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5話

十二月十二日 木曜日


 非合法なクローンの研究が行われたとしても、生活の中にクローンの人間が混ざっていても日常は続く。一春がクローンだとしても誰も気づかなかったように、多くの人にとっては無関係な問題であり、誰がクローンだったとしても明るみにでなければ重大な事件にはならない。


 だが、もしも親しい友人が自らクローンであることを告白してきたら、多くの人は困惑し疑う。変わらない関係もあるだろうが受け入れる人達ばかりでもないはずだ。関わりが続くものもあれば変わるものもある。


 これは憶測に過ぎないが、普通の人とは違うクローンという異質な存在という表層的な部分と、人間とはどう違うのか想像ができないという不確定な要素が持つ漠然とした不安が重点に置かれそうだ。それが今まで何ともなかったのに、情報を与えられるだけで印象がついてしまう。言葉のうえではわかるが素直に納得できないものだ。


 当たり前のように流れる時間がいつも通りの学校生活を過ごさせる。授業もクラスメイトも風景同然に行うべきことを行っていた。そして俺と上秋もいつも通りに廊下で立ち話をする。


「お前、最近忙しそうなんだって? 中林がぼやいてたぜ。最近かまってくれなくて拗ねてるんだろうさ」


「土曜は行くから、それで許してもらう」


「あいつはそんな単純じゃねえぞ? ちゃんと心から気遣ってやんねえと晩飯抜きとか言われるかもしれねえからな」


「古典的だな」


 中林を相手にその場しのぎで良いことだけ言っておこうと考えても見抜かれて話がこじれるだけだろう。


「その夕飯に上秋は来るのか」


「ああ……いや、どうすっかな」


 遊びとなればすぐに飛びつく上秋が珍しく悩んだ。「ちと用事はあるんだけどさ……」とその用事には乗り気ではなさそうだ。


「ま、当日までには決めとくよ……立ってたら身体冷えたわ。お前、今日も部活行くの?」


「ああ」


「んじゃ、オレ帰るわ」


 上秋と別れてまっすぐコンピューター室に向かった。もうとっくに部活が始まっている時間で、到着してみると全員が揃っているように見えたが園継先輩だけがいない。


「先輩はいないんだな」


 すでに絵を描いている中林の隣に座って聞くと手を止めてこっちを向いた。


「うん、珍しく。学校に連絡もなかったらしいよ。冬だし急に風邪引いちゃったのかもね」


「そうか」


 病気だとしても会話くらいはできるだろう。後で電話をしてみるか。作業に戻った中林の画面を見つめる。花畑に笑顔で立つ少女の絵は画面の中で絵が反転と回転を繰り返して目まぐるしく動いている。中林の手元は素早く動いているが、俺には何が行われているのか理解できていない。


「さなみん、暇?」


「暇だが手伝うつもりはないな」


 中林は器用に指先でタブレット用のペンを回転させた。


「いやいや猫の手は借りても、さなみんからは借りないから安心して」


「じゃあなんだ」


「この絵、どう見える?」


 絵が正位置に戻り、中林がイスをずらして俺に見えるように移動する。


「花畑と女の子」


「……見たまんまじゃない。もっと感覚的なこととか、裏を探ろうみたいなのはないの?」


「読み取る必要があるなら文字で書いてくれないとわからないな」


 深いため息は背後から聞こえた。どうやら一部始終を見ていた津原の声だ。


「どんな花畑で女の子はなにをしているのかってことだよ」


 興味ないと言ったら二人から怒られそうだ。


「どうと言われても、俺には花の種類も知らないからな。こういうのは花言葉に意味があったりするんだろ」


「うんうん」返事はしてくれても教えてはくれないようで、花言葉の線で考えるのが正解かもしれないのに、ヒントもくれない。


「あの花はスイレンかな。葉で根本は見えないけど水面になっているんだな」


 津原が代わりに答える。スイレン、水面に咲く花だったか。白く細い花弁が少女の足元に点々と咲いている。そして津原の言う通り地面はスイレンの花と葉が埋め尽くしており、よく見れば少女の足首から下を隠していた。


「つまりその子が水の中に入っている理由でも考えればいいのか」


「もーっ、そんなに融通利かないわけじゃないでしょ!」


 この絵から読み取れる意味合いを求めているのは理解できるものの、俺にはまるで想像もできず言えることがなかった。


「……ま、私も決めてないんだけどね~」


「え?」声が漏れたのは津原だ。「なんにも決めずに描いてたのか?」


「えへへ……直感に任せて良い感じに描いてみただけなんだ。地面を描いてないのは水辺だからじゃなくて、ぶっちゃけどっちでもいいかなって……」


「じゃあ意味を読み取ってもらおうとしたんじゃなく、俺に意味を作ってもらおうとしてたのか」


 苦笑いしているのを見ると、美術に知識のある津原の前では言いにくかったようだ。


「だってぇーアイデア出なかったんだもんー」


「なにも言ってないだろ」


「さなみんは言いたそうな顔してるもん」


「はぁ、砂波の顔ねぇ……」


 ぽつりと呟く津原の言葉は正しく、俺は顔に出るタイプではない。


「長い付き合いなのでね! まーわかりますよ」


 自信たっぷりだ。「そういうことにしておく」俺はそれ以上首を突っ込まないようにした。イスを滑らせて津原の隣に行く。


「どうだった。返してもらえたか」


 もちろん昨日のUSBだ。津原は思い出して怒ったように眉間に皺を寄せ、首を横に振った。


「見つかってないとさ。参ったな、返してもらえればすぐにでも調べ直すっていうのに……」


 ポケットからスマートフォンを取り出して電話アプリを開く。数の少ない名前の中から園継先輩を見つけるのは簡単だった。迷いなく受話器の表示を押して電話を試みた。そして結果はとても悪いものになった。


「珍しいな、誰にかけたんだ。」


「園継先輩だ」


「病欠じゃないのか。遠慮しろよ」


「病気じゃない可能性がある」ポケットにスマートフォンをしまい直しながら中林に聞こえないように小声で伝える。「電源が入ってないか電波の通じてないところにいるらしい」


 津原は言葉が漏れそうになったのを堪えて同じように小声になった。


「どうして。なにかあったのか」


「わからない。だが、良い事はないかもな」


 充電が切れただけならなにも問題ないのだが、あの先輩が約束があるのに連絡を取れない状況にしているのは似合わない行動だ。本人の意思にそぐわない事態で電源を切っているのか、そしたら病欠ではないということになるだろう。


「先輩のこともそうだけど……やたらUSBのこと気にして、なにか関係があるのか?」


「関係がわからない問題が同時に起こっているのが問題だ」


 園継先輩と連絡がとれない理由が不明である限り、USBやここ数日の人造人間の問題との関連性は考えようもない。


「つまり盆と正月が一緒に来たってことか」


 よくわからないが「そんなところだ」と返す。面倒な事態であることは理解してもらえてるだろう。こんなことなら克己さんに車で送ってもらったときに教えてもらえばよかった。


「砂波なら関わりたがらないと思ってたけど、意外と気にしてくれるんだな」


 中学生の時であればすべて無視していたのは間違いないが、火の粉が自分に降りかかりそうな問題をちゃんと処理するくらいの頭は使うようになった。


「あっそうだ! ふゆっち、ちょっと手伝って」


「え、なに?」


 津原は中林の隣に立って腕を組んで話し合いが始まる。俺が部活に入ってすぐの頃はよく見た光景だ。記憶と照らし合わせると、やはり園継先輩が欠席しているのは否が応でも目立つ。


 立ち上がって園継先輩の定位置となった席に座った。さっきまで津原が使っていたので画面はつけっぱなしになっている。製作途中の作品でも見れるかと思ったが、画面に映っていたのは俺が文化祭の展示用に作った作品だった。


「……」


 他にもウインドウが開いてあり、津原が参加しなかった文化祭の作品を見ていたようだ。その中で俺は自分の作品をフルスクリーンにして、背もたれに寄り掛かってリラックスした姿勢でまじまじと眺める。


 近所の公園で撮影し、中林に協力してもらって作ったものだ。俺が一人立ち、横に中林の描いたイラストの女の子が並ぶ単純な構成。当時の俺は締め切りに間に合わせるためになにも考えず思い付きで完成させた。


 また立ち上がり、入り口の脇にある棚に置いたバッグまで歩き、そのポケットから一度も取り出さなかった物を抜き出してまた席に戻る。津原と中林は俺の動きを視線で追ったが声はかけられなかった。


 座り直して持ってきた古谷とたっちゃんの写真を顔と画面の間に掲げた。写真を下ろして自分の作品と見比べる。公園という場所、高校生くらいの男と幼い女の子、そして二人の画面の配置、特別な技法や知識の必要な構図はどちらも用いていないが、偶然と主張できないくらいにほとんどが一致している


 ある一つの可能性はほとんど確証に変わっていた。今まで起きていたことが実は起こるべくして起こっていて、俺は多くの人に時間の猶予を与えられていた。写真はまたバッグの同じポケットに戻す。古谷が屋上で俺に向けた最期の笑顔の記憶も同じようにしまい込めれば良いのに、潤んだ瞳すら鮮明に思い出せた。

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