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2話

十二月七日 土曜日


 園継先輩という人間が寮まで迎えに来てくれるはずもなく、指定の時間にこのカフェに来いとだけ伝えられていた。たったそれだけのそっけない伝達は信頼の証……ではなく無駄を省いて簡略化された結果なのだろう。俺はそう解釈するしかなかったが、その後に食事代は出すと言われたら俺だって溜飲(りゅういん)が下がる。


 学校と寮の間の通りは駅前の目抜き通りに繋がり、ビル群を抜けて短い橋を渡ると繁華街エリアと呼ばれている地区になる。場違いに派手な電飾の看板が掲げられたアーチが見えると、そこから車両通行禁止のアーケード街となり、地元で遊ぶ定番の場所だ。今回呼ばれているカフェもその中にあり、県外の情報誌に掲載されて人気の店舗らしい。


 古くからあるくたびれた看板の個人店と、眩しく光るチェーン店が交互に並ぶちぐはぐな商店街を歩くと、控えめなカフェの看板が現れた。


 店内に入り店員に待ち合わせしていると伝えて辺りを見回す。洋風なテーブルとソファーが規則正しく並ぶ店内では顔が見えにくいが、奥の方で園継先輩が控えめに手招きをしていた。すでに紅茶とケーキを注文していて、和やかな雰囲気にお邪魔する。


「よく来た砂波。紹介する前に、快適なカフェテリアのサービス提供を受けるため手早く注文してくれ。なるべく安いので頼むぞ?」


 労いも早々にメニュー表を渡してきた。メニューを見ると確かに高校生には少し高い値段な気がする。そしてカフェとはそういうものなのか、一時間の時間制限があり、できるだけ後の客の為に席を空けて頂きたいと書いてある。


「ごめんね。私たち、もう三十分は話してて……」


 古谷水樹であろう少女が申し訳なさそうに苦笑いした。俺は時間通りに着いたはずなので二人は先に来ていたみたいだ。こちらとしてはそもそも長話にする気はないので区切りが勝手に付くのは好都合なので「気にしないでください」と言って店員を呼ぶ。


「オリジナルブレンドと、コーンスープで」


 煎り具合を聞かれたがよくわからないので、園継先輩の助言通り真ん中の中煎りにしておく。ミルクはとりあえず付けてもらう。これらを用意してもらってから飲み終わるのに三十分はかからないだろうという見込みだ。メニューを置いて園継先輩がようやくという面持ちで古谷水樹の紹介を始めた。


「もうわかっているだろうが、正面の彼女が古谷水樹だ。中学の時の友人で、私たちとは違う高校に通っている」


「よろしく、砂波君」


 古谷はにこやかにお辞儀した。


「早速でごめんだけど、この写真を見てもらえるかな?」


 小さいバッグからL版の写真を一枚取り出した。それは昨日話に聞いていたもので、公園のような敷地に小学校高学年くらいの古谷と、確かに中学生の時の自分によく似た人物が並んで写っている。なにかの記念とかではなく、日常の一部を何気なく切り取ったような一枚だから、きっと普段から仲が良かったのだろう。


「顔は確かに似ている。けど俺じゃないですね」


 他人の空似としては不気味なほどに瓜二つだが、この写真も古谷水樹の名前と顔もやはり知らない。とはいえ俺は幼い頃の記憶はかなり無くしているが、それでも引っかかるものはなかった。


「そっか……そうなんだね……」


 古谷は寂しそうに納得した。意外にも簡単に割り切ってくれたようだ。親戚まで総ざらいにしてくれと言われたらさすがに困るから助かった。面倒を避けられたものの、古谷と園継先輩が発する空気は重く、注文したコーヒーとスープを持ってきた店員は若干戸惑いながらテーブルに並べてくれた。コーンスープを自分の前まで寄せると園継先輩はコーヒーカップを取ってくれた、と思いきやそのまま自分で飲んだ。


「ここのコーヒーは美味いと評判でな。うん、いまいち違いはわからないが美味いかもな」


 一口飲んで俺の方に返す。素直に美味しいと一言で済ませばいいのに、いやこの空気を変えようと気を遣っているのか。俺の前に返されたカップを持ち、先輩が口を付けた所を避けて飲む。


「俺も味の違いはわかりませんが、園継先輩が金を払ってくれると思うと美味しいですよ」


 俺が嫌味を込めて言うと先輩はムッとし、それを見ていた古谷は「ふふっ」と笑みをこぼした。


「ありさちゃんにもそういう友達が出来たんだね。昔は周りから人が離れてくような人だったのに」


 横柄で拗らせているのは昔からか。「それなら今も変わってませんよ」という俺の言葉にさらに古谷は笑い、先輩はため息を吐いた。


「いいか、事に一貫性を持つ者はそれに付いてくる人と一生の付き合いができるんだよ。私のそれも、その一貫性に他ならないだけだ。だから狭く、深く付き合えるというわけだ。わかったな?」


 示し合わせたように古谷と視線が合う。いつもみたいにゴネ始めたなと、考えるところは同じのようだ。


「じゃあ先輩は昔からそんな感じなんですね」


 いったいどんな環境で育ったらこんな面倒臭い性格に育つのか。親が政治家やどこぞの社長や会長でもこういう話し方にはならなそうなものだが。


「女の過去は秘密な方が魅力があるものだと思わないか? ん?」


「いや、べつに」


「これだから心の殺風景な男はつまらんな」


 先輩は頬杖をついて紅茶のカップを持ち、飲もうとしたところで中身が空なのに気づいたようだ。


「ありさちゃん。そろそろ……」


 喋りながら淡々と飲んでいたコーヒーはまだ少し残っているが、時間もちょうどよくなってきただろう。急いで飲み干そうかとカップを持つと古谷が話し始めた。


「実は折り入って砂波君に難しい頼み事をしたいんだけど……いいかな?」


 そろそろ本題に入ろうの「そろそろ」か。とても嫌な予感がしてきた。しかし相手は今日初めましての(園継先輩と比較すると明らかに)常識的な年上。姑息な手段で強引に了解を得るような真似はしないと思いたい。


「写真に写っている砂波君にそっくりの、たっちゃんを探してほしいの。お礼は大してできないかもしれないけど、この人はとても大切な思い出の人だから」


 古谷は真剣な眼差しでまっすぐ俺の目を見ていた。イエスかノーかを聞くだけではない、表情の機微も見逃さないような、圧力の強い眼差し。なぜそんな風に俺を見るのか。それほど会いたいたっちゃんとはどんな人物なのか。聞き出す前に退店の時間がきてしまった。

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