表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/50

3話

 背もたれに体重をかけるとイスが甲高い耳障りな音を立てる。その音に過剰に苛立つけど、駆動部に潤滑油が足りていないのはきっと僕も同じだ。USBの鍵は開かないし、先生に没収されるし、上手くいかなかったのは自分の考えが足りてなかったせいかと思わされる。


 イスに座りながら眠る砂波を起こさないように立って高名と中林の方へ。諌野にも「もう大丈夫だ、ありがとう」と伝えて二人の横に立つ。こっちもこっちでなにかしてたのか、あるいは中林がめんどくさい絡み方をしてくる日だったのか、高名はとても疲れた様子だった。


「どうしたんだ?」


「うーん……これ見て一春のこと思い出してるんだろうね」


 中林の指さす画面に映っていたのは見覚えのない作品だった。一春の写真に見える。


「……これは?」


「園継先輩が文化祭のために作ったやつ。諸々の事情で展示できなかったけどね」


 園継先輩が文化祭で展示しなかった作品……そんなのもあったな。これは高名が無くした一春の記憶のフックになるかもしれない。


「高名、なにか……」


 言いかけたところで高名は右手の平をこちらに向けて止めた。初めて見る落ち着いた眼差しに僕はなにも言えなくなった。


「ふゆっちはもういいの?」


「ああ、一段落ってとこかな」


 物が没収されてしまったので無理やり区切りという他ないのだが、今日はこのくらいでいいだろう。


「ふゆっちは明日も来るよね?」


「そのつもりだけど……なにかあるの?」


「確認だけ、ね」


「信用ないなぁ……」


 中林は口調ほどしおらしい態度じゃなかった。あくまで僕に明日も来いと念を押しているのだろう。


「そういうのは信用されることをしてから言いなさい」


「う……ごめんなさい。来るだけ来るからさ」


 僕の今後の部活動についてはまだ作品のアイデアがないけど、まずは今の部活の雰囲気を掴んでから制作すること、難しく考えず毎日通う慣習をつけるようにと言われている。まあ、それは先生と僕の話で、中林には事前に伝えずに部活を辞めようとしたのだから、そんな手前勝手な男が明日も来ると言ったって信じてもらうのは難しい。


「ま、来なかったら教室に行って、引きずってでも連れて来るけどね」


「来なかったらそっとしといてくれよ……」


「安心しろ。そん時はオレが止めておく」


 理解ある男、高名に任せよう。中林の扱いも慣れてるだろうし。


「あのUSBはどうだったんだ?」


 僕と砂波の短い挑戦を簡単に話した。パスワードは試したが鍵が開かなかったことを(大文字小文字の全パターンは試していないことも含めて)説明した。僕らの雰囲気を察してか、すぐに首を突っ込みたがる中林も静かに聞いていた。


「まぁ、マンガじゃあるまいし、そんな都合よくはいかねえか。もう総当たりした方が良いんじゃね」


「おいおい……どんだけ時間かかると思ってんだよ」


 高名も本気では言ってないだろうけど、パスワードになりえる単語と数字の候補が無くなれば本当に総当たりするしかない。全然やりたくないけど。


「それってふゆっちの物じゃないの?」


 当然の疑問を中林が口にする。たしか中林と一春は仲が良かったはずで、USBが一春の持ち物と教えれば有益な情報が得られるかもしれない。だけど無用な動揺を与える可能性もある。一春がすでに亡くなったことはもちろん言えないし、その場しのぎで嘘を重ねるのは得策とも言えない気がする。この会話で一春の名前は出さないようにしようと考えを固めたのに、それを裏切るように話したのは高名だった。


「一春の物だ」


「えっ……一春の?」


 中林の目が高名と僕を行ったり来たりする。僕は高名に文句を言いたくなる気持ちと、僕にはできなかったことをやってくれた感謝の板挟みになる。


「最近砂波と先輩がなんかこそこそしててさ、何してるか話してくれないからコイツはちょっと寂しいらしいんだよ。だからこれ以上あんまり仲間外れにしたくねえじゃん」


 僕にも人の心があるのだから、そんなことを言われたら受け入れざるを得ない。頭の中でプランを書き換えながら話す必要がある。


「わかったよ。高名の言う通り、USBは一春の物だ。だから中身は開けないとわからないし、そもそもパスワードを知らない。君もパスワードになりそうな何かに心当たりがあれば教えてほしい」


「ええと、聞きたいこともあるけど……パッと思いつくようなのはだいたいやってるんでしょ?」


「やりたかったけど僕は一春の誕生日も知らないんだ。家にパソコンも無いし、当てずっぽうすらできなかったよ」


 僕の話しを聞いた中林は目を閉じて「うーん……」と低く唸る。


「中林でもわからないか。これは難問みたいだな」


「実はね、誕生日は聞いたことがあるんだ。だけど……なんていうかな……」


 言語化の難しい感情を抱えたように口ごもった。


「まさか嘘の日付を教えられたとか?」


「ううん、違うの。誕生日の話になると一春は良い顔しなくてね。一度しか聞いたことがなくて……そうなるとお祝いも言い辛いって思ってさ、何年も話題に出さなかったから忘れちゃったの」


 誕生日を嫌う気持ちは僕も一春と同じ人造人間だから理解できる気がする。僕にとって誕生日はこの世に生を受けた祝福を受ける日ではなく、誰かの都合で身代わりの人生を与えられた忌まわしい日だ。僕も誕生日を聞かれれば答えはするけど、祝われても普通の人のようには喜べず、祝ってくれたことに対しての感謝しかできないだろう。だから一春が嫌悪した様子を見て中林が話題に上げられないのもしょうがない。


「一春がいなくなってからも時間経ってるし、忘れるのもしょうがないよ。高名はなにか思い出さないか?」


 高名の記憶についてもそれとなく触れておく。


「いろんな記憶が蘇ったけど、使えそうなものはなにも」


 そう言って高名は立ち上がり、イスを元に戻した。


「もう帰るのか」


「ああ、この後用事があるんだ。中林、ありがとな」


「どういたしまして。あっきーも明日来るよね?」


「来ねえよ。明日はさっさと帰って寝るわ」


 ぶー垂れる中林をよそに高名は園継先輩にも挨拶して、しっかり寝ている砂波をチラ見してからコンピューター室を出ていく。僕はもうやることがないのだけど、僕まで先に帰ったら中林がさらに拗ねてしまいそうだ。


「ん? このバッグ高名のだよな」


 学生鞄はみんな同じデザインだけど長く使えば個性がなんとなく出るもので、手荒に扱っているのかあちこち擦れているのは高名の物だったと思う。


「そうだね。バッグなんて忘れるなんておっちょこちょいなんてレベルじゃないねー」


「僕が届けに行くよ」


 中林の返事を待たずにバッグを肩に掛けて小走りで部屋を出る。渡り廊下に後ろ姿が見えたので「高名っ! 忘れてるぞ」と呼びかけた。


「あっ、悪い悪い。なんで忘れてたかな」


「思い出した記憶に気を取られてたんだろ?」


「……まあな」


 ずっと理由もわからず忘れていた記憶を思い出したのなら、それを整理する時間は必要だろう。バッグを持って渡すと、高名も右手でポケットから何かを取り出した。


「お前にやるわ」


 バッグと交換するようにネックレスを受け取った。白い勾玉が紐に通されたもので、どこでも買うことができそうなありふれた物に見える。


「なんだよ、これ?」


「御守りみたいなもん。たぶんオレにはもう必要ないから、お前が持っててくれ」


 ネックレスはデパートの雑貨屋に五百円くらいで売っていそうで、どこにも何も書いていないので御利益がわからない。見てわかる事となると湾曲の凹部に溝が彫ってあるので、二つ買えば組み合わせられそうな遊び心だ。だけどこれじゃあ、とても御守りのようには見えない。


「どんな御利益があるんだ?」


「信じればなんにでも」


「はぁ?」


 とんちんかんなことを言い出した上に顔が笑っているから騙されてる気分になる。


「信じれば何にでも信仰が宿る。私の神様がこのネックレスに宿るのか試したいってさ。誰が言ったかわかるだろ?」


 その問いかけに無言で頷く。


「つまり交通安全でも安産祈願でも、そうと思えば御利益が生まれるかもしれないってことか?」


 思い込み次第とはプラシーボ効果みたいだ……と言いかけて止めた。よくわからないけど御守りに向かって言ってはいけない気がするからだ。


「なるほど、そういう意味か。オレには理解できてなかったから、やっぱりこれはお前が持っておいた方が良いな」


「僕の言ってる意味が合っていれば、理解できていない方が効果あっただろうな」


「なんだよ……なんかバカにされたみたいだな……」


 バカにしたつもりじゃなかったけど、おかしく思って笑う。どうしても僕に渡したいのか、それとも手放したいのかどちらでもいいけど、とりあえずネックレスは受け取ることにする。


「で、君に効果はあったのか?」


 高名は困ったように肩をすくめ、溜息交じりに話した。


「おかげさまで忘れ物に気付けたよ。ずっと寝不足にされたから、これで快眠できそうだ」


 なんとなく呪物みたいに言ってやがる。でも仲の良かった人の記憶をわけもわからず無くしてしまったら、それは呪いよりも苦しいはずだ。忘れていたときより、思い出しかけたときの方がずっと。


「用事あるのに足止めしてごめんな」


「足止めさせたのはオレの方だ。うう……寒い寒い。体冷えちまった」


 高名はポケットに手を突っ込み、わざとらしく全身を震わせた。でもさすがに十二月の廊下だ。寒いのは間違いない。


「んじゃ、今度こそ帰るわ。形見だと思って大切にしとけよ」


「ああ、気を付けて」


 ポケットに手を入れたまま早歩きで帰る後ろ姿を危なっかしいと思いながら眺める。僕もポケットにネックレスを入れて、感触を確かめながら高名の最後の言葉を思い出した。


「形見だと思って……か」


 高名にとってはブラックジョークのつもりだろうか。でも真実を知っていた僕には笑えなかった。怒ってもいない。ただ、本当に形見になったなと思うと涙が出そうになる。深呼吸してからどうにか堪えて、暖かな空気の漏れるコンピューター室に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ