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3話

 メッセージアプリで砂波に『寮のことで先生に呼ばれてる。口頭で説明すんのめんどいから、時間があったら放課後に職員室に来い』と呼び出した。送信した時に返信はなかったけど既読だけはついた。たぶん行けたら行くってやつだ。どうせ来ないだろう。


 津原はUSBを持ち歩いていると言っていたが、校内で使えるパソコンはコンピューター室しかないから、堂々と使うには部活に出なくてはいけない。まだ心の準備が出来ていない様子だったものの、放課後に先生に呼ばれているのを説明してその後なら一緒に行こうと提案した。不安が顔に出ている津原には中林も一緒に呼ばれているとは伝えなかった。


 放課後、教科書とノートはロッカーの中に投げるように入れて、バッグの中の荷物はクシャクシャにしたジャージとキーケースしか入っていない。帰ってからの予習復習などしたことがないからだ。


 教室を出ると、同じタイミングで隣の教室から出て来た中林と合流する。津原と会ったことは話さなかったが、砂波と連絡したことは内容を伏せて話した。


「私はさなみんにスタンプ連打してやったよ。ズル休みだろーって、怒ってるスタンプをね」


 そう言って中林はスマホの画面をオレに見せた。そこにはいくらスクロールしても同じスタンプが並び続ける狂気的な絵面が表示されていた。砂波はポケットの中でスマホが震えても気づかない鈍感な男だけど、さすがに延々と震え続けるスマホは鬱陶しかったのだろう。最後に砂波は『やめろ』と返信していた。時間はオレがメッセージを送る直前だから、オレへの返信がちゃんとあったのは中林のおかげかもしれない。


「オレも時間があったら来いって送ってやったよ。だけど返信無し、なにしてんのかね」


 気になるのは本音だけど、聞かなくていいとも思っていた。最近は砂波と園継先輩がこそこそしてると中林がぼやいていたから、(中林の口が軽いのが理由ではありそうだけど)オレにも話してはくれないだろう。あいつの数少ない友人として、嘘を吐かせたり探りを入れたりしたくない。


 ひとつ階を下りると階段のすぐ近くに職員室がある。扉の前で津原と、驚いたことに砂波もいた。津原は真っ直ぐ立って窓の外を眺めていて砂波はしゃがみ込んで床をじっと見ている。どちらも無言だが対照的だ。


「えっ!? あっきー、これはどういうことかな?」


「マジで来たみたいだな」


 中林は嬉々として二人のもとに行って、主に津原と話し始めた。文句を言いたそうにオレを見る津原は無視して砂波と職員室に入る。遅れて中林も入ってきた。


 教師たちは各教室から戻ってきて部活動に行く間の時間のようで、「失礼します」と声をかけると視線を一気に向けられる。その中で担任が立ち上がり、手元の紙束をまとめてこちらに来た。担任の視線が一瞬砂波を睨んだ。


「風邪はうつさないでくれよ」


「しばらく寝たら治りました」


 わかりやすい嘘を担任が見抜けないわけもないだろう。わざとらしいため息を吐いて紙束の枚数を確認した。砂波の分を確認しているのだろか、問題なさそうで無言でうんと頷いた。


「入口は邪魔になるからこっちに」


 手で示された方には教師のデスクの列から外れて、ミーティングなどに使いそうな長机とパイプ椅子が並べられてある。何も置かれていない机の上に担任が束にしていた紙を三人分並べる。オレは並べられた真ん中の席に座り、左に砂波、右に中林が座った。担任が座る間に手元の紙を読み、オレと中林は同時に声を上げた。


「寮に住めなくなるんですか!」


 担任は落ち着いて咳払いしてから説明を始める。


「簡単に言うとだな、君たちの今住んでいる寮は今年度いっぱいまで、来年度の四月一日からは住めなくなる」


 聞きながら紙の文章を読む。所有者の逝去(せいきょ)に伴い建物の相続人により契約更新を行わない旨の通知がありました。と書いてある。


「君たちも挨拶に行ったと思うが、あのアパートの所有者だったおばあちゃんが先月亡くなられてな。建物の所有権、土地の権利、賃貸借契約はおばあちゃんの息子に譲渡された。この更新を行わないという通知は息子さんからの連絡だ。ま、しょうがない」


 入居の際にこの三人と担任で挨拶しに行ったのを覚えている。庭の広い大きな木造家屋で、中はバリアフリーに改装されて外見に比べて新築の雰囲気があった。おばあちゃんはくの字に腰が曲がっていて黒い毛がない綺麗な白髪だった。これから迷惑をかけてくる高校生相手に笑顔で、別れ際にはジュースやお菓子や総菜まで分けてくれた。それ以来会ったことはなかったけど、あらためて亡くなったと聞かされるとショックを受ける。いつもうるさい中林も黙ってしまった。


「いちおう三月三十一日までは住めるけど、この日までには荷物を全部持ち帰って部屋の中には何も残さないようにしてもらう。もうすぐ冬休みだから、冬休み中に重い物は実家に持ち帰って春休み中には寮を返せるようにしてもらう。いいね?」


 誰もすぐには返事をせず、オレが「はい」と声を出しておく。さすがの中林も頭の中でスケジュールを組むのに精一杯だろう。砂波は黙って紙面を読み込んでいる。いきなり言われてもな、心の中で悪態をついた矢先に心を読んだかのように担任が念を押した。


「突然に感じるだろうが時間は充分ある。春休みにはもぬけの殻にして掃除するように。あと、この紙は必ず家族に見せなさい。二枚目はご両親のサインが必要だから」


 言われて二枚目を見る。一枚目は寮に住めなくなったことと期限を通知する内容で、二枚目は契約終了に承諾するかどうかという確認書類だ。やたら丁寧な前置きと、保護者に内容を同意する・同意しないを丸で囲むようだ。同意しないを選んだらどうなるのか、担任が家に出向いて説得するつもりなのか、まあ形式というのはあるんだろうな。そして最後は『ご相談があればお手数ですが以下の電話番号にご連絡下さい。』と担任の名前と電話番号が書いてあった。


「もう一年、卒業までは待てないんですか」


 砂波が真っ当な質問をした。新規入寮を止めてオレたちが卒業すれば綺麗に部屋が片付く。今までそうしたのだから、二年生が卒業するまで待つのは気が遠くなるような未来の出来事ではないはずだ。


「君たちに話しても仕方ないんだが……以前の管理人のご厚意で土地のわりに格安で借りさせてもらっていたんだ。あのアパートが学生のために役立てるなら使ってほしいとね。それがおよそ十五年ほど前なんだが、当時とは状況がかなり変わってしまった」


 オレたちは黙って聞き入った。


「当時は部屋が満員になるほど人がいたから良かったが、世代が変わって寮の需要は減ったんだ。特に今は四人……四部屋埋まっているが、どの学年にも新しい入居者がいない。さらにこの街は都心へのアクセスの良さから都会で働く人の居住地として人気になり始めた」


「ベッドタウンってやつですね」中林が声を上げた。担任は感心して頷く。


「よく知ってるな。最近の言い方をすればそうだ。つまり、駅へのアクセスが良くて学校も目の前。そんな好立地のアパートが空室なまま格安で使われているのは勿体無いんだよ」


 そんな世の中の事情など知るかと突き放したかった。寮で過ごした日々は最高だった。仲のいい相手しかいない、普通ならご近所トラブルになる事だって笑って済ました。それが昨日まで当たり前だった。


「悪者が君たちの生活を邪魔しているんじゃない。大人がやるべき事をやるべき時にやっているだけだ。あのおばあちゃんは優しい人で、その息子さんは現実的な人だ。誰が悪いって話じゃない」


 担任は真っ直ぐオレを見ていた。そのとき自分の眉間に皺が寄っていて、歯を食いしばっていたのを自覚した。担任はそれに気づいて怒っていると思ったのだ。


「……わかっています。ワガママを言うつもりはありません」


 四月からは寮に住めない。それはもう決定事項で、オレたちが反対したところで変わりはしない。いつか起こることがオレたちのタイミングで起こった、そう納得しなければならない。


 しばしの沈黙が訪れた。オレはプリントに視線を落とし、なんとかしたい……でもどうにもならないという考えを反復していた。そこで質問をしたのはまた砂波だった。


「一春の部屋はどうしますか」


 脳に直接針が刺されるようなチクチクした感覚がする。少し考えて津原との会話を思い出した。そう、一春という人物がいた。その人は同じ寮に住んでいて、今は失踪している。


「保護者に連絡している」


 連絡してどうなったのかは言わなかった。結局は四月までに保護者が片づけに来るんだろう。オレも記憶の手掛かりになるなら部屋に入らせてほしいが、女の子の部屋だし叶わないだろうな。


 最後に担任は「必ず家族に渡すように」と釘を刺して「以上だ」と締めくくった。オレたちは席を立ってその場を去ろうとしたが中林だけが引き止められたので、オレと砂波は外で待っている津原と合流する。


「長かったな。立つのも疲れたよ」


 津原は同じ姿勢で立ち続けていたみたいだ。


「少し問題が発生してな」


 砂波が切り出してそのまま寮に住めなくなる話を津原に聞かせた。最初は津原も驚いていたけども、寮としての実情と土地柄については同情していた。


「気の毒だけど、建て替えて社会人向けに貸した方がお金になるだろうなぁ。君たちは納得できてるのか?」


「俺たちの納得は関係ないだろうな。先生からすれば、俺たちからなにを言われても子供のワガママで終わる」


 現実は砂波の言う通りで、もう決まっていることにいくら口を出しても無駄だ。先生は保護者から厄介な連絡がないことを祈っていて、トラブルなく済むのを待っているだけなんだから。


「一春の部屋はどうするつもりなんだろ?」


 誰もすぐに答えなかった。砂波と顔を見合わせてオレが答える。


「保護者に連絡している……としか言わなかった」


 オレはすぐに砂波と目を合わせて聞いた。「砂波はどう思う?」こいつはこういうとき、言葉にされていない意図をよく汲み取る。オレはそれを求めていた。


「単純に考えれば、連絡してみたが都合が合わなくて保留。ひねくれて考えれば、失踪してから連絡が取れていない。担任の表情は痛いところをつかれたように不快感を示して、これ以上聞いても答えないと言わんばかりに断言していた」


「つまり……ただ連絡がつかないだけじゃなさそうだってことか?」


「いや」オレの疑問には津原から即座に否定が入った。「電話したくない相手ってだけじゃないか? 失踪している娘の部屋が退居を迫られるんだ。家族からすれば泣きっ面に蜂だろ」


 一春の家族の気持ちを思えば悩みを増やしてあげたくないはずだ。担任は嫌な役割を受け持ってしまったんだな。


 職員室の扉が開いて自然に全員の目が吸い寄せられる。案の定出て来たのは中林だ。真面目な顔をしていたが、オレたちを見るなり笑顔がこぼれた。四人になったところで誰もなにも言わずに自然と足はコンピューター室に向かった。先頭に砂波がさっさと歩き、その背後に津原、後ろにオレと中林で横に並んだ。


「なんの話だったんだ?」


 場繋ぎ程度の軽い質問だったつもりが、中林の笑顔が困ったものに変わっってしまう。


「はは……大したことじゃないんだけど」


 手に持っていた紙束を胸の前に持ってきた。寮についての通知は二枚しかなかったけど枚数が増えている。一番上に置いている『寮の賃貸契約について』という紙をどかして、つい最近苦しめられた小論文練習の用紙が現れた。軽く眺めただけでもしっかり書きこまれているように見える。


 そもそも中林はオレと違って真面目で勤勉だから、こういう課題にも学習する意図を見つけて取り掛かる性格だ。提出忘れや内容に問題があるとは想像しづらい。となると、ケアレスミスで再提出か。


「国語の先生にね、お手本の様に書けているから、後の授業のために例として使いたいってお願いされちゃってね。良いですよーって言ったら、いくつか修正してまた提出してくれって」


 現実は想像の遥か上を行った。あのオッサン先生はきっとニコニコ猫なで声で受け取ったに違いない。オレの時なんか、ため息をついて睨んできやがった。内容について複数質問されて、ちゃんと答えてやると再提出させられないのが悔しそうだった。


「へえ、凄いな。じゃあ後輩たちはその小論文を手本にするわけだ」


 中林の小論文の内容を少し読ませてもらう。遺伝と環境による顔の類似性というタイトルで、親子間で顔がどのように似るか、あるいは似ない要因について書かれている。


「私って絵を描くのが好きでしょ? だから家族のイラストとか描くときに役立つかなーって思ったんだ」


「……凄いよ、ホント」


 自分と比較して同じ学校で同じ学年とは到底思えない。砂波もやる気ないだけで勉強すればできる頭はあるし、無理に背伸びしてここに入ったオレとは違う。勉強、記憶喪失……手に余る問題に逆に冷静になれる。とにかくUSBとやらを確認しよう。砂波の教えてくれた鍵が合っているかもまだわからないのだから。

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