深夜のアルバイト 参
さてさて皆様、お立ち会い!
薄暗き警備室のガラス窓、その向こうに張り付いたおぞましきウサギの笑顔。
されど、この大男は、恐怖の悲鳴を上げるどころか、指先で弾いた百円硬貨をパチリと空中でスマートにキャッチし、冷ややかな、けれどどこまでも獰猛な薄笑いを浮かべるばかりでございました。
「おいおい、錆びた鉄クズ。人の顔をそんなにまじまじと見つめるのは、ちとマナー違反だぜ。深夜に人の部屋を覗き込むなら、極上のピザの一つでも差し入れに持ってくるのが大人の礼儀ってやつだろ?」
龍がバールを肩に担ぎ直し、退屈そうに言い放ったその瞬間。
ピィィィィィン……。
窓の向こうのウサギの人形が、龍の全身から放たれる圧倒的な無関心と侮蔑のオーラに、そのガラスの瞳をカタカタと痙攣させながら、這いずるようにして暗闇の奥へとスッと消え去っていきました。
「フン、シャイな野郎だ。挨拶の途中で帰るなんて、やっぱり地獄のしつけ教室へ叩き込んでやる必要がありそうだな」
龍は弾いた百円硬貨をポケットへと滑り込ませ、再びボロいパイプ椅子に踏んぞり返りました。
トントントン、と時が過ぎまして、時刻は不吉な午前二時。
しん、と静まり返った廃墟の店舗。
ですが皆様、このお行儀の悪いショップの夜は、そう簡単に静寂を約束してはくれないようでございます。
突如として、店舗の西側に位置する薄暗い廊下の奥深くから、
ガタガタガタ、キィィィィィン!!!
古い金属の関節を無理やり引きちぎるような凄まじい摩擦音と、床のフローリングを鋭い爪で激しく引っ掻き回すような爆走の足音が響き渡ったのでございます。
「おいおい、今度は随分とせっかちなネズミが飛び出してきたようじゃないか」
龍が気だるげに監視モニターのザラついたスノーノイズの画面をガチャリと切り替えます。
そこに映し出されていたのは、薄暗い部屋を覆っていた、色褪せた赤いカーテンが乱暴に引き裂かれ、その奥から飛び出してきた、片目に眼帯をつけ、右手が鋭い鉄のフックになったキツネの機械人形でございました。
その突進速度、なんと時速百キロ近い猛スピード!
キツネは四肢の金属骨格をガタガタと狂ったように軋ませ、火花を散らしながら、一直線に龍のいる警備室をめがけて、廊下を爆走してくるではありませんか!
普通の警備員、あるいはまっとうな人間であれば、ここで心臓を口から飛び出させ、悲鳴を上げながら、左右の電動ドアを閉める緊急シャッターボタンを必死に叩き込むところでございます。
ですが、この大男は違いました。
「おいおい、向こうから喜んでハグをしに突進してくるっていうなら、こっちもお行儀よく歓迎してやらなきゃ、ジェントルマンの名が廃るってもんさ」
龍は不敵な笑みを深く刻むと、ドアを閉めるどころか、左右の電動ドアの開放レバーをグイと押し下げ、通路の防壁を自ら完全にフルオープンにして待ち構えたのでございます!
「さあ、お前のその錆びついた突進と俺の突進、どっちのエンジンが上等か、白黒ハッキリつけようじゃないか!」
キツネの機械人形が、耳を引き裂くような金属の絶叫を上げながら、鋭い鉄のフックを突き出して警備室の入り口へと飛び込んできた、まさにそのコンマ一秒の刹那!
龍は一瞬でパイプ椅子を蹴り飛ばして跳躍いたしました。
ただのジャンプではございません。
龍は、警備室の入り口にそびえ立つ、頑丈極まりない鋼鉄製のドアフレームを、その強靭な両足のバネで踏み台にするようにして、さらに爆発的な推進力を得て空中へと水平に躍り出たのでございます!
己の力とドアフレームを踏み台にして加速した凄まじい物理推進力。
そのすべての衝突エネルギーを両足の裏に一点集中させた、超破壊力のカウンタードロップキックが、突進してきたキツネの顔面へと、完璧なタイミングでジャストミートいたしました!
ドガァァァァァン!!!
凄まじい衝突音と、空気を一瞬で圧縮して炸裂したソニックブームが、狭い警備室の窓ガラスをビリビリと悲鳴を上げさせ、室内の埃をドッと舞い上がらせました。
時速百キロの鉄の突進と、龍の神の如き脚力が真っ正面から激突した物理の結末は、実においたわしく、そして無残なものでございました。
バキバキバキ、ゴシャァァァン!!!
衝突の瞬間、キツネの頑丈なはずの金属骨格とプラスチック製の毛皮は、まるで生乾きのビスケットのようにあっけなく木っ端微塵に砕け散りました。
オイルの雨と、激しいショートによる青白い火花、そして引きちぎられた赤い毛皮の死骸を周囲に撒き散らしながら、キツネの残骸はただの鉄クズのゴミ山となって廊下の壁へと激しく叩きつけられ、煙を上げながら完全に沈黙したのでございます。
「やれやれ、突進の威勢だけは一丁前だったが、中身はただの安物のゼンマイ仕掛けだったようだな」
龍はスッと、何事もなかったかのように床へと静かに着地いたしました。
お気に入りの黒いジャケットに付いた火花の煤をパッパと払い、その鋭い双眸で、壁際に転がっている鉄クズの山を見下ろします。
龍は獰猛な肉食獣の如き薄笑いをその口元に深く、深く刻み込みました。
「かくれんぼの時間は、もうおしまいだ。お行儀の悪いお人形さんたち、今度は俺がそっちへ遊びに行ってやるぜ。……極上の狩りの、始まりだ」
龍はのしのしと、警備室の外、あの完全な闇と静寂に包まれた広大な店舗のエリアへと、躊躇なく一歩を踏み出して行ったのでございます。
さて皆様、お立ち会い!
警備室という安全な檻を自ら放り出し、暗闇へと躍り出た大男。
これまで深夜の侵入者を恐怖のどん底に叩き落としていたはずの怪異どもが、お可哀想に、ここからは、地獄のハンターに追われる哀れな獲物へと成り下がるのでございます!
お次のお話は、一体どんな狩りが始まるのやら……。
それは次回のお楽しみ!




