深夜のアルバイト 弐
さてさて皆様、お立ち会い!
夜霧這いずる漆黒の闇の中、ひっそりと佇む廃墟のハンバーガーショップ、フォレストファミリーバーガー。
かつての賑わいが嘘のように消え去った店内は、まるで世界そのものが巨大な棺桶の中に閉じ込められたかのような、息が詰まるほどの静寂が支配しておりました。
右を見りゃあ埃を被って赤黒く汚れたプラスチックのテーブルと椅子、左を見りゃあカビと油が染みついた古い黄色い壁。
そんな不気味な暗がりの奥深くに、たった一畳半ほどの狭苦しい警備室が、まるで奈落の底に浮かぶ頼りない小島のようにポツンと佇んでおりました。
トントントン、と時が過ぎまして、時刻は深夜の一時を回ったところでございます。
「やれやれ、退屈な夜だ。お行儀の悪い侵入者どもは、遅刻の言い訳でも考えているのかい? それとも、俺のハンサムなツラにビビって、今頃パパの古いガレージの奥で泣きべそでもかいてるのかねえ」
警備室のボロいパイプ椅子に踏んぞり返るは、我らが森繁龍。
身長百九十センチのスタイリッシュな筋肉巨漢は、タイトな黒いジャケットの襟を軽く弄び、退屈そうに大きな生あくびを噛み殺しておりました。
龍は、埃まみれのデスクの上に置かれた一枚の古い百円硬貨を、親指の先でピンと弾きました。 キィィィン……と、静寂な警備室に金属の澄んだ回転音が心地よく反響いたします。
デスクの上で独楽のように滑らかに高速回転する硬貨の、その銀色の輝きを、龍はただ死んだ魚のようなダウナーな瞳で見つめておりました。
何気なく視線を壁に向ければ、そこには手書きの薄汚れた粘着テープで、以前の警備員が残したらしい不穏な警告文が書き殴られておりました。
「電力を節約しろ。ドアを閉め続けると、一瞬で干上がるぞ」
龍はふぅと退屈そうに息を吐き出し、警備用の操作パネルに映る、赤いデジタル文字のメーターを見つめました。
残電量、九十五パーセント。
どうやら、この警備室のすべての電動防火ドアと、廊下を照らすライトは、有限のバッテリー電力のみで動いているらしい。
そして電力がゼロになれば、すべてのセキュリティーシステムが強制シャットダウンし、あの頑丈な電子ドアがプシューと頼りない音を立てて強制フルオープンになるという、実にお行儀の悪い設計になっておりました。
「おいおい、なんてこった」
龍は、高速回転を続ける百円硬貨を人差し指の先でピタッと押さえて静止させ、不敵な薄笑いを浮かべました。
「泥棒退治の砦にしちゃあ、ずいぶんとお茶目でスリリングなシステムじゃないか。電気が切れりゃあ、侵入者を歓迎するようにドアが強制フルオープンだと? 地獄の要塞の設計図を引いたおマヌケな建築士も、これにはお笑い草だって自分の青写真をシュレッダーにかけて泣き出すレベルだぜ」
そもそも、龍の目的は深夜の店内に侵入して荒らし、警備員たちを仏さんにした犯人を捕まえて、報酬の三百万を掴み取ること。
「ちまちまモニターを見るのは俺のハンサムな目に悪い。一晩中ここに引きこもって、お行儀よくドアの開け閉めゲームに熱中するなんて、俺のガラじゃないんでね。さっさとそのお行儀の悪いネズミをハントして、明日の夜はベットで心地よく寝るに限る」
龍はそう言って、肩に担いだ重厚な鉄のバールを軽く叩き、再びパイプ椅子に体を深く預けました。
不穏な嵐の予兆というものは、いつだって、最も静かな瞬間に牙を剥いて忍び寄るものでございます。
ガタ、ギギギ……。
「――おっと」
深夜一時三十分。
静まり返った廃墟のフロアの、はるか奥深くから、何かが床を重々しく引きずるような、不気味極まりない金属の摩擦音が響いてまいりました。
それは、人間の足音にしては、あまりにも重く、あまりにも冷たい、機械的な響き。
龍は獰猛な肉食獣のように、スッとその双眸を細めました。
「お出ましだ。ずいぶんと重い足取りのネズミさんじゃないか。鉄の下駄でも履いて、深夜のファミレスでタップダンスの練習でもしにきたのかい?」
龍は不敵に笑い、デスクに置かれた古い監視モニターのダイヤルを、カチャ、カチャと不作法に回しました。
ザァァァァァァァァァ……!
古いブラウン管モニターの画面に、爆発的な輝度で青白いスノーノイズが走り、埃まみれのノイズの向こう側に、誰もいないはずの廃墟の各エリアが薄気味悪く映し出されてまいります。
龍は何気なく、かつてマスコットたちが並んでいたはずのメインステージのカメラへと画面を切り替えました。
そして、おやおや、なんということでございましょう!
「……ふむ」
そこに映し出されていたのは、ガランとした、完璧に空っぽのステージ。
昼間に、虎徹がスマートに写真で見せてくれた、あの等身大の巨大なクマ、ウサギ、チキンの着ぐるみを覆った機械人形たちの姿が、忽然と消え去っているではありませんか!
犯人は、人間ではなかった。
「なるほどねえ。お行儀の悪いぬいぐるみどもが、夜中のお散歩と洒落込みやがったか」
龍は肩をすくめ、まったく怯む様子もなくモニターを睨みつけました。
トトトン、べちゃ。
次の瞬間、警備室のすぐ右側の暗いガラス窓の外から、何かが濡れた床を踏みつけるような、這い寄る重い足音が聞こえてまいりました。
しんとした警備室。
空気が一瞬にして、凍りつくように冷たくなっていきます。
龍は、右ドアの横に設置されたライトのボタンを、カチリと押し込みました。
チチチ……と不快な音を立てて明滅し、ガラス窓の向こうの、暗い一本の廊下が青白く照らし出された、まさにその瞬間!恐るべき光景が広がっておりました!
ガラス窓のすぐ向こう側、顔が触れ合うほどの至近距離に、立っていたのです。
それは、全身の青い毛皮が汚れ、ところどころが破れて錆びついた金属の骨格が剥き出しになった、あの巨大なウサギの機械人形でございました。
人間の頭部より二回りは巨大なその頭。
凍りついたように見開かれた一対のガラスの双眸が、明滅するライトの光を浴びて、ぎょろりと、無機質に龍を睨みつけております。
そして、その引き裂かれたような、耳元まで届く巨大な口が、狂気的な満面の笑顔のまま静かに開かれ、不揃いな真鍮の歯がぬらぬらと濡れて覗いているではありませんか!
「キチ、キチ、ギギギギギギ……!」
スピーカーから漏れ出すような、おぞましき電子のバグノイズが、ガラス窓をビリビリと不快に震わせます。
逃げ場のない一畳半の密室、目の前には、雇われた警備員を全員殺した機械人形の異形。 普通の人間であれば、失禁せんばかりの恐怖に支配され、慌てて電子ドアのシャッターを叩き閉め、電力の消費に怯えながら朝を待つことでしょう。
ですが、皆様!
目の前の規格外の男、森繁龍は、そんなドン引きするレベルのおぞましき笑顔を前にしても、眉一つ動かしゃあいたしませんでした!
龍は、肩にバールを担いだまま、もう片方の手で、デスクの百円硬貨をヒョイと宙へ弾き、それを指先でパチリとスマートにキャッチしてみせました。
そして、ガラス窓のすぐ向こうで顔を歪めて叫ぶ巨大ウサギに対し、心底退屈そうに、最高にキザな笑みを深く刻んだのでございます。
「おいおい、錆びた鉄クズ。人の顔をそんなにまじまじと見つめるのは、ちとマナー違反だぜ。深夜に人の部屋を覗き込むなら、極上のピザの一つでも差し入れに持ってくるのが大人の礼儀ってやつだろ?」
「ギギ……ギチチ……!?」
自慢の、人間を精神的に発狂させるはずが、目の前の大男には何一つ、蚊の羽音ほども効いていない。
それどころか、ただの錆びついた鉄クズとして扱われ、完璧にコケにされている。
その圧倒的な無関心と侮蔑のオーラを前にして、巨大ウサギは、カタカタと不気味に関節を震わせ始めました。
「お前のお行儀の悪いダンス、俺の夜遊びの相手としちゃあ、なかなかタフそうで悪くないぜ。……さあ、現場のカリスマによる、とびきり手荒なレッスンの始まりだ」
龍の瞳に、獰猛な肉食獣の、そして獲物を追い詰めるハンターの邪悪な光がギラリと宿りました。
お次は、どのようなことが始まるのやら……。
それは次回のお楽しみ!




