4話
十二月八日 日曜日
目を覚ましたときに隣に人がいるのは不思議な感覚だ。それが友達でもなく恋人でもなく、会ったばかりの人物だというのが不慣れな感覚に拍車をかけている。
昨日は夕飯のカップ麺を食べた後、どうやってたっちゃんを探すつもりなのかを聞いてみた。
「お部屋を借りてるだけでお世話になってるし、砂波君に具体的にこうしてもらうっていうのは今のところないよ。とりあえず私だけで探せる所は探してみる」
都合の良い男ってこんな感じの立場なのか、まだ俺の布団で寝ている古谷を見る。俺と会う前に一人でできることはしているだろうし、古谷の持つ手がかりも充分ではなさそうなのにそれでどうするつもりなのか。
たっちゃんは古谷にとって最後の希望なのか。顔が妙に似てる俺を見てどう思っているのか。俺には想像できない。
目を覚ました古谷は忙しいのか暇なのかスマートフォンの画面に向かっている。現代の女子らしいと眺めていたら、どうやら人と連絡を取っていたみたいだ。
「人造人間を造った人と連絡が取れたの。お昼に会う約束を取り付けたんだ」
造った人とは人造人間からすると親みたいな存在だろうか。古谷はまったく嬉しそうには見えず、むしろ不安にすら見える。
「良かったですね。あわよくば次の居候先になるかもしれませんよ」
フォローするつもりで言ってみたものの、その曇った表情は晴れない。
「ああ、パン食べていいですよ種類は少ないですが」
「……ありがとう」
また言葉選びを間違えただろうか、これだから人付き合いは難しい。結局昼になると古谷は失意のまま部屋を出て行った。少しは希望を持って帰ってきてくれるだろうか。窓から古谷の背中を見送ると、見計らったようなタイミングでスマートフォンに着信が届く。相手は園継先輩だ。
「おはよう砂波。古谷はどうだった?」
「どうって、今日は人と会うと言って出ていきましたよ」
「ああ、そうだったな。昨日のうちに聞いてるよ。間を取り持ったのは私だからな」
「先輩が、ですか。じゃあ人造人間の話も知ってるんですね」
小さな声で「うん?」という疑問の声が聞こえた。
「人造人間? 古谷はそう言ったのか?」
「はい。園継先輩はそこまで聞いてなかったんですか」
向こうから「なるほど」と小さく聞こえる。
「いや、人造人間だな。知っているよ。その製造者と会っているんだろう?」
良かった。古谷が隠していた事を迂闊に口走ってしまっていたら、帰ってきた古谷に顔向けできなくなるところだった。
「人造人間ねぇ、とんでもない話だと思うだろ。信じられるか?」
「嘘だと思っても何も解決しないでしょうから。信じるしかありませんね」
「いやに大人だな。冗談だと笑っても責めたりしないぞ」
「俺が冗談だと思ったら事実は変わるんですか」
古谷が人造人間であるかどうかは俺には関係ない。彼女はそれで人生を動かされているかもしれないが、それと俺は無縁なのだ。必要なときに必要な助けをしてやればいい。
「変わるさ」
しかし園継先輩は言い切った。
「君がどう捉えるかで君の認識する真実は変わる。それが変われば、君が古谷にどう偏見を持つかも変化する」
俺が持つ人造人間への偏見か、それとも俺が古谷のことを、自分は人造人間だと思い込んでいる変な人だと認知する偏見か。確かに関わり方は変わりそうだ。
「偏った見方は悪い意味だけじゃない。人が人を見ているだけで偏見はほぼ必ずある。大切なのは偏見はあるものと正しく理解して相手と付き合うこと。だから砂波、古谷と共にしばらくいれそうか?」
先輩なりの不器用な頼み方だろうか。口は悪いのに心配性だ。
「一緒にいるだけなら問題ないでしょう。生活面でのいざこざは起こりえますが、あの事情を聞いて追い出すことはしませんし、時間をかけないと断言できないことも多いので」
先輩は「それでいい」と低く穏やかな声で言った。
「なにかあったら電話してくれ。私もできるかぎり助力する」
「はい……先輩」
「なんだ?」
「いやに大人ですね」
声を殺して笑う音が聞こえた。
「格好つけただけだ。本心からの君と違って、私はまっすぐ本音を言えないのかもな」
そのまま電話を切られてしまった。人造人間について興味を聞いてみたくもあるが、わざわざ電話をかけ直すのも面倒だ。
しかし気掛かりなのは一点、人造人間という単語を聞いた園継先輩の反応だ。知っているのに、一瞬だけ合点がいかなかったような違和感。それがどうにも頭に引っかかっていた。
明るいうちに古谷は帰ってきた。製造者は誰で何を話してきたのかとは、わざわざ聞かないことにする。
部屋に入った古谷に昼の電話のことを伝えた。だが「うん……うん……」と返事はするものの、ずっと上の空だ。表情も引きつった笑みが顔に張り付いてまるで仮面のようだ。
「……ねえ、砂波君。眺めが良い場所を知らないかな。気持ちを切り替えたくて」
眺めのいい場所といえば高い所が真っ先に思いつく。しかしこの辺りには山は無いし高所の観光スポットも無い。商業施設やビルなどの屋上も考えたが駐車場になっていたりそもそも入れない場所が多いだろう。
「ああ、そういえば。学校の屋上の扉、鍵が壊れて放置されてるらしいです。行ってみますか」
噂によると鍵のシリンダーの摩耗に先生が気づいていないのではと言われていて、普通に開けることが出来るらしい。その話を聞いた俺と上秋はさっそく現場に急行し、実際に開いたことを確認してそのまま屋上で午後の授業をサボったことがある。
夕方が近づいているためすぐに学校に向かった。部外者の古谷が見つかって余計なトラブルが起こらないように職員室や部活を行っている教室を避け、日曜日で教師は少ないだろうとはいえ慎重に階を上がっていく。そしてお互いまともに会話をしないまま屋上に着いた。扉はあの日のまま開いた。
「綺麗だね」
遠くに沈みかけた太陽が見える。空は黄金に輝き、反対の空は青く滲んでいる。街並みは不愛想で、瓦屋根と平坦なビルのどちらかしかない。
「そうですかね。そう良い景色じゃないですよ」
古い校舎のせいか肩ほどの高さしかなくて危なっかしい柵まで古谷は淡々と歩く。柵に寄り掛かった古谷は一帯を見回していた。
「うん、でも充分だよ。ありがとう」
少し離れて古谷の背中を見つめる。儚く見えるというか、まるで今にも……。
「今日会った人に今の状況を伝えてきたの。そしたら、その人のお家に住んでも良いって言ってくれた」
「良かったですね。ひとまず安心じゃないですか」
「うん、そうだね。でもね、私にとってはそれより大切なことがあって……」
区切りをつけて俺の顔を見た。「たっちゃんですか」と聞くと頷いた。
「たっちゃんはもう死んじゃってるって。私にはもう、お父さんもお母さんも、大好きな人もいなくなっちゃった」
言葉もかけられない。今の古谷を見るに、俺が想像していた以上にたっちゃんの存在は大きいようだ。
「これからの事も考えられないの。だから砂波君」
古谷は突然目の前まで歩いてきて、俺を抱きしめた。温かな体温と、何かを堪えている小刻みな震えが伝わってくる。
「なんですか」
俺は抱き返すことなく、そのままの姿勢で聞いてみた。
「ううん。ありがとう。これで……先に帰ってもいいよ」
両方の腕は逡巡した。抱きしめる事も、突き放す事もできなかった。
「帰れませんよ」
状況を整理できず、そう言う事しかできなかった。そんな俺を放したのは古谷の方だ。
「あなたは……あなたのままで……いいから」
消えそうな声が聞こえる。泣きそうな瞳と苦しそうな笑顔で俺を見ながら古谷はニ歩三歩と柵に吸い込まれるように歩き、その身体は柵を越えて宙へと投げ出された。




