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深夜のアルバイト 伍

 さてさて皆様、お立ち会い!

 真夜中の静寂を引き裂くは、一見すればおぞましき殺人鬼、しかしてその実体は、己の肉体そのものが天変地異の破壊兵器たる大男、森繁龍。

 おもちゃ箱から這い出た機械人形を振り返りもせぬ裏拳一発で消滅させ、空間を狂わす最強の黄金の親玉を、腰のタメすら入れぬ普通のパンチ一発でデリートしてのけたところで、お話は一時停止、ちょうど幕が下りたところでございました。

 さあさあ、ここからが皆様お待ちかね。

 恐怖のルールが裏返り、天と地が真っ逆さまにひっくり返る、前代未聞の怪異サバイバルホラーの幕開けでございます!



「ギ、ギギ……ナニ……、アレ……」

「ニンゲン……ジャ、ナイ……。バ、バケモノ……ダ……!」

 暗闇の物陰、埃を被ったファミリーシートの影からその凄惨極まりない粉砕をじっと盗み見ていた、巨大なクマと、チキンの機械人形。

 かつて数々の不法侵入者を血の海に沈め、その肉体を機械の着ぐるみの奥へと押し込んでスクラップにしてきた、フォレストファミリーバーガーの最恐マスコットたち。

 されど今の彼らは、魂の根本から本物の死への恐怖を刻み込まれ、真鍮の関節をカタカタと激しく悲鳴のように震わせておりました。

 それもそのはず、彼らの強さの源泉たる恐怖は、龍の絶対的な無関心と底意地悪き侮蔑によってベリベリと跡形もなく剥ぎ取られてしまったのです。

 それらを失えば、彼らはただの錆びついた金属と古い毛皮の塊にすぎません。

 そんな頼りない真鍮の身体のまま、あの身長百九十センチの狩人の前に躍り出れば、一瞬にして粗大ゴミの山へと生まれ変わることは火を見るより明らか!


 キィィィィン……、キィィィィン……。

 深夜四時を告げる不気味な鐘の音が、廃墟の店内に虚しく響き渡ります。

「アサ、ロクジ……」

「アサ、ロクジマデ……ニゲ、ニゲロ……ッ!」

 怪異たちの目的は、侵入者を殺戮することから、朝六時のシャッター開放まで、あの規格外のバケモノからどうにかして逃げ延びることへと、完璧に百八十度シフトしてしまったのでございます!

 なんとも、なんともお可哀想な化け物たちでしょうか!

 同情の涙を流さずにはいられない、涙ぐましいサバイバル劇の始まりでございます!


 トントントン、と場面は変わりまして。

「お行儀の悪いお人形さんたち。かくれんぼの時間にしては、ちと足元が冷え込みすぎてるぜ。さっさと出てきて、俺の鉄クズコレクションに加わったらどうだい?」

 完全な漆黒の闇の中、森繁龍は、お気に入りの黒いジャケットのポケットに両手を突っ込み、のしのしと重厚な足音を響かせながら、広い店舗フロアを歩き回っておりました。

 その歩みは獰猛な肉食獣そのものであり、暗闇を睨み据える鋭い双眸には、獲物をいたぶるハンターの不敵な笑みが深く刻まれておりました。

「ちまちま朝六時まで待たされるなんて、俺のお行儀の良いプライベートプランには載ってないんでね。さっさと残りのネズミをハントして、家に帰るとしようじゃないの」

 龍は気だるげに鼻歌を歌いながら、カビ臭い通路をゆっくりと進みます。

 その獰猛な足音が響くたび、闇に潜むマスコットたちは、カタカタと真鍮の歯を鳴らしました。

「キ、キタ……! コッチ、クル……!」

 メインステージの裏手、薄暗い管理室に逃げ込んだクマの機械人形は、狂ったように残された防犯システムのモニターを凝視しておりました。

 電力がゼロになり、警備室のセキュリティーは死に絶えましたが、店舗のインフラを司る一部の監視カメラだけは、かろうじて作動していたのです。

 いつもは警備員がお化けの接近を怯えながら見るためのモニター。

 されど今、そこに映し出されているのは、完全な闇の中、鼻歌交じりで、のしのしと迫り来る本物の怪物の姿でございました!

 クマの機械人形は大きな熊の着ぐるみの頭を抱え、文字通りヒエエエエとノイズ混じりの悲鳴を上げました。

「ダクト、ダクトニ、ニゲロ!」

「シャッター! チュウボウ、シャッター、ロック、ロック!」

 怪異たちは、フォレストファミリーバーガーの設備をフルに活用し、必死の防城戦を開始いたしました。

 チキンを模した黄色い機械人形は、その巨大な嘴をがたがたと震わせながら、厨房の天井に設置された細い排気ダクトの通気口へと潜り込みました。

 金属の関節をあり得ない角度に折り曲げ、ギチ、ギギギ……と古い潤滑油の焼ける匂いをさせながら、狭いダクトの奥深くへと、必死にその巨体を這いずらせて隠れます。

 一方、クマの機械人形は厨房へと飛び込み、巨大な業務用冷蔵庫の隙間に身を隠しつつ、厨房の頑丈な手動防錆シャッターのレバーを、その太い金属の腕でガガガガガと乱暴に引き下げてロックいたしました。

 さらにそれだけでは足りないと、重厚な鋳鉄製の調理台や、巨大な製氷機をずるずると引きずり、シャッターの前に山積みにし、完璧な即席のバリケードを築き上げたのでございます!

「コレデ……ハイラナイ……。バケモノ、ハイレナイ……」

 クマの機械人形は、大きな丸い耳をピクリと動かし、防壁の向こうの静寂をじっと盗み聞きいたしました。

 しん、と静まり返る厨房。


 されど皆様、このお行儀の悪いファミレスの夜は、バリケード一枚で安心を約束してくれるほど、甘くはございません。

 コツ、コツ、コツ。

 バリケードの向こう側の廊下から、静かに、確実に、あの重厚な男の革靴の音が近づいてまいりました。

 そして、ピタリと、シャッターのすぐ目の前で足音が止まったのです。

 クマの機械人形は真鍮の指を握り締め、呼吸のない着ぐるみの胸をぎゅっと縮めました。

「おやおや、お行儀の悪いネズミの兄弟。そんな頑丈なシャッターを閉めて、中に閉じこもって、お菓子の試食会でも始める気かい?」

 シャッターを隔てたすぐ向こう側から、だらしなくも不敵で、そして鮮明な男の声が響き渡りました。

「俺の辞書には立ち入り禁止という文字は載ってないんでね。そんな安っぽいトタン板で俺をシャットアウトしようなて、地獄の門番もお前のおマヌケな防犯センスには呆れて、鍵のサンプルすら置いていかないだろうよ」

 クマの機械人形の脳に、警報アラームがけたたましく鳴り響きます。

「ニゲ……ニゲなきゃ……ッ!」

 クマの機械人形は慌てて、厨房の隅に設置された小さなセキュリティーモニターの画面へと視線を向けました。

 西側の廊下、カメラ四の映像。 そこには、シャッターの前に立ち、腕を組んでだらしなく佇む森繁龍の姿が、緑色のノイズ混じりの画面に映し出されておりました。

 機械人形がモニター越しにじっとその姿を凝視した、まさにその瞬間。

 画面の中の森繁龍が、不意に動きを止めました。

 そして、ゆっくりと。 本当にゆっくりと、その鋭い双眸を、廊下の天井の隅に設置されたカメラ四のレンズへと、真っ直ぐに向けたのでございます!

 ひっ、と息を呑むような沈黙。

 モニター越しに、完璧に目が合いました。

 いや、ただ目が合っただけではございません。

 画面の中の龍は、獰猛な肉食獣の如き薄笑いを浮かべると、のしのしとカメラの設置された真下へと近づき、その百九十センチの巨体を活かして、レンズの目の前まで顔を近づけてきたのです。

 ザザッ、ザザザザッ……!

 モニターの画面全体に、森繁龍の顔が、至近距離で映し出されました!

「おいおい、お人形の兄弟。そんな安っぽいガラスの目玉で俺のハンサムなツラを盗み見るなんて、ちとマナー違反が過ぎるんじゃないのかい?」

 画面の中の龍が、モニターの向こうのクマに向けて、最高に底意地の悪い、邪悪なウィンクをパチリと決めてみせたのです!

「ギ、キエエエエエエエエエエエエッ!!!」

 あまりの恐怖!

 モニター越しに、人間から怪異へのジャンプスケアが完璧に炸裂したのでございます!

 これには、モニターの前にいたクマの機械人形のみならず、ダクトの奥深くに身を潜めていたチキンまでもが、店舗全体の電子回線を通じて脳髄を直接かきむしられるような恐怖を食らい、真鍮の関節をガタガタと震わせて大パニック!

「ヒエッ……!」

「ガガッ、ギギギギ!」

 その拍子に、チキンの巨体がダクトの内壁に激しくぶつかり、ガシャァァァンと、静まり返った店内に、隠しようのない大きな金属の摩擦音が、盛大に響き渡ってしまったのでございます!

「おっと。今度は天井のネズミさんが、ちとせっかちなくしゃみをしてくれたようだねえ」

 シャッターの向こう側で、龍が愉快そうにケラケラと笑いました。

「お行儀よく這いずり回るなら、もう少し静かに身を隠すこった。パパの秘蔵のバーボンを盗み飲みする前のティーンエイジャーだって、お前よりは静かにお行儀よく歩くぜ?」

 のしのしと、厨房のシャッター前から、足音がゆっくりと天井のダクトが通る方向へと離れていきます。

「タスカッ……タ……?」

 クマの機械人形は、這いつくばったまま、油汚れの床に冷たいオイルの汗を滴らせました。

 されど、ダクトのチキンの機械人形にとっては、これ以上ない本物の死神の接近!

「コッチ、クル……! コッチ、クルゥォォォォォッ!!!」

 ダクトの入り口に向かって、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる、あの狩人の足音。

 果たして、天井の暗闇に逃げ込んだ哀れな機械人形の運命やいかに!?

 そして、厨房に閉じこもったクマの機械人形は、朝六時までこの魔窟から生き延びることができるのでございましょう か!?

 これぞまさに、攻守完全に逆転した、深夜の廃墟の大ハント劇!

 では次回をお楽しみに!


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