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3話

 克己さんと別れて寮の自分の部屋に帰る。バッグと作務衣の入った紙袋を部屋の隅に置いておく。放課後は学校に来るように上秋に促されたので面倒だが行っておこう。コンピューター室に行けばUSBの中身も直接見れるはずだ。


 下校する生徒の流れに逆らって校舎に入った。上秋のメッセージでは職員室で寮について担任からお話があるらしい。今回のようにわざわざ教師に呼び出されるのは初めてで、内容については予想がつかない。


 二階に上がり、階段を上り切ってすぐの位置に職員室がある。そして職員室の扉の横では津原が腕を組んで立っていた。目線は下を向いて、右のつま先は忙しなく床を叩いている。考え事をしているのが仕草でわかるので、上秋が来るまで黙って横に立つ。


「……なんか言えよ。気まずいだろ」


 耐え切れないように津原が言葉を発した。


「邪魔したら悪いと思ってな」


「……USBのことだろ。せっかくのお休みだったのに、どこで手に入れたとか聞きに来たのか」


「話が早いな」


「教えないって言ったら」


「しょうがない。聞かないでおく」


 津原は右手で側頭部を掻き、「やりにくい……」とぼやく。


「君は一春がいなくなったこと、どう思ってる?」


 質問にはクローンのことを触れないように答えた。「生きてはいないだろうな」


「どうしてそう思う?」


「現代日本で誰にも見つからずに四ヶ月隠れるのは無理だろう。しかも女子高生が一人でというのはな」


 津原は緊張の面持ちで唇を噛む。


「事件性はあると思うか?」


「誘拐、死体遺棄、可能性だけならいくらでもある」


 視線をこちらに向けずに首を振られる。


「可能性じゃなくて君の考えを聞きたい」


「死んで、死体が消えた」


 嘘は言っていない。信じられないとしても今伝えられるのはこれぐらいだ。冗談に思われるならそれでもいい。


「……確信があるのか?」


 質問には答えずに逆に聞く。「俺を探るなら自分のことも話したらどうだ」


 おそらく津原は、俺がどれくらい一春の失踪について知っているか見極めようとしている。事を解決しようと言うなら協力はするし質問にも全て答えていいのだが、背景に非合法のクローン製造が行われているからには、そこだけは安易に教えるわけにはいかない。


「……ごめん」


 その一言は沈黙の合図だった。津原の言葉が続かない様子なので俺は座り、擦り切れて汚れた床を眺めた。中林と上秋が来たのはそれからすぐだった。





 片手にファイルが増えてしまった。『寮の賃貸契約について』と書かれた紙を入れたファイルはただ片手が埋まったというだけではなく、一春の部屋を残せないという事実でもある。仮に今後の進展によって一春の部屋に事件性を示す証拠が残されていたとしても、来年の四月にはきれいさっぱりなくなってしまう。USBの中身を見ても警察を動かせないとなれば、何も状況が変わらないまま四月になるだろう。


 背後で中林と上秋が課題の話をしているのを耳に入れながら歩いてコンピューター室に入る。舞と園継先輩が座ってこちらに目を向ける。俺はまっすぐ園継先輩のもとへ歩いた。


「大所帯だな。それに珍しい顔もいる。厚い人望で連れて来たのか?」


「俺に人望はありません」


 近いところの椅子を引っ張って先輩の隣に座る。


「私からの信頼は厚いぞ。まさしく必要にして十分、痒い所に代わりに手を伸ばしてくれる男だ」


 実際に便利な男になってしまっているから何も言わないでいると、先輩は不服そうに息を吐いた。「それじゃ、聞こうか」


 話は簡単にまとめた。克己さんと会話している途中でクリスさんの家に行き、リエルと会ったことも伝えるとその二人については知らないようだった。だがクリスさんの開いたグループセラピーのこと、そこに克己さんが参加したことがクローン製造の発端であることは興味深く聞いていた。そのタイミングの質問はなく、亡くなった子どもの遺伝子でクローンが作られたこと、原理はわからないがクローンの死体は消えてしまうという話で最後にする。


「消えてしまうか。造った側からすればさぞかし都合良いだろうな」


「意図的だと思いますか」


「それを証明する手立てはないだろうさ。だがね、造った奴らに都合が良い偶然なんて疑いたくもなるだろう?」


「もちろん」誰かにとって都合が良い偶然は、その人にとって必然であると疑うのは当然だ。特に法や倫理観に関わる内容であればなおさらであり、俺もその線は考えている。「ただ、疑うことしかできません」


「もどかしいな」


 先輩は腕を組んで呟いた。俺に言っているのではなく、自分に聞かせるようなその言葉は何らかの個人的な目的があるような含みがあった。


「先輩は克己さんを憎んでいますか」


 問いかけに対して少し黙って、先輩は周りを見回した。各々が自由に会話を楽しんでいる。誰もこちらに意識を向けていないと確かめたのか、間をおいて話した。


「克己さんに対してというのは誤解があるな。私が憎いのは、もっとどうしようもないものだ。他人に課せられた運命を私が呪っても助けにはならない」


「クローンの運命ですか」


「大人の都合で勝手に造られ、死んだ時には骨も残らない。あまりにも残酷じゃないか」


 表情は変えず、左の眉が震えている。怒りや悔しさがあるのか、会話はそこで終わって先輩は中林と上秋の方へ歩いて行ってしまった。


 友達がクローンだったことは知っていても、死体が消えると聞かされれば普通はショックだろう。普段は冷静な先輩も、今は気を紛らわす時間が必要かもしれない。なかなか満足に話ができそうにない。





 舞と会話をしている津原が俺に目線を向けて左手を控えめに挙げた。USBの準備ができたのだろうか、窓を背にする席に行く。そこは舞が作業している席であり、当然今も津原を立たせて座っているが、これから見るUSBがどんな内容でも舞に見せるつもりなのだろうか。


「使っていいって言ってくれた。USBが開けても中は見ないって」


 津原はその場にいる舞の通訳のようなことをしてくれた。個人的には同席していても良かったが、もしクローンの研究に関する資料でも出てきたら心の準備もなく自分の父が何をしたのかを知ることになるだろう。いない方が気を遣う必要がなくなるぶん楽ではありそうだ。舞が席を立ち、代わりに津原が座る。舞はそのままコンピューター室を出て行った。


 津原が準備しようとUSBをバッグから取り出す。問題の品は黒く柄のないシンプルなデザインに、目印のためか五ミリほどの細いテープが中間くらいに巻かれていた。そしてテープには油性ペンのような黒いインクで三本の線が引かれている。単純に解釈すれば一つ目、二つ目があっての三つ目のUSBといったあたりの仮説が立てられる。しかしこれを見ても一春のものという目印にはならない。ならば津原は一春の所持品と確信できる状況でこれを手に入れたに違いない。


「中身についてはどう思っているんだ」


 そもそも津原が何のつもりでUSBを得たのかを考えれば、一番真っ当な理由は一春失踪の手掛かりだ。津原と一春に交友関係があったとはあまり知らないが、俺や上秋のことは気にかけているかもしれない……いや、俺のことはどうでもいいかもしれないか。


「一春がいなくなった原因でも出てくれればと願ってるよ。まあ日記とかかもしれないけどね。正直言うと、中身に確証があるわけじゃないんだ」


「そうか、それを手に入れた場所で予想ができていると思っていた」


「……べつに、君に隠し事をしたいわけじゃないんだ。ただ安易に話すべきじゃないこともある」


「お前が噓つきじゃないのは俺でも理解してる」


 向こう側の席も盛り上がっているが、とうとうUSBの暗証番号を入力する画面になった。津原がブラインドタッチで『since520』を入力する。そしてマウスカーソルは真っ直ぐ確定のボタンに重なり、一呼吸おいてクリックされた。


「……違う……か」


 画面上には赤字で間違いを知らせる文言が並んでいる。津原はもう一度、ゆっくりと手元を見ながら入力した。S の上に指を置いてしっかり押す。画面に一瞬小文字の s が表示されて一秒ほどで黒い点に変わる。それを確認しながら一文字ずつ時間をかけて入力したがやはり間違いが表示された。


「……マジか」


 津原は机に肘をついた状態で手を額に当てた。自信があったのか、数少ない頼みの綱だったのか、希望が薄れたようだ。


「大文字と小文字は関係あるか」


 俺の言葉に津原は頷くが、苦しそうな声で答えた。


「since という文字を全部大文字にするだけならいい。でも二文字だけ大文字とか、そんな小賢しいことをされたら時間がかかる……もし全部間違ってた時のことなんか考えたくもない」


弱気になるのも仕方がない。『since』からできる大文字小文字の組み合わせは三十二通り程度だが、人が入力する以上ミスや思い違いも起こりえる。さらに周りの目も気にしなければいけない場だ。神経を使うし思った以上に時間もかかる。


「ならいい、俺がやる。それならいいだろ」


 うだうだ言う時間すら無駄になる。それにこのパスワードで開けば、中身はクローンのことで確定なのだ。時間がかかろうがやる価値はある。


「……わかった。任せるよ」


 津原が立ち上がるのと藤橋先生が舞と一緒にコンピューター室に入ってきたのは同時だった。


「今日は人が多いね。珍しい、砂波君に津原君。久しぶり」


 小さな歩幅を早足に動かして先生はこちらに来た。「どうも」と短い挨拶をすると笑顔を返事代わりにする。そして俺がUSBを抜こうと手を伸ばすと先生の手が素早く動き、USBを抜いて表裏を回して眺めた。


「どっちの私物かな?」


「ああ……その……」津原が口ごもる。「僕です」


「これが前に話していた友達のUSBってやつ?」


 津原は控えめに頷く。


「ダメだよ私物を持ち込んだら」


「は、はは……すみません」


 先生はUSBを持ったまま教師用のパソコンの方へ行った。


「しくじったなぁ……なあ、砂波?」


 津原のことは無視して、先生の動きを見ていた。椅子に座ってからペンケースを取り出し、その中にUSBをしまう。


「おい、どうしたんだよ」


「……USBの持ち込みはダメだったか」


 津原は一瞬思い出すように天井を見る。「USBというか、変なもの持ち込むなってことじゃないか? まあ中身も聞かずに引き抜くのはやりすぎな気はするけど」


「そういうものか」


「まあ……想像だけどさ、USBってウイルスが入ってるかもしれないじゃないか。だから私物を使うなとか、そんなとこだと思うけど」


「説明しても無理か」


「藤橋先生って真面目だし、お役所仕事ってやつだよ。それに自分の物と言っても、パスワードを開けられなかったら盗品と疑われるだろうし……」


「盗品だろ」


「うっ……まあ、帰るときには返してもらうように言うからさ……」


 手元になくなってしまったからにはしょうがない。逆に考えれば何もしなくていい時間がようやくできたのだから、喜ぶべきことのはずだ。夏休み前の俺は中林に昼行灯と言われるような出不精で、ここ最近は忙しすぎたほどだ。ただそれでも、津原がUSBを手に入れた経緯、USBの中身、園継先輩が俺を顎で使っている狙い、気になるのは間違いない。


「少し黙るぞ」


 断りをいれると津原が二度見してくる。


「言わなくていいよ」


「黙ると気まずいってお前が言ったんだ」


「……ごめん」


 使ってない椅子をニ脚引いて片方に座り、片方に足を乗せる。横で津原が行儀悪いとか言っているが無視だ。もう用はなくなったし帰ろうか、それとも園継先輩からもっと深く聞き出すか。考えるうちに意識は闇に吸い込まれた。

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