1話
十二月二十一日 土曜日
快晴の空となった今日は外で日に当たると春のように暖かい。よく暖かくなると変な人が出てくると言うが、昼になって中林が玄関の向こうから大声で呼んできたときは変な人が常時いたなと考え直した。
「さなみーん! 部屋にレジャーシートあるんだけど日向ぼっこでもしない?」
「……夕方までなら」
上秋も巻き込んで駐車スペースでもある寮の階段横に下りる。踏んだら痛そうな大きさの石をどかして、中林は黄色い花柄のシートを広げる。靴を脱いで座ると想像よりクッション性がある厚いシートだった。三人で座ってもまだスペースが空いており、なかなか大きい。中林は大きな水筒と、パーティのときに用意した紙コップを置いて俺たちに配った。
中林に貰った温かいお茶を飲みながら五分ほど静かに座り続けていた。何も話さずにただ風の音に耳を傾けて、寝ているのと変わらないような時間だった。
「そろそろなんだけどさ……」中林が口を開く。「クローンとか、園継先輩のこと教えてくれないかな? ずっと待ってたんだけど?」
俺と上秋は顔を見合わせる。ずっと中林から聞かれていなかったから、誰かが説明を済ませていると二人して勘違いしていた。
「あー……オレはクローンのこと知らねえからパス」
そうして俺に説明を回される。上秋はクローンについて詳細を尋ねずに、空気を読んで協力してくれていた。だから上秋に向けても再度説明するべきだろう。問題なのは俺も園継先輩も、さらには克己さんですら全容を把握できない複雑な事件になっていたという点だ。
俺が知る限りのことを話していく。クリスさんと克己さんがグループセラピーで出会ったことでクローンの製造が始まり、一春が園継先輩のクローンとして生まれた。二人は研究員だった親から実験対象にされてきた恨みや日常的なストレスから殺害を企て、それが最近のニュースに繋がった。園継先輩による両親の殺害は夏休みの草刈りの当日か前後に行われ、一春は園継先輩の計画とは無関係に死亡した。理由は誰にもわからない。
「やっぱり、一春は……もう」
「夏休みに草刈りをやった日、オレたち全員が寮を空けた隙にな」
ショックを受けている中林には悪いが、説明は簡単にさせてもらう。
「中林も知っているだろうが、学校から通報を受けて一春の部屋に警察が調べに入った。その調査の結果が失踪なら、外部の人間が一春を強引に殺害したり、強盗目的で部屋を荒らしていないということだろう。よって事件性はないと判断していい」
中林が無言で頷いたのを見て続ける。
一春は親からクローンの研究資料が入ったUSBを盗み出していた。園継先輩に渡す予定だったものの叶わず、偶然一春の死体を見つけた津原が悪意なくUSBを持ち去った。USBの中身を見ようとしたが藤橋先生に取り上げられ、取り返すための作戦が行われていた。
「なるほどなるほど。そのUSBを私は届けたわけだ。でも、やっぱり納得できないねぇ……園継先輩が人を殺すなんてさ」
「揚げ足取りみたいに聞こえるかもしれねえけど、いかにも殺しそうな人なんてそういないだろ。殺人ってのは、そういうもんじゃねえのか?」
「それはそうなんだけど、ううん……」
唸ってからはしばらく黙ってしまって、空を見て考えているように見える。中林と園継先輩はただの先輩後輩ではなく、友人のように仲が良かったから信じられないだろう。むしろ現実感がないから冷静なのかもしれない。
「ニュースではどれくらい情報が出ているんだ」
二人のどちらでも答えてくれてかまわないが、二人とも大きな溜息をついた。
「お前よぉ……そんくらいのニュースは見てろよ」
「大事なのはわかってるでしょ! もう!」
非難にあうものの、今週の俺の状態は理解を求めたいところもあった。月曜日の騒動が収束してからというもの、自覚した疲労を回復するためにできるだけ頭を使わず、動かずに生活しようとした。しかし克己さんやクリスさんには様々な準備が必要となり、何度も電話を受けたり掛けたりしていた。そんな生活だったために電話をしていない時は徹底してクローンと園継先輩のことを頭から追い出していた。だから検索をしてネットニュースを見ようなんてできていなかった。
「それで、どうなんだ」
「……未成年の犯行ということで報道は控えめ。出頭した一昨日は一番盛り上がってたし、昨日もテレビ局のカメラが校門近くにいたけど生徒への取材はほとんどしてなかった。クローンについては、出頭した女子高生と同伴者が取り調べで主張している、くらいしか触れられてない。まだ本気にされてないね」
「正直言って、先輩が前もって計画してたような大騒ぎにはなってねえな。ニュースに出てたなんかの専門家の人は思春期の思い込みとか言いやがった。しかも腹立つことによ、持論を軸に的外れな名推理をテレビで披露してやがった。今じゃどこのニュースもそんな論調になってる」
世間の反応はそんなものだろうとは考えていた。そもそもUSBの内容がいかに説得力があっても、それを一般に公表する理由にはならない。それをどうするかは、克己さんとクリスさんの口の上手さでなんとかしてもらおう。
「そういや、舞ちゃんはどうしてんだ? 親は克己さんなんだろ、一人になっちまったのか」
さっきまでの苛立たしそうな振る舞いは消えた。上秋は中林の顔を見て聞いたが中林は何も知らず首を振る。
「舞は俺の実家に住んでる」
「……は?」
そういえば、これも説明すると長いか。何かやましいことでもあるんじゃないかと詰め寄る二人を宥めながら、諌野家と砂波家の関係を説明した。電話を頻繁にしていた理由もこれで、克己さんが逮捕なりなんなりされるとして、舞をどうするのかを決める必要があった。それは克己さんにとって自分の身を案じるよりも優先事項だった。
そこでもちろん諌野家の親戚を頼る線もあったが、舞は別の提案をした。俺の両親が良いと言ってくれるなら、砂波家でお世話になりたいと言ったのだ。克己さんは認めないつもりだったものの、過去に見たこともないくらいに頑固だったらしく、実際に俺の親に電話すると快諾してくれて今は俺の実家という流れだ。
「へぇ……さなみんの両親と舞ちゃんのお父さんが家族ぐるみの付き合いねぇ……あっきー知ってた?」
「いや、初耳だな」
二人に教えていなかったわけではなく、俺も知ったのは最近のこと。そしてこの重大な告白は、舞を砂波家に住まわせるという決定を電話で聞いたときに初めて父から伝えられた。さすが父親、俺が実子ではないという話を電話越しで済ませてもいいとわかってくれている。
「でさでさ、さなみん。舞ちゃんとはお話できるようになったんでしょ? どんな会話したの?」
「どんなって、大したことはなにも。挨拶くらいだ」
部活で会ったら挨拶して、それ以上の会話はない。話せるようになったが、それで世間話ができるわけではなかった。向こうも緊張しているのが見えたし、俺は話すことがなかった。
「わかってないなぁ、さなみんは。そういうのは年上として話を振ってあげるべきだよ」
「そうだぞー。お前が話題を作るんだぞー」
「面白がってるだけだろ」
二人に茶化されたり他愛ない話を続けて日が傾いた。二時間も話すとあっという間に太陽は西へ進み、隣家の影がレジャーシートに侵食を始める。一番冷たい風が服を揺らした後、特に言葉もなくみんな立ち上がった。気温も下がってきた。
「じゃあ畳むよー」
全員がシートから退いたのを見て中林が声をかけた。シートの端を中林が持ったのを見て、上秋が反対側を持って手伝う。大雑把に四つ折りすると、それ以上はいいようだ。
「明日洗って干すからいいよ……あっ、畳むと言えば!」ポケットから大き目なゴミ袋を取り出して中林は俺の方を見た。「もうさ、全部終わったの? クローンとか、先輩の事件とか全部さ」
俺が答えようとすると上秋が間に入った。
「そりゃあそうだろ。先輩は捕まって全部警察に話してるだろうし、クローンの研究が事実だって世間に知れ渡るのも時間の問題だ。な、そうだろ?」
上秋が同意を求めて俺を見る。
「ああ、そうだな。丸く収まるだろ」
表向きには、全てが丸く収まる。必要な謎は解けて、明かされなかった部分は都合良い解釈で穴埋めされる。そうやって全部が綺麗に片付く。ただ、それは今生きているクローンを置いて進行していく。俺も、津原も、リエルも置いて全てが解決される。
苦労はやがて過ぎ去る。生きていればまた苦労はやって来て、それもまた過ぎ去る。まだ取り掛からないといけないことは俺に残っている。
「なーんか良い感じに終わらせようとしてるけど、まだ私に園継先輩のこと教えてくれなかったの納得してないからね?」
笑顔で腕組みする中林に、上秋は苦笑いした。
「おい、まだ怒ってるぞ。お前がなんとかしろよ」
「この後は実家に帰る。また今度だな」
中林がシートを入れた袋を俺の背中にぶつけてちょっかいをかけてくる。引き止められもしないので、埋め合わせはまた今度にしよう。俺が放っておいても中林が勝手に提案するだろうから気にしなくてもいい。
上秋はさっさと部屋に戻り、「じゃあね」と言った中林を呼び止めた。
「わざわざ聞く必要もないだろうが、はっきりしたくてな」
「なにさ、改まって。今日の日向ぼっこはただの思いつきだよ?」
日向ぼっこの提案に理由なんて求めていない。
「月曜だ。あの時、どうして俺の代わりにUSBを届けてくれたんだ」
俺が中林にお願いしたときに協力してくれる気配はなかった。教師から説教を食らった後は、中林が協力してくれているかもしれないという期待を一切持たなかったくらいだ。だが脈絡なく中林は動いた。USBの中身を読み込み、それを園継先輩へ届けた。その判断になった経緯は、俺がどう頭をこねくり回して考えてもわからない。もし回答がなんとなくだとか、空気を読んだみたいな肩透かしなものでもいい。中林の行動原理になったものが何かを知りたかった。
「さなみんが私を頼ったからだよ」
他のどんな理由も無いかのようにすぐに、はっきりと答えた。
「それだけか」
こんな確認に意味が無いことぐらい自分で理解している。中林はこれに頷いた。
「実はかなりね、さなみんもあっきーのことも信用してるんだよ。秘密を作られても何にも教えてくれなくても、どうせいつかは私の所に来るってね。だから不安はあっても疑ったことはないんだよ」
そしてにっこりと笑顔で言った。
「だから、そろそろ言ってくれていいんじゃない?」
「言うって、何を」
まだ伝えることがあっただろうか。記憶を辿る前に中林が「もうっ!」と声を上げた。
「ありがとうございますってまだ聞いてないんだよ? 謝罪とか顔色伺うようなのはいらないから、ありがとうだけ言ってよね!」
「あ、ああ……ありがとう」
「心を込めて!」
「……ありがとうございます」
「はい、よく言えました」とお許しをもらう。どうやら満足したみたいで「じゃあ、舞ちゃんによろしく」と言って部屋に帰った。俺に感謝の言葉を言わせたかっただけだろうけど、考えても無駄か。俺も部屋に戻って家族の迎えを待とう。実家に帰れば、最後に残された仕事がそこにあるはずだ。




