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3話

 カフェを出るころには日が沈み始め、背の高いビルが並ぶ駅前通りの夜は早い。少し道を間違えればたちまち風俗街に変貌し、目つきの悪い大人に睨まれるなんて話もよく聞く。なのでちゃんと寮まで古谷を先導してきたわけだが……。


「本当に俺の部屋に泊まるのか」


「は、はは……ごめんね。落ち着いたらちゃんと理由は話すから」


 やむにやまれぬ事情であり、万が一にも人に知られたくない事らしい。高校生の男女がさっき出会ったばかりで、しかもお互いのことをほとんど知らないのにひとつ屋根の下というのはいかがなものかとは真っ当な意見だ。だが聞いても話してくれないし、本人が良いと言うから良しとするしかない。


「ありさちゃんから聞いてるよ。いまどき骨董品的価値の付きそうなボロアパートだって」


「それはアレですか。古谷さんがレトロ好きとか廃墟マニアみたいなやつだってことですか」


「違う違う! 多少不便があっても覚悟の上って意味!」


 住んでいる身からすれば悪口を言われても気にしないものだが、古谷は焦って否定した。


「トイレは洋式だし、風呂場もリフォームが入って綺麗なので、たぶん思ってるより不都合はないと思いますよ」


 やっぱり現代人は和式トイレに抵抗あるものだし、風呂も清潔感がある方が嬉しいだろう。これには古谷も安心したようで「よかった……」と小さく言葉を漏らした。


 これから自分の部屋に向かうわけだが、うるさい住人たちに見つからなければ難は逃れられるだろうと思案した矢先、一階の外付け階段のすぐ脇の部屋の住人が、おそらく偶然カーテンを閉めるタイミングに噛み合ってしまったのだろう。一瞬お互いの時が止まったように目が合ってしまった。しかし瞬時に窓が開かれ、手首を痛めそうなほどの大げさな手招きをされた。


 仕方なく嫌々窓際まで歩くと一番厄介な住人こと中林が興奮気味の声でまくしたてる。


「さなみんさなみん! やるねぇ! 正直さなみんにとって恋だの愛だのは豚に真珠だと思ってたけど、女連れ込むとはやるねぇ!」


「おっさんみたいな口調やめろ。そういう関係じゃないし、さらっとバカにするな」


「いやいや、これはさなみんという男を知る人間にとっては一大事件なんだよ。スキャンダル、朝刊の一面待ったなし!」


「お前の中でどんだけ事が大きいんだよ」


 古谷が気まずそうに近づいてきた。


「こ、こんばんはー。ごめんね、お騒がせして」


「はい、こんばんは、中林夏海と言います。いちおう聞くと、恋人じゃないですよね?」


 わかったうえでからかったのか、はたまた俺に付き合ってくれる彼女はいないだろと思っているのか定かではない。その両方というのもあるけど。


「この人は古谷水樹さん。昨日、園継先輩が俺に会って欲しいって言ってた人」


「あー、なるほどね。で、なんで寮に連れ込もうとしているの?」


 俺も古谷も閉口した。なにせ知らないし話せないときたものだ。


「訳あって説明できない。好きに解釈して構わないから秘密にしといてくれ」


 中林はサムズアップして部屋に引っ込み窓を閉めた。頼めば口の堅い奴だから心配はいらないだろう。階段を静かに上がって上秋の部屋の前を通る。自分の部屋の鍵を開けると上秋の部屋から物音がし始めた。俺は部屋から出てくる前に上秋の玄関の扉に背中を付け、閉じ込める形にする。


「あれ!? 開かねえ!」


「すまんちょっと靴紐結んでる」


「ここでやんなよっ!」


 古谷が室内に入ったのを確認してどいてやる。厚着で長財布を手に持っている不機嫌な顔の上秋が現れた。


「子供みてぇないたずらするなよ……」


「すまない。これから買い物だったか」


「ああ、なんか買ってこようか?」


「大丈夫だ……いや、これで中林に飲み物買ってやってくれ」


 財布から小銭を取り出して渡すと上秋は不思議そうに受け取った。


「ああ、昨日ジュース奢られたままだったな。珍しく気が利くじゃん」


 本当はただの口止め料代わりのつもりだ。しかし都合よく解釈してくれるなら余計な詮索も起こらないだろうし、中林のところに寄り道もさせられそうだ。


「あっ、そうだ砂波……」


 去り際に上秋は思い出したかのように声を上げ、「……なんでもない」と言ってそのまま行ってしまった。なんの用事だったのかは予想もできないが、気にしないことにして帰る。


 玄関の施錠をしっかりしてから室内に入ると、畳の上で正座している古谷が露骨に緊張して縮こまっているように見えた。


「私が部屋に上がらせてもらう理由を話す前に、まず言いたいことがあるんだけど……」


 冷蔵庫で作り置きしてある麦茶をコップに注いでテーブルに置き、古谷の隣にあぐらをかいて座る。


「この部屋、なにも無さすぎじゃないかな? 漫画とかゲームとか、ていうか暖房もないし……」


 初めてこの部屋に来た人は全員同じことを言う。生活に必要な最低限な物しか置いてないからだ。特別な事情や思想はないし、ただ要らない物を買ってないだけなのだが、ミニマリストと勘違いされる。


「無趣味なのと、暖房は無くても死なないからかですね。あとは人が来ることもなかったから」


「アパートのことに言うつもりはなかったけど、さすがにこれは予想外すぎるよ。寒くないの?」


「寒いですよ」


「寒いよね!?」


 上秋が外に出ていなかったら聞こえてしまいそうな大声を上げた。古谷はハッとして声を落とす。


「ま、まあいいでしょう。あまり人の家のことをどうこう言うつもりもないし……」


 古谷は麦茶を飲んで姿勢を直し、改めて話し始めた。


「まずはどう話そうかな……うーん……砂波君は人が造った人間ってわかるかな?」


「人が造った……人造人間ってことですか。それはわかりますけど」


「人造人間、そうだね。私はその人造人間なんだ」


 突拍子もない単語だった。「人造人間……」呟いても現実感がない。


「信じられない?」


 探るように古谷が問うてくる。羊のクローンが現実に造られたのは授業中の余談で聞いたことはあるが、人間を新たに造ろうという試みが行われたとは、冗談にしか聞こえない。


「信じられないというか、わざわざ嘘を言うと思っていないから困惑しています」


「充分だよ。証拠ないし、急に言われても困るよね」


 確かに一番最初に頭にあるのは困惑だ。ただ同時に信じておく事にして、話を先に進めておこうとも考えた。疑うかどうかはその後でもできる。


「困りはしますが、とりあえず古谷さんのペースで話してください。その方がたぶん整理できますから」


 うんうんと頷き、また麦茶に口を付けた。


「私も詳しくは知らないんだけど、かなりの数の人造人間がほぼ同時期に造られていたらしいんだ。理由は知らないけど。その人造人間たちは今、普通の人のように生活してる」


 生活が可能なのか。学校やら病院やら、問題はありそうなものだが。しかし遮らないように相槌だけ打つ。


「そして人造人間の私にも家族がいる。いたって普通の人生を送ってきたんだ。朝起きて学校に行って夜に寝る。だけど自分も周りも成長するにつれて友達との関りが難しくなってきたんだ。女の子って少人数のグループを作るんだけど、私ははぶられちゃったんだよね」


「古谷さんが、ですか。嫌われそうな性格には思えませんけど」


「最初は偉そうとかウザいとかね。一度嫌いだと思えば理由自体は後付けされていくもの。そうやって何がどう嫌いなのかしか考えなくなるから、どんどん嫌いになっていくし、嫌いっていう強い感情はわかりやすいから同類が集まりやすいんだ。きっとね」


 語りに熱が入り始めた。当時を思い出してしまったのだろうか、目を逸らして深く呼吸した。俺はまた話すまで待つ。


「ごめんね、ええと……それで学校で孤立してた時期に、我が家に家族で来てたたっちゃんに会ったの。親同士が友達で、子供は子供同士で遊んでてって言われた。たっちゃんは小っちゃい妹と来てて、楽しい話をたくさんしてくれて、いつも笑顔で、すごく優しかったの。私の学校の話も聞いてくれてクラスメイトとの付き合い方も変わってきた。たっちゃんは私を助けてくれた恩人なの。でもある日からぱったりと家に来なくなった」


「……ご両親はなんて」


「親と私はあまり話さなかったから。昔のことはたっちゃんのことしか思い出せないけど、その次に思い出せる古い記憶では親は人が変わったように優しくなって、家族って言えるようになったかな」


 それではまるで幼い頃の記憶では家族と言えないような仕打ちがあったみたいだ。勘ぐりすぎだろうか、古谷があまり触れたくないなら深堀りしないでおこう。


「それで長くなったけどお邪魔してる理由ね。実はその親が最近亡くなってしまったの。なんの前触れもない事故だった。そのとき私は自分の立場を思い出したの。人造人間の私が家に一人残っていたら? いるはずのない人間がいたらどうなるんだろう? 怖くなって、ありさちゃんの家に転がりこんだ。ありさちゃんはちょうど両親がいないからいいよって泊めてくれたけど、いつまでも泊まれるわけじゃないから」


「なるほど、だいたいわかりました。つまり家がなくて困ってるってことですか」


 長々聞いた割にはシンプルな頼みだった。要するに両親が亡くなって家を維持できず、境遇のせいで人目を避けたいから頼れそうなところをあたっている。それで独り暮らしな上、ちょうど用事のある俺に目をつけた。こういう使えるものを無駄なく使う手口はあの先輩の考えそうなことだ。


「そう……だけど、一言でまとめられるとなんかなぁ……」


「俺にとって重要なのそこぐらいなので。すみませんが、俺はこういう言い方しかできないんです」


 煮え切らない表情の古谷はしばし口を閉ざして、また俺をまっすぐ見つめて言った。


「砂波君は昔からそんな感じなの? ありさちゃんには心が殺風景だとか酷いこと言われてたけど」


 あの先輩は二言目には歯に衣着せぬ悪口を言う悪癖がある。ここ最近は慣れてしまったせいで、気にしないで会話を続けられるようになったが。


「たしかに物心ついたときにはこんな性格でしたね。これでも人のおかげで丸くなったとは言われてます」


「丸くなったって、なに? 昔は暴君かなにかだったの?」


「いえ、暴れてはいませんが人の迷惑を考えない性格でしたね」


 思い出すと苦い記憶だ。中学時代からの付き合いの人たちには迷惑をかけていた。今きつめの扱いを受ける事があるのも当時の俺の性格を通してのものだ。


「そう、砂波君も誰かに助けられていたんだね。さっきのお友達かな?」


 上秋と中林は俺を茶化していただけだけど、それでも付き合ってくれていただけマシか。


「ニ人もそうですけど、お世話になった先輩がいてよく話してました」


「先輩ってありさちゃん?」


 園継先輩とは高校入ってから知り合った。古谷に名前を言ってわかるかどうか悩んだものの、とりあえず言うだけ言ってみよう。


一春(ひとはる)っていう女性の先輩がいたんです。知ってますか」


 一春と聞いた古谷の表情は驚きに変わった。


「一春……! 知ってるよ。そう、あの子の友達なら納得した」


「納得ですか。あの人の周りは変な人が集まってましたからね」


 一春の性格は聖人そのものだったのだが、それ故に普通の人に避けられている変人まで受け入れていた。俺とか園継先輩もそうだったらしい。古谷の納得というのは俺が変人の枠だからという事だろう。


「一春……どうしちゃったんだろうね」


 心配そうに古谷は呟く。一春は今年の夏休みに急に行方をくらましている。学校で見かけた人物が数人いたらしいが、それ以降の足取りが掴めずに行方不明とされた。高校三年生の大切な時期であり、受験ストレスからの家出と噂されてもいるが、一春を知る人たちはその憶測に懐疑的だ。


「さすがに時間も経ってますからね。あまり希望的な考えは……」


「砂波君! 思ってもそういうこと言っちゃダメ!」


 ちゃんと怒られてしまった。一春の話はここら辺で切り上げた方が良さそうだ。


「話は変わりますが、夕飯は期待しないでください」


 この部屋の台所に食器類がまるでないのが実情を物語っている。


「……ちなみに、いつも何を食べてるの?」


 恐る恐る訊ねてくる。


「パンとかカップ麺とか……はい」


 呆れたような深いため息と冷たい視線。ともかく今日は我慢してもらうしかないだろう。俺には食への興味というものがないんだ。

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