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1話

十一月三日 日曜日


 暑さが落ち着き冬の到来を待つ季節。三連休の中間の今日、校内は商店街以上の賑わいを見せていた。文化祭の今日、紅葉色の服を着る老若男女が学生の出し物を周り、友人や家族と楽しんでいる。


 僕のクラスは校庭でたこ焼きを焼いているが、僕は中林と一緒にチラシの作成をしていたので文化祭中の仕事は免除されていた。お祭り好きな中林はクラスメイトと楽しそうにたこ焼きをつまみ食いしながら売っている頃だろうけど、友達が少ない僕は一人で自販機のお茶を片手に花壇の縁石に座っている。


 暇だ。一人で行きたい出店はないし、歩き回って友達でもない人に何をしているんだという風に見られたくない。しかし片付けまで帰ってもいけないので苦しい時間を過ごすはめになった。


「おや、冬人君じゃないかい」


 お祭りの喧騒にかき消されそうな、聞き覚えのある高い声が聞こえた。誰が僕に用があるんだと顔を上げると数年ぶりに会う顔で、安心と緊張が同時に体を動かした。


「克己さんですか」慌てて立ち上がる。「お久しぶりです」


「はは、わざわざ立たなくてもいいのに」


「まあ、年上ですからね」


 克己さんは親を通じて数回、家に来てくれたことがある。僕の体調に異変が無いかとか不都合な事はないかと優しく聞かれたが、親との関係が悪いことは内々の問題だと思って伝えられなかった。なので家の事を黙りながらの会話になるのであまり会いたくはないのだけど、元々がそういう性格なのか僕に対してはそうなのか、やたらと話が長い。


「今は休憩中かな? お友達と一緒だったならごめんね。おじさんは一人で寂しくてさぁ。聞いてよ、舞は私のクラスには来ないでって言うんだよ!」


「はは……たしかクラスでカフェでしたっけ。サーバーをやると言ってましたから、避けられるでしょうね」


「まったく悲しいものだよ。怒られたくないから遠巻きに様子を見る程度にしておいたんだけどさ、写真撮りたかったけど不審者に思われそうだから断念したよ。我が子の撮影にも気を遣うなんて、難しい世の中だね」


「はは……」言う事に困り、少し前の質問に答えることにした。「僕は今日自由なんですよ。でも友達は出し物に付きっきりになっているので一人なんです」


 一緒に周る友達がいないとは言いたくなくて苦笑いした。


「コンピューターアート部は展示してるんだよね? 案内してもらってもいいかな?」


 克己さんの右手には学校の案内図も載っているパンフレットを持っている。展示が行われているコンピューター室の場所はわかっていそうだけど、一緒に歩く口実が欲しいのだろうか。


 いつまでも一人で俯いているのも嫌なので娘さんの自慢話に付き合いながら特別棟に一緒に行った。膝を抑えて階段を上る克己さんを労わりながらコンピューター室へ。外の盛り上がりが聞こえてくるほどに特別棟の中は静かだ。人がまったくいない図書室や博物館にも似た静謐な空間に靴音を響かせて、廊下からコンピューター室の様子を伺うと園継先輩がイスに座って退屈そうにあくびをしていた。僕らが教室に入るとこちらを見てきたが、目を丸くして驚いただけで立ち上がりもしないし話かけてくることもない。園継先輩はホワイトボードの方のイスに座っていて入口からは遠い。作品を見ながら流れで挨拶をしておこう。


 僕は部活に一切関わらなかったが、コンピューター室の中で行われている展示はデジタル作品という特殊な媒体に合わせて現物の印刷は行われていないようだ。室内ではパソコンの画面に作品が表示され、ホワイトボードの上にスクリーンを下ろしてプロジェクターで映像を投影している作品もある。そのため教室のスクリーン側(教室全体のおよそ半分も覆わないくらい)だけカーテンが引かれていて、足元にホームセンターに売ってあるような小さなフットライトが弱々しい明りを灯している。イスが導線から排除されているので多少薄暗くても足を引掛けて転ぶことはなさそうだ。


「このイラストは中林の作品ですね。彼女はデジタルで絵を描くのが上手いんです」


「そのようだね。素人目にはプロ並みに見えるよ」


「ええ、僕もそう思います。」


 僕からすれば中林の絵はお世辞抜きで上手だ。そして彼女の作品に少しばかりのアドバイスをさせてもらった身として、自分が褒められているかのように嬉しく感じる。


 隣のパソコンには園継先輩の作品が写されている。しかし見覚えがあるなと思ったら去年と同じものを展示していた。過去作品を紹介しているわけでもないらしく、先輩にしては珍しく間に合わなかったのかもしれない。克己さんがそれを見ているので僕は先にスクリーンの正面に行く。視界の端で園継先輩が僕を目で追いかけている。


 教師用の長机を挟んでスクリーンに流れている映像を眺める。諌野が夏休み期間に作っていたものの完成品だ。撮影場所はそのままで、僕の思い付きを反映してくれたみたいで画角は魚眼レンズになっている。さらにGIFからフレームレートを落とした映像に変更してあり、引き伸ばしても綺麗なまま長尺の映像を使えている。相談を受けて解決策を閃いてから完成させたと思うと感慨深いものがこみ上げた。


「津原」長机の向こう側に座っている園継先輩が僕を呼んだ。スクリーンを避けて部屋の角に近い位置でくつろいでいる。


「お前がいないから大変だったぞ」


「はは……いいじゃないですか。今年の展示も十分こだわっているように見えますよ」


「私たちだけでは至らない部分もあるんだ。自分の展示も思ったようにはできなくてな」


「そういえばアレ、去年のですよね。間に合わなかったんですか?」


「間に合ってはいたが……思い描いていた通りの展示ができなくてな。悔しいが断念した」


 先輩は意外に凝り性だから中途半端なことはしたくなかったのだろう。今怠けているのは嫌々待機をしているだけじゃなくて、理想的な展示が出来なかったことで落ち込んでいるのかもしれない。


「お察しします……でも、こうしたいってイメージがあるのは凄いと思います」


 先輩は不貞腐れている感じで、「やめてくれ、誉め言葉は上手くいった後の方が好みだ」と僕を突っぱねた。


 僕がなにか言おうとすると先輩の目が僕の後ろ、克己さんの方へ注がれているのがわかった。その先を追うと教室に入ってきていた藤橋先生と克己さんが声を抑えて話している。


「あの人、諌野のお父さんです」


「そうだな」


「あっ、知ってましたか」


 どこかで顔を合わせていたのだろうか。一人で思案していると横に先生と克己さんが並ぶ。二人の視線はスクリーンに注がれていた。


「他の展示に比べて大きく映してくれているね。あの子は目立つのが嫌いだと思ってたけど、こういうのは良いんだなぁ」


 邪魔をしないように園継先輩の方へ避ける。机に寄りかかろうと手元を見ずに机に手を置いたところ、なにかに触れた。


「気を付けろ。それも展示だ」


「えっ?」


 手に触れたのは忘れ物を一時保管するプラスチックのトレーだ。いつもは忘れ物箱と書かれている部分に「不明」というタイトルが記されている。そして中には写真のようなものが入っている。手に持つと写真によく使われる光沢紙ではなく普通のコピー用紙に印刷されているのがわかった。薄暗いが砂波の顔とイラストの女の子の姿が見える。


「二人の姿を一度切り取って、背景の上に重ねた状態でコピーをしてある。そうしてイラストと人物写真、そして背景写真の壁を無くしている。背景と人、写真とイラストが同じ印刷されたインクとして扱われるわけだ」


「なるほど。写真と絵だと人の目には無意識に差を感じますからね。その差を意識的に撤廃させようという試みは面白そうです」


 誰かに協力してもらったのだろうか、砂波が作ったにしては考えられているみたいだ。少しは見直した。


「それは……季之君か」


 横から克己さんが写真を覗き込む。


「砂波をご存知ですか?」


「……うん、舞から聞いてるよ」


 諌野は砂波と会話しないからイメージはまったくないが、少しでも一緒にいれば話題のひとつも生まれるのは当然か。せっかくなので克己さんに写真を渡して見せた。


「うん、うん。みんな凄いね。こんなにいろいろ作れるんだ」


「部員の皆さんは真面目に取り組んでくれています。この間も……」


 部活のアピールになると先生は見たことないほど多弁で、頼りない部分もあるけど大人なんだなと思わされる。余計なことを言う前に子供は口を挟まないでおこう。長机の向こう側へ周って、先輩と話して時間を潰すと外に一人でいるよりはずっと気が楽だった。





 克己さんが帰り、先生を含めた三人でコンピューター室に来る人たちを眺めていた。ほとんどの人は黙って全体をざっと眺め、僕たちに目を合わせないように気まずそうに部屋を出ていく。先生から作品を紹介するための説明文の紙束を渡されたものの一度も質問を受けることはなく、お喋りするだけで終わりの時間が迫った。


 人が来ないので少し早めに片付けを始める。パソコンの電源を落としてイスを元に戻すだけ、スクリーンは備え付けだしプロジェクターは元々コンピューター室の備品だ。こんなに楽なのはデジタルの良い所だと思う。


「戸締りも良し。じゃあ、二日間お疲れ様でした」


 先生の締めの挨拶に「お疲れ様でした」と返して祭りの終わりを実感する。孤独を痛いほど実感していたとはいえ、寂しさはあった。


「津原君、ちょっと……」


 別れ際、園継先輩が去ったタイミングで先生に呼ばれる。


「成り行きだったけど、一緒に店番してくれてありがとう。園継さんも楽になったと思うよ」


「はは……はい、どうせ暇でしたから。僕がいないとき、先輩は不機嫌じゃなかったですか?」


 やりたいことが上手くいかず、尾を引いて仏頂面であったことから察するに、僕が来るまで二人きりでいた先生の心労はさぞかし大きいものだろう。そう思っていたが先生の答えは意外なものだった。


「うん? いつも通りだと思うけどなぁ……なにか言われたの?」


「え? ええと、言われたわけじゃないんですが、雰囲気が虫の居所が悪いときのそれだったので……」


 先生も悩み始めたので本当に怒ってはいなかったらしい。なら僕が来たタイミングが悪かっただけなのか、機嫌を損ねた原因が自分だったらと思うと怖いから「まあ、でも大丈夫そうですね」と強引に終わらせる。楽しくない話題は胃が痛くなる。


「一か月くらい経ったけど、カウンセリングは役に立ってるかな?」


 九月から藤橋先生にスクールカウンセラーを紹介してもらって、実際にカウンセリングを受けている。現状は短時間で家族の話を聞いてもらっているだけで、具体的な改善案がもらえているわけではないから、想像していたものとは少し違っていた。ずっとカウンセラーに愚痴っているだけな気がして、申し訳なさを感じたまま通っている。


「ええ……そうですね。いくらか気が楽になったかと」


 無駄な心配をされたくなくて、むりやり笑顔を作って答えた。こんなことしか言えない自分の心の弱さに悲しくなる。カウンセラーの先生にも藤橋先生にも、まだどちらにも自分が人造人間であることを打ち明けられないでいる。こんな現状では言おうか言うまいかと悩む僕と、なにを隠しているのか見極めようという先生の腹の探り合いみたいになってしまっているし、カウンセリングが適切な協力関係で行われているとは言えないだろう。


 僕が言えれば。僕が覚悟を決めれば。そう反芻する度にどうして僕がこんな思いをしなければならないんだ……というやるせなさが沸々と湧いてくる。だって僕が人造人間であることは僕の責任じゃない。


 藤橋先生が「周りを頼っても大丈夫」と言われても頼れるような人が思い当たらない。園継先輩が親身になってくれるイメージはないし、中林は聞いてくれてもパッションでなんとかしろと言われそうだし……こんなときに一春がいればと思ってしまう。少ない関わりだったのにあの人なら自分のことを全て話しても良いと思えた。きっと人造人間と聞いてもありのまま受け入れてくれて、これという答えを教えてくれる。悩める人にこれというアンサーを出す様は聖徳太子の逸話とか釈迦の説法のようだった。


 先生と別れて僕は一人、片付けで忙しそうな校舎を歩く。楽しそうな声は自分からずっと遠いところにあるように聞こえ、僕の声がどこにも届かないような孤独を感じる。頼れる人……そんな人が見つかればこの孤独から解放されるのだろうか。

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