深夜のアルバイト 肆
さてさて皆様、お立ち会い!
西側の廊下を時速百キロの猛スピードで爆走してきた、最速のキツネの機械人形。
されど、我らが誇る規格外の体現者は、自ら通路の防壁をフルオープンにブチ開け、驚天動地のカウンタードロップキック一閃!
鉄クズキツネを完膚なきまでに木っ端微塵へと物理解体してしまいました。
「ふむ。ジャケットが少しばかり煤けたが……まあ、いい夜風の代償ってやつさ」
龍は、お気に入りの黒いジャケットの肩をパッパと素手で払い、煤を落とすと、警備室のデスクに残された一本の鉄のバールを拾うことすらいたしません。
基本は素手、己の拳と脚こそが、地獄の悪鬼をも平伏させる最強の質量兵器。
そんな獰猛極まりない、不敵な薄笑いを唇の端に深く刻みながら、のしのしと完全な闇に包まれた広大なファミレスの店舗エリアへ、自ら踏み出していったのでございます。
トントントン、と時が過ぎまして、時刻は午前三時。
深夜の静寂が、廃墟のハンバーガーショップ、フォレストファミリーバーガーを重苦しく支配しておりました。
チリリリリ、コーン……。
不吉な鐘の音と共に、警備室に設置された、あの有限のバッテリー電力表示が、非情にもデジタル数字のゼロパーセントを刻み始めます。
カチ、カチ、カチ……プシュー……。
その刹那!
店舗のすべての窓と扉を覆っていた重厚な電子防火シャッターが、バックアップ電力を失って一斉に強制フルオープン!
ただでさえ頼りなかった緑色の監視モニターの画面も、非常用の予備灯も、すべての命の防壁が一瞬にして完璧なシャットダウンを迎え、ファミレスの店内は、光の一片すら差し込まぬ絶対の暗闇へと叩き落とされたのでございます。
「おやおや。いよいよ、お行儀の悪いお化け屋敷が本格的に営業を開始したってわけかい。どうせなら、俺のハンサムな顔を照らすスポットライトくらい、予備電源で残しておいてほしかったもんだがね」
完全な漆黒の闇の中、龍は平然とため息を漏らし、その強靭な両手をポケットに突っ込んでたたずんでおりました。
ですが皆様、この絶対の静寂を、闇に潜む怪異どもが逃すはずがございません。
キリキリキリ、コーン……。
突入してきたのは、店舗の片隅に設置されていた大きなおもちゃ箱でございます。
オルゴールが完全に鳴り止んだその瞬間、箱の隙間から、まるで重力から解き放たれた死体のように、おぞましく細長い手足をした機械人形が這い出てまいりました。
「キ、キイィィィィィィィィィッ!!!」
その機械人形は、白い仮面に涙を流したような赤いペイントを施した、身の毛もよだつおぞましい顔を裂き、龍の背後から、音もなく光速の爪を突き立てて襲いかかったのでございます!
気配を察して振り返る、あるいはパニックで身をかわす、それがまっとうな人間の反応。
されど、龍はただ、退屈そうに小さくあくびを漏らしただけでございました。
「おいおい。挨拶代わりに後ろから抱きつくなんて、ちとお行儀が悪いんじゃないのかい?」
龍は振り返ることすらいたしません。
ただ、背後へ向かって、まるで鬱陶しいハエを追い払うかのように、気だるげなスナップで裏拳一発をスッと放ったのでございます。
ドガァァァァァン!!!
「ギェッ――!?」
ただの気だるげな裏拳。されどそれは、龍の規格外の怪力が生み出した、物理のソニックブームを伴う超重量の一撃!
機械人形のおぞましい白い仮面と、細長い金属の骨格は、悲鳴の途中で生乾きのビスケットのように一瞬にして完璧なスクラップへと粉砕され、火花とオイルを撒き散らしながら壁に激突し、光の灰となって一瞬で消滅してしまいました。
「さて、まずはネズミが一匹。お次のお行儀の悪いお客様は、どっちのドアからノックをしてくれるんだい?」
龍が冷ややかに呟いた、まさにそのコンマ一秒の刹那。
ザザザザザザ、ピーーーーーーーー!!!
絶対の暗闇であったはずの空間が、異様な電子ノイズの絶叫と共に、狂ったように激しくねじれ始めました。
「オレを……ミロ……。オレを……ミロォォォォォォォォォッ!!!」
空間の物理壁を、扉の有無すらも完全に無視して、龍の目の前わずか一メートルの至近距離に、それは突如としてテレポートして出現したのです。
黄金に輝く、けれど表面が焼けただれ、油汚れにまみれた巨大なクマの機械人形!
「オレを、ミタナァァァッ!!!」
黄金のクマが耳障りなバグノイズの咆哮を上げた瞬間、龍の脳髄を、内側から直接ぐしゃぐしゃに掻きむしり、神経をズタズタに引き裂くような即死級の精神汚染が繰り出された。
まともな人間であれば、そのおぞましい幻覚と精神攻撃に、一瞬で脳を破壊されて泡を吹いて即死する、まさに最悪の怪異現象。
しかし、龍はただ、キザに肩をすくめただけでございました。
「おいおい、随分と脂ぎった金メダルみたいな顔だな。俺の安眠プランを邪魔した上に、そんな耳障りなダミ声で歌のレッスンをおねだりするなんて、地獄の審査員も即座に退場ボタンを叩き割るくらい、お行儀が悪すぎるぜ」
龍の全身から立ち上るは、圧倒的な無関心と侮蔑。 恐怖というスパイスを得て初めて物質化する情報の怪物たちにとって、龍のこのただのデカい鉄クズとしてしか扱わない徹底的な軽蔑は、存在そのものを否定される最悪のデバフ。
「オレ……、ナ、ナニ……、コイツ、キカナイ……!?」
初めて直面する人間の絶対的な不遜さに、最強のバグ怪異であるはずの黄金のクマが、カタカタと震えながら後ずさりしようといたしました。
「ダンスの時間は、もうおしまいだ」
龍はただ、右の拳を軽く握り、腰のタメすら入れずに、スッと前へ突き出した、ただそれだけ。
シンプルな、普通のパンチ一発。
ズゴォォォォォォォォォン!!!
「ア、ガ――!?」
拳が黄金のクマの顔面に吸い込まれた瞬間、真空の衝撃波が周囲のガラス窓を全てブチ破り、金属の骨格が、凄まじい風圧でひしゃげ、歪み、限界を超えて圧壊いたしました。
ドバァァァン!!!
黄金のクマの巨体は、一ミリも耐えることすら許されず、一瞬で引きちぎられた古い黒いビデオフィルムの破片のような灰となって、絶対の暗闇の中にサラサラと、跡形もなく消え去ってしまったのでございます。
あまりにも、あまりにもあっけない消滅劇。
「ふむ。もうちょっとマシな合金を使っていると思ったんだがね。案外、見かけ倒しの張り子の虎、いや、ただの錆びた貯金箱だったな」
龍は拳のチリをパッパと払うと、退屈そうに、再び絶対の暗闇に沈んだファミレスの店舗エリアの奥へと、のしのしと足を進めていきました。
ですが皆様、この常軌を逸した狩りを、暗闇の物陰からじっと息を潜めて見つめていた存在がございました。
メインステージに居座るはずだった、巨大なクマ、そしてチキン。
本来であれば、深夜の侵入者を恐怖のどん底に叩き落とし、スクラップにして殺戮するはずの、おぞましき殺人機械人形たち。
されど、彼らは今、完全に狂いかけておりました。
おもちゃ箱の機械人形が、背後からの急襲を振り返りもせぬ裏拳一発で粉々にされ、空間を狂わせるはずの最強の黄金の親玉が、ただの普通のパンチ一発で、塵となってこの世から完全にデリートされた。
「ナニ……、アレ……」
「ニンゲン……、ジャ、ナイ……。バ、バケモノ、ダ……!」
魂の底から蘇る本物の死への恐怖を刻み込まれたマスコットたち。
ガタ、ガタ、ガタガタガタガタ!!!
彼らの真鍮の関節が、恐怖のノイズを上げて、激しく震え始めました。
そう、これまでは彼らが狩る側で、人間が狩られる側。
されど今、このフォレストファミリーバーガーに、本物のハンターが放たれてしまったのでございます!
「おいおい、お行儀の悪いお人形さんたち。かくれんぼの時間は、もうおしまいだぜ。さあ、どこに隠れているのか、早く俺に見せてみな」
暗闇の奥から、のしのしと響く、バケモノ(森繁龍)の獰猛な足音。
狩る側であった怪異どもが、お可哀想に、ここからは深夜の廃墟で、朝六時のシャッター開放まで生き延びるために、命がけで逃げ回る哀れな獲物へと成り下がるのでございます! お次のお話は、一体どんな、怪異たちの命がけの逃亡劇が始まるのやら……。
それは次回のお楽しみ!




