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2話

 リエルという女の子は俺と歳が同じで、生まれつき体の調子が良くない。単純に気分が悪いとかではなく、原因はよくわからないが手足を上手に動かせないらしい。そのため必然的に外に行くことが減ってしまったという。


 クリスさんの奥さんは昔に亡くなっているらしく、仕事の忙しい身で男手一つの子育てを続けたが、最近になってリエルの不調が悪化しているとわかった。そしてそれが意味することも理解したらしい。


「やはり長くはないのだろう……砂波君には私の責任に付き合わせる形になってしまうが……」


 クリスさんの青い目が強張り、視線に険しさを増す。


「リエルの最初の友達になってほしい。この老いぼれの頼みを聞いてはくれないかね」


 力強い祈りに似た声に、黙ったままだった克己さんも口を開く。


「もちろん断っても大丈夫だよ。強要したところでリエルちゃんも困っちゃうからね。その時は、舞とか他の誰かに頼んでみるさ」


「……期待に沿うと考えないで下さい。俺は人の心が無いと巷で評判なので」


 二人から笑みが零れた。どうせ人造人間のことをまだ聞く必要もあるのだから、ここに長居する程度は大したことじゃない。だから一つ提案をしてみる。


「その代わりと言ってはなんですが、人造人間についてはまだ聞いておきたいことがあります。今日はここに泊めさせて頂いて、もう少し詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」


 ここに来る前の会話では一春もなんらかの形で人造人間の件と関わっているらしいから、それがどういう意味なのか、一春が人造人間だとでも言うのか、はっきりさせたかった。


「明日は学校だろう? 急ぎではあるが焦らせるつもりもない。今日は克己と帰ってもらって土日にでも……」


「いえ、クリスさん……」


 克己さんに遮られたクリスさんは驚いて目を見張った。


「そうか、それほどまでに猶予がないのか」


 クリスさんは俯いて肺の空気が無くなりそうなほど深く息を吐く。その心象を察するところもあるのだろうか、克己さんは沈痛な面持ちで現実を伝える。


「前例から考えるとおそらく……僕からは覚悟して下さいとしか言えません」


 余命宣告のようなものだろうか。クリスさんは腹を決心したように頷く。


「そうだな。ありがとう、後は残された時間を良いものにする。砂波君、協力してくれ」


「ええ、わかりました」


「では僕はリエルちゃんの顔を見てから帰りますね」


 二人が立ち上がったのに合わせて俺も立つ。掛けておいた上着を克己さんが取ってくれて、廊下に出ると元々来た方へ歩いて玄関前の階段を上る。


「この部屋だ。入ってくれ」


 階段を上り切ってすぐの所にある木製の扉を克己さんがノックしてから開ける。


「やあ、久しぶりだね」


 声を掛けながら部屋に入っていく姿に続いて俺も部屋に足を踏み入れる。室内はフローリングで洋室の雰囲気だ。家具などは全体的に白くて清潔感がある。リエルは部屋の奥、ゲーミングチェアに腰掛けて小さなテレビを見ていた。


「今日は紹介したい人がいるんだ。砂波君」


 呼ばれて歩み寄る。リエルは華奢な体型で幼く見える。きれいな金色の髪は長く、クリスさんと同じ青い目をしている。さて友達になれと言われても何をするのかよくわからないし、最近は最悪の記憶も植え付けられたばかりだ。


「砂波季之だ、よろしく」


 リエルは座ったまま右手をこちらに伸ばした。その意図を漠然と考えるとリエルは細い声で話した。


「握手……」


「ああ、そうか」


 普段握手をしないからピンとこなかった。差し出された小さな手を握るとリエルの肌の白さが際立つ。


「うんうん、仲良くしてやってね。季之君は人付き合いが下手と聞いたから特にね」


 また園継先輩が余計なことを吹き込んでいる。人付き合いが下手なのはそうだけど、俺自身は困っていないから放っておいてほしいものだ。だがこれでお膳立てしてくれた分、いくらか楽に話を進められるかもしれない。


「座って」


 リエルが言いながら指さした方には木が湾曲したようなデザインのイスがあったので、それをリエルの近くに持ってくる。


「じゃあ僕はそろそろ。舞も待ってるだろうからね」


 克己さんは部屋を出て行き、ずっと部屋の外にいたクリスさんと話しながら扉を閉めた。それを黙って見届けてイスに座るとすっかり室内は静かになって、喋らない二人だけが向き合っている。黙って俺の目を見るリエルはクリスさんと同じような目をして、喋らないのになにかを感じようとしている。


 しばらく根競べみたいに黙っていた。雨の音は一階よりも響いているように聞こえるのは静寂のせいなのか、そのノイズのおかげで俺もリエルの目に集中する。よく見ればリエルの瞳はほんの僅かに細かく動き、目だけで細かく見定めているようだ。


「……砂波季之さん?」


「砂波でも季之でも、さんは付けなくていい」


「季之……季之でいい?」


「ああ」


 リエルは小さな身じろぎをしてようやく視線を窓に逸らした。気にしていなかったがカーテンが開いたままになって、窓を雨粒が伝う様が見える。


「……閉めるか?」


「うん、お願い」


 立ち上がって小さな窓のカーテンを閉めようとしたとき、カーテンレールの端に機械が付いているのに気付いた。


「遠隔操作で閉められるカーテンか。ハイテクだな」


「……ふふ、意地悪じゃないの。リモコンが手元に無かったから」


「俺も嫌味じゃない。珍しい物を見たからな」


 カーテンを閉め切ってイスにまた座る。


流暢(りゅうちょう)な日本語だな」


 明らかな外国人の見た目から発音まで完璧な日本語がすらすら出てくると頭が混乱する。


「そう、実は日本語しか話せないの。お父さんも第一言語が日本語だから安心して」


「そうか、名前と見た目で日本語だと困るかと思い込んでいたよ」


「そうよね」リエルはくすりと上品に笑う。「紛らわしくてごめんなさい」


 外国人が日本語を話すときの、母国語の発音に引っ張られるようなイントネーションがなかったのはそういうことか。クリスさんにはそういう違和感がなかった。


「楽で助かる。俺も英語はまったくできないからな」


「でも学校で勉強しているんでしょう? それじゃダメなの?」


「ああ、俺は不真面目だからな」


 またリエルは控えめに笑った。かなり笑い上戸なようで俺が口を開くだけで笑うんじゃないかと思ってしまう。


「面白い人だね。本当に人付き合い下手なの?」


 俺と付き合いのある人はだいたい反応が二極化する。中林や上秋みたいに俺の性格を反面教師みたいに扱って面白がるか、津原みたいに根本から苦手意識を持つかだ。どちらかといえばリエルは俺を面白がってくれそうなリアクションをしている。


「よくそう言われる」


「モテたりしないの?」


「ありえないな」


 モテるだなんて人生で一番縁遠い単語だろう。中林にも「さなみんが恋愛とか無理でしょ」なんて言われるくらいだし、俺自身も恋愛は興味がない。


「ふふっ。そう? 意外と自分ではわからないものじゃない?」


「じゃあリエルにはわかるか」


 少し困るだろうかと考えて挑発的に返してみる。しかしリエルの返事は早かった。


「全然わからないよ、初対面だしね。でも、あなたは克己さんから言われたり自分で思っていそうなほど人付き合いが下手とは思えないの」


 俺の扱いが上手い人に囲まれただけで自分自身は人間関係を意識しているわけじゃない。だから単純に俺は人の縁に幸運だった。


「自分の功績じゃないって顔。でも人間関係は相対的なものだから、きっとあなたには良い人を導く引力があるんだと思うの」


 リエルは特に顔色変えず、まるで俺の思考を見透かすような言葉だった。


「引力か。難しい話はできないぞ」


「ええ? 義務教育なんでしょう?」


 その言い方はなんとなく義務教育というものを客観視しているようだ。本人に深く聞こうとは思わないが、学校に行っていないのだろうか。


「勉強すれば教科書の一言一句を覚えられるわけじゃない。期末ごとのテストに向けてキーワードごとに暗記するような感じだな。だからテストが終わると重要な部分以外は曖昧になるものだ」


「うんうん、なるほどねぇ」


 何が楽しいのか笑いながら俺の学校の話しをいろいろ聞いてきた。学校全体のこと、教師のこと、クラスメイトやどんな友達がいるか。ほとんどアパートみたいな寮に友達と隣人になって住んでると話すと、興味そそられたようで根掘り葉掘り聞かれた。リエルの止まらない好奇心を止めたのはノックの音だ。


「夜も更けて来た、砂波君はお風呂に入って寝支度をしなさい」


「はい」返事をするとリエルは寂しそうに手を振った。それに合わせて慣れないが手を振る。クリスさんが扉を開けたまま抑えてくれているので、さっさと退室して扉が閉じられるとすぐにクリスさんに話す姿勢にした。


「寝室と風呂場に案内する」


 先導するクリスさんの背中に向かって話しかける。


「リエルは人に慣れているように思えましたが」


 まったくこちらを振り返らずに階段を下りていく。


「疑ってはいません。しかし、友達になってほしいと思うなら教えていただけませんか」


 一階の玄関を正面に見ながら下りきり、Uターンの軌道で玄関から真っ直ぐ延びる廊下を突き当りまで歩いた。


「洗面所と風呂場だ。山ほど聞きたいだろうが、風呂を出てからでも時間はあるだろう」


 クリスさんは引き戸を開けて洗面所に入る。中は壁際に木製の棚が床から天井まで正方形の収納スペースを作っており、着替えやタオルなんかを入れた木の籠をそこに収めていた。腰から上が映る鏡が設置された洗面台もあり、蛇口と水を受ける部分を除いて木目があるというデザインの徹底ぶりだ。


「タオルはここ、着替えはこの作務衣を着ていい。ああ、寒そうに見えるだろうが冬にも着れるのがあって、なかなか快適に過ごせるものだ。脱いだものは洗濯機に入れてくれれば後でやっておく」


「わかりました」棚からクリスさんと同じ物であろう作務衣を広げてみる。和装を着るのは中学の授業であった着付け教室以来だが、これは細い紐を縛るだけで着れそうだ。「お借りします」


 クリスさんは洗面所から出ていき、俺は一人ゆっくりと風呂に入りながら思案を巡らせた。リエルが人に慣れているように思えたのは受け答えがスムーズだったのが一番の理由だが、彼女が頑張って答えていただけという可能性も当然ある。だからあてずっぽうでクリスさんに言ってみただけだったのに訳ありな反応が得られたのは偶然だった。良い偶然だとは思っていないが、これからクリスさんと克己さんから話を聞くうえでピースになることは考えられる。


 浴槽の中でぐっと足を伸ばす。寮の風呂はリフォームで綺麗にされているものの、体育座りのように膝を曲げないと浸かれない狭さなのでここは開放的だ。目を閉じてお湯が体を温める感覚と外の雨の音に集中し、克己さんとクリスさんとリエル。三人のやりとりを思い出していく。小さな疑問や違和感を洗い出していった。

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