4話
十二月十四日 土曜日
昨晩のうちに克己さんに電話してクリスさんの電話番号を聞き出すと、世間話に混じって園継先輩のことを聞かれた。正直に教えられるわけもなく、先輩の現在については知らぬ存ぜぬを貫いて海外に高飛びでもしたんじゃないかと言っておいた。
また、藤橋先生が関係者なのかは聞かないでおいた。しらを切られて、先生に報告されるのが最悪なパターンだ。けっきょく克己さんに確認しなくてもやることが同じなら、裏で告げ口されるリスクをとる必要はない。
克己さんに電話した後はクリスさんにも電話した。日曜日に友人二人をリエルに会わせたいと言うと、声を明るくして喜んでくれた。当日はクリスさんが車で迎えに来てくれるらしい。
今日USBを取り返すための作戦は何もなかった。藤橋先生が中のデータを削除してしまったら……と危惧するようなら、昨日のうちに取り返せなかった時点で手遅れだ。どうせ一手遅いのだから、いくら遅れても大差はない。それに成功する自信がない作戦をいくつ立てても、時間をかけて練った一つの作戦には及ばないと園継先輩が判断した。
そろそろ部活に行こうかという昼頃、玄関をノックする音が聞こえた。連絡は無かったが中林が玄関前で待っている。落ち着かないのか細かく体を左右に揺らして、俺が出てくると控えめに片手を上げた。
「おはよっ、一緒に行こ」
昨日よりは元気がある様子だ。とりあえず着替えは済んでいるので財布だけ持って外に出る。そして歩きながら独り言のように中林は話し始めた。
「今朝のニュースで、園継先輩の家族の遺体が判明したって言ってた。先輩の遺体は無くて、つい最近まで登校してたから生きているだろうって」
少し元気になったのは安心したからか。さらに中林は続ける。
「だから……警察は先輩を重要参考人として捜索してるって。もしかしたら先輩が自分の両親をって……」
「そうか、生きているんだ。いいじゃないか」
中林は上半身を屈めて俺の顔を覗き込む。
「他に言うこと無いの~?」
「不安を煽るより良いだろ。俺たちは待つしかないんだ」
「そうかもしれないけど……」
こちとら色々やらされている身だ。中林の提案でやることを増やされては体が一つでは足りなくなる。しかも中林には一春失踪の時に一人で探しに行ったという前例もある。同じ事はさすがにしないと願いたいが、一人がダメなら二人で、と頓知を利かせてくる可能性を否定できない。園継先輩の話題が膨らむ前に止めておこうとすると、先に中林が話題を変えた。
「さなみんはさ、日曜日に学校で幽霊を見たって騒ぎになってたの知ってる?」
日曜日の学校といえば古谷が飛び降りた日だ。それが幽霊じゃないかと噂されているが、そのことだろう。
「ああ、飛び降りのだろ」
「そう、それ。さなみんはさ……その日学校にいたの?」
中林は明るい性格もあって顔が広い。この質問も、その日に俺の姿を見た誰かから聞いたのだろう。いなかったと嘘を吐くのは逆効果だとして、どう伝えるべきかが問題だ。まずは肯定の言葉だけ伝えようとしたとき、中林は慌てて止めた。
「ストップ! やっぱいいや」
自分の声に合わせて、わざわざ俺の前に手を伸ばしてきたので一瞬足が止まる。「そうか、わかった」とは言ったものの、中林の意図はなにもわかっていない。校舎に入って上履きに履き替えながら止めた意味を考えてみたが、俺の事情を深読みしてくれているといったところか。
「なんか疑ってるみたいで嫌になっちゃった。ごめんね」
「謝らなくていい。なんとも思ってないからな」
時間より十五分ほど早くコンピューター室に着き、使う予定のないパソコンの電源を入れる。中林がタブレット型の機械の準備を終えて、時計を確認した頃に津原と舞が来た。
「早いな、砂波」
「誰かさんに連行されてな」
「ははっ」津原は笑い飛ばした。「それは感謝しないとな」
「逃げられないようにねー」
横から中林が肩を叩いてくる。
「いつサボるかわからないんだから」
「気分だな」
ちょうど時計の長い針がゼロを指したとき、藤橋先生が入ってきて俺を見て苦笑いした。昨日のトラブルを思い出したのか。喧嘩の振りをした俺たちにとってもあれは教師を誘い出すための不本意なもので、あまり聞き出されたくない出来事だ。しかし立ち会ってしまった藤橋先生としては不安があるのだろう。荷物を置いてから俺と津原を廊下に呼び出した。
「はぁ……呼ばれた理由はわかるね?」
「寒いので手短に」
津原に脇腹を肘で突かれた。俺としてもやりたくなかったのに、それが原因で暖房のない廊下で立っていたくない。
「昨日の喧嘩した件ですよね? ご迷惑をお掛けしました」
真っ先に津原が謝罪した。
「大丈夫だった? けっこう派手にやられてたけど」
「ええ、怪我もしなかったので。もう和解は済んでいるので、砂波を責めないで下さい」
「そうは言ってもねぇ……」
先生はじろりと俺に黒目を向ける。この砂波だし信用できないとでも言いたげだ……まあ信用されるわけもないか。
「昨日は聞けなかったけど、喧嘩の原因は何だったの?」
事前に上秋によって決められた理由は、津原が俺のやる気の無さを叱るというものだった。しかし急遽俺が怒る立ち回りになったおかげで用意したものも使えなくなってしまった。口ごもる津原の代わりに良い嘘を考えつき、容赦なくぶつけてやる。
「USBが返ってこない愚痴を俺に言うなと言っただけです」
津原が口の端が引き攣った顔でこっちを見た。これを返さない本人の前で言うべきか否かはどうでもいい、情に訴える好機なのだから利用しない手はない。だから少しは津原にも被害者の顔をしてもらいたいのだが。
「あ、あぁ。そう……だったんですよ。ちょっと僕もしつこくしちゃって……」
どう聞いても取り繕ったものの言い方をしていたが、見抜かれる嘘を吐くよりましか。先生はバツが悪そうに右手で後頭部を掻いた。
「元を辿れば先生が悪かったか……ごめんね。先生もすぐにでも返してあげたいんだけど……」
そこで先生は言葉を切った。どうも先を言いたくなさそうだ。
「もういいですね。寒いので戻ります」
それ以上の返答を待たずに背を向けた。口先だけで先生からUSBを返してもらおうとしても時間の無駄だとわかっただけ収穫としよう。引き止められもしないので、暖かなコンピューター室に戻る。中林にどうしたのか聞かれたが、気にしなくていいとだけ伝えてイスに座った。
しばらく中林の作業風景を眺めながら園継先輩のことを考えていた。もっと言えば、園継先輩の心残りだというインスタレーションについて。居間の壁一面どころか、窓のない場所に大量に貼られていた人物写真はかなり異様な光景だった。タブレットを操作していたペンを置き、目いっぱい伸びをした中林に声を掛ける。
「休憩か」
「ちょっとだけね。いやぁ、集中できたけど疲れちゃったよ」
「聞いていいか」
「高いよ」
「気持ちで払う」
中林の隣に椅子を寄せる。
「園継先輩の作品に未完成のものはあるか」
「んんー」中林は視線を上に向けて考えた。「あったかな? 作ったものは完成させてたと思うけど」
中林は唸りながら過去の作品がまとめられている、いくつかのフォルダを開いた。すると声が聞こえていたのだろう、中林の隣の席で現代アート作品を調べていた津原が「未完成ではないけど……」と口にした。
「文化祭のとき、理想の展示ができないとかで断念した作品のことじゃないかな」
「……あっ! インスタレーションね!」
昨日、園継先輩が言っていたのは作品名でもあったようだ。見せてくれと言う前に中林の手が動き、画面に作品が表示される。
「これこれ」
作品をじっくり見る。中央に一春に似せた園継先輩、寮の部屋の背景は一春の写真が壁に大量に貼られている。一春の部屋の現状とほとんど同じだ。
「タイトルがインスタレーションだから、先輩は体験型の展示をしたかったんじゃないか? 文化祭の展示はコンピューター室の中しか許可されなかったから、満足いかなかったんじゃないかと思うよ」
「たしかに! 先輩はこだわりが強いからね、悔しそうにしてたよ」
作品から見るに、これと同じ状態を再現しようとしている。なぜこんなタイミングで展示をしようとしているのか、その狙いは知らないが、明らかに強い意図を含んでいるのは間違いなさそうだ。
部屋を一つ使ってただの自己満足で終わるだろうか、きっと誰かに見せようとするはずだ。インスタレーションが体験型の展示であるなら、観客の存在は絶対に必要。その観客は誰でもよかったのだろうか。展示するタイミングが文化祭だったのは偶然だったのか。
自分の中で整理すれば当然偏見と思い込みを持って考えてしまうだろう。だが大切なのは偏見はあるものと正しく理解することと園継先輩は言った。ならば一度、素直に仮説を組み立てて見ればいい。つまり園継先輩が一春の部屋でインスタレーションの展示を行おうとしているのは、ターゲットとなる相手に見せるため。そのターゲットは文化祭に来てくれる可能性があった人物。
夏季と冬季の課題なら学校関係者しか見ることができない展示だ。年数回のコンペティションなら審査員がいる。もし文化祭だけがターゲットに見せられるイベントだとすれば、その相手は普段学校には入れない生徒の家族である可能性が高い。園継先輩の両親なら……いや、夏休みに一春が死んだのとほぼ同時期に両親を殺していたはず。そしたら文化祭の時にはすでに亡き人であっただろう。
文化祭のときにしか学校に来られなくて、確実にコンピューターアート部の展示を確認する在校生の保護者。園継先輩と一春が写っている作品を体験して影響を受けそうな人物となれば、都合良く様々な条件に当てはまる人が一人いる。
藤橋先生の計らいで早めに部活を終わらせてくれた。「こんな時だからこそ、嫌なこと忘れるくらい騒いだ方がいい」と言って、気兼ねなく食事を楽しめるように言葉をくれた。
津原を連れて寮に戻ると、自転車を車から下ろしている上秋と、中学校の授業参観ぶりに会う上秋の母がいた。俺たちは並んで挨拶すると、にこにこと高い声で挨拶を返してくれる。
「久しぶりねぇ。大きくなっちゃって、砂波君なんてずいぶん背が伸びたじゃない」
「よく寝てるからでしょうね」
「ふふっ、上秋と一緒ね」
上秋は階段下の定位置に自転車を戻す。こっちを見た時の顔はとても気まずそうだった。自分の母と友達が会話をしているところを見るのは、あまり気の良いものではないのだろう。中林と会話が盛り上がり始めたのを見てこっちに歩いてきた。
「……ほら、買い出しあるんだろ。行くぞ、行くぞ!」
「おい、押すなよ」
俺と津原の肩を掴んで通りに押し出しながら上秋は母親に別れの言葉を言った。
「もう用事はないよ。じゃあな!」
俺と津原の肩を掴む力が痛いほど強くなり、文句を言う俺らを無視して上秋は押し続けてくる。そしてそのまま買い出しのためにスーパーへと向かった。
「三人もいらないんじゃないか?」
「いいんだよ、人数多くて悪いことないだろ。どうせ残ってても暇するだけなんだし」
中林と一緒に残ったところで仕事がないのはその通りだ。そしてこの三人なら、中林の前で話せないことも話せる。
「一昨日は聞く暇のなかったことなんだが」前置きして二人の視線を集める。「お前たちはどうして一春が死んでいると知っていたんだ」
住宅街で周りに人は誰もいないが、津原は周りを気にした。
「人に聞かれたら怖いじゃないか……」
「聞かれたところで何も起きないだろ。それに人の多い場所に行く前に、この話題は済ませておきたい」
「ま、そーだな。砂波の言う通り、聞かれたところでわかりゃしないだろ」
なおも津原は納得していないようだが、聞いておけば答えてはくれるだろう。
「俺は事実を知らなかった。夏休みから今日まで時間が経っているし、死んでいる可能性を覚悟していたらそれが本当になった」
まっすぐ歩きながら話す。次は津原と、視線を送った。
「……夏休みの草刈りあっただろ。あの日だよ。高名の姿が見えないって聞いて、勝手に寮に帰ったんじゃないかって思って呼びに行ったんだ。どの部屋にもいなくて、物音がした部屋に呼びかけたら鍵が開いてて……その部屋の中で死んでた。USBを見つけたのはその時だ」
「その物音を出したのは確かにオレだ」上秋が続ける。「個人的な話で数回会っていて……草刈りが終わった後、会いに行ったんだ。そしたら……まあ、知っての通りだ。津原が来た物音に焦って窓から飛び降りて逃げた」
もし上秋が逃げなかったら、津原は一春を殺した犯人が上秋だと勘違いしていただろう。
「一春の死因は何だったんだ」
二人は口ごもった。死体を見たという二人にわからないのかと思えば、向こう側から自転車を走らせた女性がちらと見て素通りする。こうして人が通ったところで聞き耳を立てる人なんていない。
「……たぶん、刺したか刺されたのかも。首吊りではなかったし、流血してた……と思う」
津原は自信がなさそうだが、はっきりと思い出したくない光景だろうから仕方がない。確実な情報にしてほしいが、酷な要求だろう。
死因が刺殺であるなら、それは自分で行ったのだろうか。まったく計画に無関係な他人が殺害したのならタイミングが嚙み合い過ぎている。仮に強盗だったら部屋に必ず痕跡が残っているはずで、その場合の警察は失踪事件ではなく強盗か誘拐として捜索する。つまり、あの現場に外部の人間による事件性は無いと考えていい。
「……上秋、お前が一春に会いに行ったのは、一春が死んだことや園継先輩の計画とは関係ないんだな」
「それは間違いない。ホントに、ホントに個人的なものだから」
ならば園継先輩が計画を動かしているとき、一春は何をしていたんだ。先輩の計画を知りながら、どうしてUSBを渡さずに一人で死ぬことを選んだ。
「高名の言うことは信じるけど、その個人的な用事ってなんなのか聞いておきたいな」
持って当然の疑問を津原が投げかける。一春の死に関係している出来事を隠そうとしているとは考えないが、津原は気になっているようだ。
「まあ、その……なんつーかさ、いいじゃねえか! 無関係なのは間違いねえから!」
津原と顔を見合わせる。上秋はよほど隠したいらしい。
「ずいぶん必死に隠すじゃないか……一春と二人なんだろ? 僕らに聞かれて困ることなんてあるのか?」
からかうように顔に笑みを浮かべて津原は追求を続ける。どうやら知らぬ間に二人は仲良くなっていたみたいで、上秋も怒りはしないが「……ああもう、わかったよ!」と観念した。
「こっ、告白したかったんだよ! 好きだって、付き合ってほしいってさ!」
上秋は両手で顔を覆ってしまった。「前見ろ、転ぶぞ」と言っておく。
「ああもう、うるせぇ……」
今度は疲れ切ったように項垂れ、津原の表情は苦笑いに変わっていた。
「ご、ごめん。まさか恋心があったなんてつゆ知らず……」
「……あの日、寮にオレと一春しかいなくなる絶好の機会だったんだ。だから草刈りを抜け出したっていうのによぉ」
「そう……だよな。ホントにごめん」
「しばらく触れないでくれ……」
一春が死を選んだ強固な決意はなぜ生まれた。草刈りで人がいなくなった寮で決行したのは偶然とは考えられない。
「なぁ、砂波。君は知ってたのか? 上秋の……」
津原は上秋の一歩後ろに下がり、小さな声で俺に聞いてきた。
「知らん」
「……だよなぁ」
微妙に重い空気のままスーパーに着いた。まあ、上秋は放っておけば勝手に元に戻るとして、津原に俺のスマートフォンを渡す。
「……なに、これ」
「スマートフォンだ。見たことないか」
「それはわかるよ!」
「中林からのおつかいメモだ。これを用意しといてくれ」
「え!?」スマートフォンを受け取った津原が大声を上げた。「君は?」
「個人的に買うものがある。後で合流するから心配するな」
津原が小声で文句を言い出したが、無視して文房具コーナーを探しに行く。家電関係は少ないが、延長コードや充電器の中にUSBはあった。千円程度、物を考えれば仕方がないが、俺の普段の生活費と比較すれば高い買い物だ。必要なものを手に取って、合流する前に会計を済ませた。




