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呪いのビデオ 3

 さてさて皆様、お立ち会い!

 おぞましき砂嵐の光が部屋を青白く染め上げ、這い出してきたホラーの女王が、今まさに憐れな少女をテレビの中へと引きずり込もうとした、その絶体絶命の瞬間!

 不意打ちを喰らって廊下の奥へと吹き飛ばされていたはずの我らが森繁龍が、凄まじい地響きとともに戻り、鉄万力のごとき五指で怨霊の手首をガチリと掴み取ったところでございました。

 さあさあ、お待たせいたしました!

 今宵お見せいたしまするは、不遜なる筋肉巨漢と、最恐のホラークイーンによる、前代未聞のショーの開幕でございます!


「ギギ、ギギギ……キエエエエエ!?」

 掴まれた手首から、ギチギチと、まるであり得ない方向へねじ切られるかのような凄まじい圧力が加わり、貞子が異形の絶叫を上げました。

 それもそのはず、これまで数多くの人間を呪い殺してきた彼女にとって、己の身体をこれほど無慈悲に、ミリ単位すら動かせぬ怪力でロックされたことなど、かつてただの一度もございません!

 化け物側の困惑をさらに加速させるように、龍は土煙の中からゆっくりと、その身長百九十センチの巨体を現しました。

「おっと、お行儀が悪いぜ、お嬢ちゃん」

 龍の顔には、いつもの気だるげな笑みが浮かんでおりました。

 ですが、おやおや……その双眸の奥に宿るは、冷たい、獰猛な肉食獣の怒りの光!

 不意打ちの念動力で、お気に入りの黒いジャケットを壁の埃まみれにされたことが、このキザな男のプライドを、この上なく激しく傷つけていたのでございます!

「不意打ちの超能力で俺のハンサムなツラを壁のゴミでデコレーションしてくれたな。おかげで俺の極上の昼寝プランが台無しだ。俺は一度機嫌を損ねると、地獄の悪魔を全員整列させてお説教するくらいには、しつこい男なんだぜ」

 ピキ、ピキピキ……!

 龍がさらに指先に力を込めると、貞子の手首の骨が、まるで乾燥した小枝のように悲鳴を上げ始めました。

「キ、キエエエエエエ!」

「おい姉ちゃん、そんなに長い髪を逆立てて怒るんじゃないぜ。お前のそのお行儀の悪い手を、今から根元からデコレーションしてやるから、覚悟しな」

 龍の凄まじい怒りと、怪異に対するただの小生意気な肉の塊という絶対的な侮蔑!

 これにより、貞子が纏っていた世界中の人々が畏怖した恐怖は、なす術なくベリベリと強制解除され、ただの柔肌の怨霊へと引きずり下ろされてしまったのでございます!

「あ、あ、私の呪いが……力が、通じない……!?」

「お前の退屈なワンパターンホラー番組は、これにて放送終了(ジ・エンド)だ。地獄の深夜放送で、安らかに眠りな、お嬢ちゃん」

 龍は貞子の手首を掴んだまま、彼女の細い腰へと回り込みました。

 そして、その巨大な両腕を貞子の背中へと回し、ガッチリと、一切の遊びを残さずホールドしたのです。

 それも、テレビの画面から上半身を半分乗り出した状態の、あの重厚なブラウン管テレビごとでございます!

「えッ…… 森繁さん、何する気ですか!?」

 後ろでへなへなと腰を抜かしていた天羽莉紗が、そのあまりに常軌を逸したプロレスの構えに、涙目を丸くして悲鳴を上げました。


「そら、本日最後の特別番組――ジャーマンスープレックスの時間だ!」

 龍の全身の筋肉が、怒りのブーストによって限界を超えて咆哮を上げ、グッと腰が沈み込みました。

 そして、光速のバネのごときしなりとともに、龍の巨体が、後方へとダイナミックにブリッジを描いた、その瞬間!

 ドゴォォォォォン!!!

 事務所の頑丈なコンクリートの床に、まるで戦車が至近距離で自爆したかのような、凄まじい爆音と衝撃波が吹き荒れました!

「キエエ――ッ!?」

 貞子は、下半身を重厚なブラウン管テレビをすっぽりとはめたまま、脳天から、凄まじい質量と加速度を伴って床へと叩きつけられたのでございます!

 バガシャァァァン!!!

 凄まじい風圧により、事務所の窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げて激しく震え、本棚の本が一斉に宙を舞いました。

 叩きつけられた衝撃はあまりにも凄まじく、頑丈な床には、テレビの形と貞子の人型が完璧にクレーターのように陥没した、床下まで貫通しかけるほどの窪みが穿たれてしまったではありませんか!

 下半身を覆っていた重厚なブラウン管テレビは、ガラスの破片と火花を散らして跡形もなく爆散!

「ガハッ……! あ、あう……!?」

 床にめり込み、ゴロゴロと無様に転がるホラーの女王。

 ですが、龍の怒りの連打はこれだけでは終わりません。

「まだ寝転がるには早いぜ、お嬢ちゃん。俺のストレス解消の解体作業は、ここからが本番だからな!」

 立ち上がろうとする貞子に対し、龍は煙を吹く拳を光速で振り抜きました。

 バキ、ボコ、ドガァ、バシィ!!!

「ギ、キエエエエエ!」

 およそ除霊とは思えぬ、純度百パーセントの容赦のない手刀、パンチ、そして強烈な蹴りの多重ラッシュが、這い蹲る貞子の肉体へと、雨あられと降り注ぎます!

 殴られるたびに、貞子の白い服はズタズタに引き裂かれ、床を跳ね返りながらボロボロの雑巾のように転がります。

「せいぜい、地獄で安らかに眠りな、お嬢ちゃん」

 龍が最後の一撃を、その右の拳に込めました。

 空気が、龍の拳の圧力だけでキィィィィンと金属のように鋭く鳴り響き、放たれたストレートが貞子の胸元のど真ん中を貫きました。

 ドゴォッ!!!

「――ッ!?」

 声にならない悲鳴を上げ、貞子の全身が激しく直立不動で硬直いたしました。

 次の瞬間、彼女の身体にピキピキと黒い亀裂が走り、 バサァァァ……と、かつて世界中を震撼させた呪いの女王は、引きちぎられた古い黒いビデオフィルムの破片のような灰へと姿を変え、のどかな夜風に攫われるように、サラサラと音を立てて消滅してしまったのでございます。

 あとに残されたのは、不気味に静まり返った事務所と、床に穿たれた巨大な人型の窪みだけでございました。

「ふぅ……。お気に入りのジャケットがすっかり埃まみれだ。大将に、追加のクリーニング代をきっちり請求しなきゃあ割に合わないぜ」

 龍はだらしなく肩をすくめ、不敵に笑って親指を立ててみせました。

 莉紗はそんな龍の規格外の背中を見上げ、呆れ半分、けれど胸を撫で下ろして、深く安堵の息を漏らすのでございました。

 トントントン、と時が過ぎまして。



 ところ変わって数日後、森繁便利事務所。

 ぽかぽかとした小春日和の暖かな日差しが差し込む中、龍はソファーに手足を投げ出して、お気に入りの昼寝を満喫しておりました。

 ですが、皆様!

 その神聖な睡眠時間を無神経に踏み荒らすように、

 ガラガラガラ!

「おい、そこをもっと右に寄せるんだ!」

「オーライ、オーライ! 壁にぶつけるなよ!」

 作業着を着た電器業者の男たちが、ズカズカと遠慮なく事務所に入り込んできて、勝手に荷物を運び込み始めたではありませんか!

「おいおいおいおい!」

 龍は不機嫌極まりない顔でソファーから跳ね起きました。

「ここは地獄の不法侵入者たちの溜まり場じゃないぜ。勝手に人の城に入り込んで、一体何のデモンストレーションを始める気だい? 俺のお気に入りの睡眠プランを台無しにする気なら、それ相応の、地獄の閻魔様もひっくり返るような言い訳を用意してもらわなきゃあ困るねえ!」

 龍は腕を組んで業者を睨みつけ、いつもの吹き替え調で怒り出しました。

 ですが、業者の男たちは龍の身長百九十センチの威圧感を気にする様子もなく、手際よく、ピカピカに光る最新の超大型・薄型液晶テレビと最新ブルーレイレコーダーを設置し始めます。

「あ、業者さん! ありがとうございます、そこに置いてください!」

 そこへ、学校帰りの天羽莉紗が満面の笑みでひょっこりと顔を出しました。

「おいおいお嬢ちゃん、どういう風の吹き回しだい。この不躾なハイテク機器の配達人は、お前が手配したってわけかい?」

「そうですよ、森繁さん! この前の、命の恩返しです!」

 莉紗はふんすと鼻を鳴らして胸を張りました。

「森繁さんが、あの壊れない呪いのビデオを割って、しかも最後はやっつけてくれたおかげで、私の呪いも完全に解けましたから! そのお礼として、私がお小遣いをはたいて、この最新の薄型液晶テレビとブルーレイレコーダーをプレゼントします!」

「何だと……?」

 龍は怪訝そうに、設置されたばかりのスマートで薄いブラックボックスを見つめました。 そして、フンと鼻で笑い、いつものだらしのない悪態を吐き散らしたのでございます。

「おいおいお嬢ちゃん、おせっかいが過ぎるぜ。俺はあの、ガチャガチャとダイヤルを回すブラウン管の重厚さや、磁気テープが絡まるVHSのどこか哀愁漂うローファイなヴィンテージ感が気に入ってたんだ。主電源を切った瞬間に画面中央へ光がスッと吸い込まれて消え去る刹那の美学をお前はわかっちゃいない」

 龍は腕を組み、最高にキザなポーズで昭和のロマンを熱く語り倒しました。

「こんな薄っぺらなデジタル画面じゃ、深夜のハリウッド映画のキザなセリフも安っぽく聞こえちまうってなもんだ。俺の感性には、ちと不釣り合いな粗大ゴミだぜ」

「何がヴィンテージですか、ただの粗大ゴミでしょ! それに、この前まで『薄型テレビを買う金がないのを美学でデコレーションしてるだけ』って虎徹さんに看破されてたじゃないですか!」

 莉紗が間髪入れずに、キレ味抜群のツッコミを炸裂させました!

「おっとお嬢ちゃん、人聞きの悪いことを言うなよ。俺のサイフは確かに冷え切っているが、俺のロマンは――」

「はいはい、いいからちょっと起動してみますよ!」

 莉紗は龍のキザなセリフを完全に無視して、ピッと最新のリモコンの電源ボタンを押しました。

 その瞬間! チチチ……という不快な音もなく、一瞬にして、息を呑むような鮮明な超高画質映像が画面全体に広がりました。

 毛穴まで見える圧倒的な美しさ、ブルーレイのワンタッチ再生のあまりの滑らかさ、番組表の超スピード表示、そしてリモコン操作の超快適さ!

 龍は、そのピカピカの最新画面を、スプーンをくわえたまま、しばらくじっと見つめ……。

「……ふむ。まあ、これだけ画質が良ければ、ブロンド美女が水着で駆け回る極上のDVDを観る時は、かなり最高だな。こいつは最高にイカした箱だぜ」

「ちょっと! 女子高生の前でなんてこと言ってるんですか! ロマンはどこへ行ったんですか!」

 莉紗のキレ味抜群のツッコミが、事務所に響き渡りました!

「ははは! そいつは傑作だ。お前がロマンをコンマ一秒で地獄のゴミ箱に放り投げるスピードに、最新の技術が追いついたってわけだね」

 コツコツと小気味よい革靴の音を響かせ、部屋の入り口に佇んだのは、上等なスーツを着こなしたインテリ。

 仲介屋の虎徹博光が、ニヤニヤと嬉しそうに現れました。

「お前にはその最新のブラックボックスは百年早いと思ったが、莉紗ちゃんの親切を無駄にするんじゃないよ、相棒」

「うるさいぜ、大将。これからはお前のお説教も、ハイビジョン画質で鮮明に聞き流してやるさ」

 龍はそう吐き捨てると、ソファにこれでもかと手足を投げ出しました。

 莉紗はそんな龍の手のひら返しに呆れ半分、ぷんぷんと怒りながらも、嬉しそうに事務所の窓を開け、のどかな秋の風を迎え入れるのでございました。

 さてさて皆様、今回はこれにてめでたく大団円、一件落着でございます!

 お次のお話は、一体どんな恐怖が待ち受けているのやら……。

 それは次回のお楽しみ!


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