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4話

 コンピューター室を前にして中林は我に返ったように「ていうか、あっきーはどうしたの?」と聞いてきた。そういえば職員室の前で津原は部活に出る事を言っていたようだけど、オレ自身のことは教えていなかった。


「津原が久しぶりで緊張するって言うから付き添ってやるんだよ」


 少し前を歩く津原に聞こえるように言うと勢い良く振り返って声を荒げた。「おい、高名!」求めていた通りの反応に中林もオレも大声で笑う。


 中に入ると作業をしていた舞ちゃんが全員の顔を眺めて軽く会釈した。少し驚いた顔をしたようだけど、たぶん津原を見てだろう。学年が違うから見かける機会はほとんどなかったはずだ。先に声をかけてやれと津原の背中を押す。津原が舞ちゃんの方へギクシャクと歩いて行き、砂波は園継先輩と声を潜めて話し始めた。


「最近のさなみんと園継先輩、あんな感じなの。怪しいよねぇ」


「怪しいってなんだよ。恋愛脳か?」


「いやいや、そんな下世話じゃなくてね。なにか企んでるんじゃないかなって……」


「企みねぇ……クリスマスであってほしいね」


 オレの言葉に中林は口元を袖で隠して笑った。自分でも笑ってしまうほどあの二人にクリスマスは似合わない。プレゼントを貰えなければ興味無いとか言いそうだ。


「そうだね。それだったら許しましょう。でも表立って言えないこと抱えてたら許せないけどね!」


「表立って……? さすがに犯罪に手は染めないだろ」


「そうじゃなくてっ!」中林は周りを気にして声のトーンを下げた。「あっきーは日曜日に、学校で飛び降りがあったって知ってる?」


 クラスメイトが話しているのが聞こえたぐらいだけど、どうやら部活の片づけをしていた野球部員が屋上から飛び降りる女性を見たとかで、遺体が見つからなかったことから幽霊じゃないかと話題になっている。大昔に恋愛のもつれで飛び降りした幽霊とか、勉強漬けの日々に苦しんで死んだ幽霊など出自は様々だが、オレからすれば幽霊とやらを見た野球部員が気の毒だ。幽霊の真偽については定かでないが、目撃した野球部員が他の部員がいる前で半狂乱になりながら先生に伝えたのは事実らしいからだ。だけど誰も興味無いのか、その野球部員が今どうなっているのかを語る人はいない。


「ああ、聞いたよ。それが関係あるのか?」


「その日、さなみんが学校にいたらしいんだ。先生が集まってるところで野次馬してたらしいけど、部活があってもなくてもさなみんが日曜日に学校にいて、野次馬してるなんておかしいよね」


 視線だけを園継先輩と話し続けている砂波に向ける。あの砂波が先生の集まっているところに興味を持つ……あまりにイメージとかけ離れている。巻き込まれたら面倒だから帰ろうとするはずだ。


「じゃあなんだ。砂波が幽霊事件に関係あるのか?」


「そう言われると難しいんだけどねぇ、その前後でいろいろあったし……」


「いろいろね。まあ、大丈夫だろ。悪い意味で関わってることはないだろうし」


 仮に関わっていたとして、オレの知っている砂波は善人じゃないが悪人でもない。良いことだから行うのではなく、理由があるから行う人間だ。オレはその理由が砂波にとって正しいと信じている。オレと砂波の関係を思えば、もちろん中林との間柄を鑑みても手放しで信用していいと思っている。


「それよりさ、ちょっと見せて欲しいものがあるんだ」


 鮮明に思い出せる記憶の中で明らかに抜け落ちた部分があるとき、それには一春が関係しているのではと考えた。そこでオレはつい最近で記憶があやふやになったタイミングの、部活見学中の出来事を思い出していた。部活で制作されたアートをまとめたスライドショーを中林が見せてくれたとき、その中の一つがトリガーとなって思い出せなくなった。となればもう一度見る価値はあるだろう。


「ああ、アレね。オッケー」


 すでに起動の準備をしていた状態だったのでファイルを出すのはあっという間。画面にはあの日見たのと同じアートが流れ始めた。


「気に入ったのでもあった?」


「あ、ああ……」なんと言うか迷った結果、鎌をかけるつもりで言った。


「一春が写ってたのがあった気がしてさ。どれかわかるか?」


 確信があると言わんばかりにスライドショーのページを進めていく。「あっ! これだ!」もしかしたら見てもピンと来ないかもしれない。そんな不安は思わず飛び出た大声と一緒に吹き飛んだ。一枚の写真で一時停止をしてくれた。


 写真の舞台は覚えのある部屋だ。というか、寮の一室だろう。日が沈むギリギリくらいの、部屋の中がかろうじて照明無しに見えるくらいの明るさだ。居間の窓の前に学校の制服を着た女生徒が立ってこっちを向いている。わずかな逆光で顔が見えにくいが冷たい無表情だ。窓はレースカーテンだけが閉じられていて外の景色はほとんど見えない。室内には壁や床を埋め尽くすように写真が不規則に貼られている。その写真は小さくしか見えないが、この女生徒を全て違う角度や表情で撮られたもののように見える。


「……あれ、おかしいな?」


 あの時じっくりと見る余裕はなかったけど、たしかに夢の中に出てくる女性……つまり一春が写っていると思った。この写真には見た目は一春に見えるが、髪型とメイクを変えた園継先輩のようだ。立ち方もいつものふんぞり返るような偉そうな雰囲気じゃなくて、ヘソの上で握った右手を左手で包み、足を閉じて謙虚な佇まいをしている。


「これね、不思議でしょ」中林が横から解説してくれそうだ。「実は一春に似せた園継先輩なんだよ」


 どうりでややこしいわけだ。一春の外見は思い出せないが、似ていると感じるのは記憶に頼っていない無意識の感覚かもしれない。


「解説を頼む」


 腕を組み、写真を見てもやっぱり説明無しで理解できそうにない。基礎知識が足りないと実感するけど、勉強する気にもなれない分野だった。


「まずここは寮の一春の部屋で撮影したんだ。だけど中央に写ってるのは一春じゃなくて、一春に似せた園継先輩。髪型を変えてメイクして立ち方も寄せているの。けっこう似てるでしょ?」


「ああ、そうだな……周りの写真は?」


「壁とか床の写真は本物の一春の写真だよ。いろんな角度と表情で撮影して、園継先輩の顔と比較できるようにされてる。でも一春の写真はこのサイズだと不明瞭で、知らない人が見たら園継先輩と同一人物にしか思えない」


「そしたら意味ないじゃないか? だって、この中の写真と主題の女性が別人だってことに意味があるんだろ?」


 似た人が部屋にいるという演出なら意図がわかりやすいけど、同一人物にしか見えないなら前提が覆る。実際に作品にしたときに、鑑賞する人がどう見えるかを考慮してないとしか思えない。


「ふっふーん、あっきーもわかってるね。この作品の肝は園継先輩と一春が別人であるという一点だけど、逆に言えば同一人物だと思い込んでしまえばこの写真、どう見えるかな?」


 わけもわからないままもう一度見直す。今度は同一人物の写真という視点で考えてみる。園継先輩は無表情だが、写真の一春の表情は感情豊かだ。つまり写真が過去で被写体が今なら……幸せな過去から一変した辛い現在、とかか? 室内が薄暗いのも陰鬱な雰囲気を感じさせる。


「写真の過去から現在に至るまでになにか悲劇的なことがあった……とか、良い印象はないな」


「うんうん、そうだね。同一人物であれば、この人についての過去を周りの写真から読み取ろうとする。でも別人であればどうかな? 写真の人物はこの女性とは別人だったのかって驚いてから関係を考察する。写真は同じなのに与えられた情報によって作品の見方が変化する。そういう鑑賞のプロセスに着目したのがこの作品なの」


 アートと言われると絵を見て何を感じて何を読み取るのか、そればっかりの先入観を習って見ていた。しかしこの写真は内容ではなく(もちろん内容もあるにはあるだろうが)見た人の思考、行動に問いかけている。


「こういう手段もあるんだな。ただ見てるだけじゃダメか……」


 なんかめんどくさいなと出かかるの止めた。感想としては最悪だからだけど、同時に園継先輩がこっちに来たのが見えたからだ。


「なんだ、私の作品を見ていたのか。自分でも見るのは久しいのに、中林はよく覚えているな」


「私にとっても勉強になりますからね。みんなアプローチが違うから面白いんですよ」


 津原もそうだけど、この部活は好きな人にはたまらない環境だろう。勉強熱心で真面目で、聞けば答えてくれる知識豊富な仲間がいる。帰宅部の人間として憧れは大きい。


 砂波が津原のいる舞ちゃんの席へ行った。これからUSBを確認するんだろう。オレも見たいけど、中林と園継先輩の意識を引き付けて、あとで聞いておけばいいか。


「これに使った一春の写真、見せてくれませんか」


 園継先輩が帰らないように操作を頼む。「ああ」と短い返事で『インスタレーション素材』と書かれたファイルを開いた。


「インスタレーション?」聞きなれない単語を声に出すと中林博士が説明してくれた。


「インスタレーションは現代アートの手法の一つだよ。作品を展示する空間全体を作品とみなしているんだ。作品は額縁という制限から解放され、立体物をも超えたわけだね」


 薄暗い空間全体にきれいな映像を映し出したり、壁が崩壊している部屋の展示をテレビで見たことはあって、テレビでもインスタレーションとか言っていた気がする。個人的にはアートを見るというより景色を眺めるような感覚だった。


「体験型アートってところか。プラネタリウムとか映画の4DXみたいな」


「そうか、高名にはその方がわかりやすいか。空間演出という意味では近いな。そのインスタレーションがこの作品のタイトルだ」


 画面いっぱいに一春の顔がアップになった写真が並んだ。その数はゆうに百を超えていそうだ。作品に使われているように表情や角度を変えてほとんど違う見え方にしている。さて一春の顔をじっくり見つめると、懐かしい感覚があった。確実に知っている人の顔を見ている。


「普段は見れない怒った顔も撮ったぞ……これだ、慣れない表情を作っているのがわかるな」


「どうせ製作にかこつけて面白がってたんですよね~?」


 園継先輩が表情を緩めないで楽しそうに撮影する様は容易に想像できる。それはともかく一春の表情を見る。珍しい表情だと思ったと同時に、オレにはよく見せていたとも感じた。


「オレは……よく怒られたっけな」


「そうそう! 懐かしいねぇ。一春が怒ったのはあっきーくらいだよ」


 中学生の時からオレは悪い奴だった。いまだに不良の烙印は押されたままだが、昼に津原には落ち着いたと言われたな。昔はよく一春に説教されて、オレはそれに反発して喧嘩になった。オレが悩んだときにはいつも一番に相談に乗ってくれた。


「そうだな、特に高名は世話になったからな」


「ええ、思い出しますよ……いい先輩でした。優しくて、オレを気にかけてくれて」


 優等生の一春と不良のオレは当然折り合いが悪かった。上手くいかないと何が悪い誰が悪いとそんなことばかり言っていたオレに、一春は親代わりのように諭してくれた。一春の写真を何枚か見ていくと溢れてきたのは思い出だけではなかった。


「あっきー?」


 中林の声で自分の目から涙が流れたことに気づいた。どんな感情の涙なのか自分でも理解できていなかった。中林がなにか声をかけようとまごつくと、園継先輩が手で中林を制する。


「大丈夫。全部、思い出せた」


 オレの言葉に二人とも何も聞かないでくれた。懐かしい顔を見れた嬉し涙だと思われているのだろう。おかげでゆっくり記憶を振り返る時間ができた。死んでしまった、初めて好きになった人の思い出に。

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