属音を上げました。
油圧ポンプが内側からメリメリとへし折れ、真鍮のネジが逆方向へとひん曲がり、硬鉄のフレームがバキバキと音を立ててねじ切れていきます。
次の瞬間!
バガァァァァァァァァン!!!
凄まじい爆音とともに、ウサギの試作機スーツは、内側から大爆発を起こすように、完璧に木っ端微塵へと吹き飛んだのでございます!
飛び散る真鍮の破片、ひん曲がったスプリング、焦げた古い黄金の毛皮の残骸。
ただ全身の筋肉に力を込めただけで、殺人スーツを内側から爆砕してのけた、この大男の超絶フィジカル!
創業者の狂った魂は、赤い怨念の霧となって宙に漂いながら、論理的な理解を超えたフィジカルを前にして、魂の根底から絶望とパニックを起こしておりました。
「現場の要請に、一〇〇パーセントの力で応える。それがプロの夜警ってやつさ。……さあ、地獄に行ったら、お前のパパに、もうちょっとお行儀の良い仕立て屋を紹介してもらうこったな」
龍は煙の立ち上る右の拳をスッと突き出し、宙に浮かぶ創業者の怨念の核に向けて、普通のパンチを一撃叩き込みました。
ドゴォッ!!!
声にならない悲鳴を上げ、創業者の魂は一瞬にして漆黒の灰へと姿を変え、サラサラと音を立てて、この世から完全にデリートされてしまいました。
チリリリリ、コーン……。
その刹那。
朝の六時を告げる、のどかなチャイムの音が廃墟の店内に響き渡りました。
ガガガガ、ギィィィィィ……。
バッテリー電力を失って閉ざされていたはずの、あの重厚な店舗の電子防火シャッターが、朝の訪れとともにゆっくりと自動で巻き上がっていきます。
そこから差し込んできたのは、どんよりとした鉛色の闇を薙ぎ払う、秋の朝日のまばゆいオレンジ色の光でございました。
光がフロアを満たすと、なんということでしょう。
龍の拳によって呪縛の機械人形を物理解体されたことで、かつてこの廃墟で犠牲になり、長く店舗に囚われ続けていた子供たちの魂が、白く淡い、温かみのある綺麗な光の灰となって現れたのでございます。
光の魂たちは、優しく微笑みながら、龍の背中にぺこりと頭を下げました。
そして、差し込む朝日の光のあぜ道へと乗るようにして、サラサラと音を立てながら、秋の澄んだ青空へと、静かに、優しく昇華していったのでございます。
「ふぅ……。お気に入りのジャケットがすっかり油まみれだ」
龍はだらしなく肩をすくめると、煤けたジャケットの襟を軽く整え、朝日の輝く出口へと向かって、ポケットに手を突っ込んでのしのしと歩き去っていきました。
廃墟に本物の平和な静寂が戻り、これにて、一件落着でございます。
次回をお楽しみに!




