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3話

十二月十日 火曜日


 約束の放課後では学校の駐輪場に呼び出されていた。そこで先に来ていた舞と園継先輩に合流し、改めて先輩が確認する。


「これから諌野に家まで案内してもらう。そしてお父さんに話しを伺うわけだ。内容については準備できているな?」


 俺は頷いて舞の方を見た。偶然目が合って、慌てた様子で視線を逸らされる。舞がどれくらい事情を知っているのか、舞の父親と話す内容を理解しているのかについては気にしないようにした。人造人間というフィクションでしか聞かない単語には無口な舞もさすがに反応を示すだろうし、自然な流れで舞の方から会話を始められるだろうという考えだ。口を開いてくれない具体的な理由がわからないうちは、こうやって地道なアプローチをするしかない。


「そうだ、失念していた。諌野は自転車通学だから家まで少し距離があるわけだが……」


 先輩はわかりやすく考え込む素振りをする。だが俺には解決策があった。


「なら上秋に自転車を借りますよ。あいつも寮にいるでしょうし」


 あいつは家でスマートフォンで動画を見たり、何かしらゲームをしているはずだ。土曜日に買い物に行ったばかりだし、すぐに必要にはならないだろう。


「そうか、足があるならいい。すぐに借りられそうか?」


「はい。先輩はどうしますか」


 先輩も徒歩で通学しているから、あと一台用意しないといけない。


「ああ、心配いらない。私は行かないからな」


 なるほど、それなら確かに大丈夫か……とはなるまい。どうして先輩の発案なのに舞と二人にさせられた挙句、面識のない父親と難しくシリアスな会話を強要されなくてはならないのか。俺が事前に用意していた質問なども前提として、先輩からの助け舟があると思ってのものだ。


「あまり諌野の前で言うものではないがな……あの父はどうも苦手なんだ。後日まとめて聞かせてくれ」


 眉間に皺を寄せ、悪感情を隠さないで言ってるあたりよほど苦手意識が強そうだ。


「自分がそう思ってる人に後輩を会わせるのに抵抗はないんですか」


「それは大丈夫、なんといっても砂波だ」


「……俺ならなんだって言うんですか」


「お前は憎まれっ子世に憚ることなく、嫌われつつもちゃんと生きにくい性格だ。今さら頭痛の種が一つ増えても経験にしかならんだろう」


 今まさに頭痛の種といえる事態であり、これを経験と言って受け入れると先輩に都合よく使われているだけなのは推して知るべし事態だ。だからここはリードを繋いででも連れて行きたいところだが、ここ最近関わることが増えてわかってきた。古谷との事件を報告したときにはすぐさま寮まで来てくれた人情味ある先輩であれば、実は本当に何らかの経験を俺に与えようとしてるのではないかと。


「…………」


 舞の心配そうな目が向けられる。そんな風に見られても俺には行くしか選択肢がないわけで、舞を困らせるのは本意ではない。


「わかりましたよ。今は納得しておきます」


 拒否権がない会話は続けても無駄でしかない。さっさと上秋に自転車を借りることにして寮に向かう。校門を出ると早々に先輩は帰ってしまい、話すこともない二人だけ残された。俺は無言が苦痛になる性格ではないので、黙ったまま寮の外付け階段の下に置かれた自転車の調子を確かめる。伸びた雑草を手で払いのけながら後輪のタイヤを指で押すと簡単に沈んだ。まさかと思いながらプロパンガスのボンベの脇に無造作に置いてある空気入れを引っ張り出し、タイヤに空気を注入する。明らかにタイヤから空気が漏れ出る音が聞こえた。


「参ったな、パンクだ」


 舞の動揺は砂利を踏みしめる音で伝わった。困ったことになったが、まずは持ち主である上秋に伝えなくてはいけない。


「悪いな、ちょっと上秋に伝えてくる」


 舞の返事を待たずに早足で階段を駆け上がる。上り切った所にキッチンの窓があるので、玄関まで行かずにそこを叩いた。


「上秋、いるか」


 言い終わる前に部屋の中からガシャンと音が鳴った。足音が近づいて窓が開く。


「なになに!? 砂波?」


 驚かせてしまったようで、目を丸くした上秋が流し台に身を乗り出して登場した。暖房をつけているようで、暖かい空気が流れてくる。


「お前の自転車の後輪パンクしてるぞ」


 伝えた途端に上秋は大口を開けてのけぞった。


「噓だろ……使うの?」


「ああ、舞と自転車で行く所があるんだ」


 面倒を避けるために家に行くことは敢えて伏せた。余計な時間はかけたくない。


「マジで? そんな仲になったのか?」


「先輩の粋な計らいでな」


「ああ……」同情の視線を向けられる。「お疲れ様だ。それでどうするんだ? ニケツしていくのか?」


 冗談だと言うように笑顔で提案してきたが、二人乗りなら問題は解決できる。舞は小柄だから、筋力も体力もない俺でもなんとかなるだろう。


「ん? もしかして、マジでやる気か?」


「マジだ。早く終わらせたい用事でもあるからな」


 空は鮮やかなピンク色から暗く色彩が落ち始めている。


「もう行く」


「おう、こけんなよ」


 舞を少し待たせてしまった。俺は上秋の二の舞を演じないように注意して階段を駆け下り、暇そうにスマートフォンを弄っている舞の所へ戻った。


「使える自転車は舞の物しかない。だから二人乗りで行くぞ」


 舞の正気を疑うような顔を見えなかったことにして、これからお世話になる自転車を確かめる。車体がシルバーで前かごと荷台が付いた普通のシティサイクルだ。


「荷台に座ってくれ。舞一人なら、俺でもなんとかなると思う」


 無理もないが舞も不安がある様子が見て取れた。しかし二の足を踏んでも時間の無駄だ。拒絶の言葉が出ないなら強引に進めよう。舞が足取り鈍く荷台に近づいて、そのアルミ製の荷台が硬そうなことに気付く。俺は学生服の上着を脱いで舞に渡した。


「それを上手く畳んで下に敷いておけば多少楽だろ。襟が硬いだろうが……まあ潰してもいい」


 とにかく考える余地も与えないように急かした。内容の善し悪しで言えば絶対に悪い行動だが、長い話をこれからするし、夜も早い時期だ。ことを上手く進行させるためには鬼にも悪にもなろう。


 スタンドを上げて先に自転車に跨りバランスをとる。舞を見ると性格が出るもので、上着を綺麗に畳んで袖も上手くしまった状態にしていた。それを荷台に置いて、気遣ってくれるようにゆっくりと乗る。小さな手が肩に置かれた感覚で深呼吸をした。


「よし、行くぞ」


 まずは調子を確かめるように手前の電柱まで漕いでみる。


「ん、意外に重いか……」


 思ったことが口を滑り、背中を強く叩かれた。こういうことにちゃんと怒る女の子だったか。


「すまないな……」


 もう一度力むことでなんとか電柱まで到達し、両足を地面につけて俺は一つ舞に提案した。


「なあ、やっぱり舞が乗って俺が後を走って追いかけるのはどうだ。その方が間違いなく安全だ」


 やはり返事はない。しかし肩をしっかり掴んだまま離れず、振り返って聞き直す。


「……二人乗りの方がいいのか」


 俯いて表情を見せず頷かれた。前を向いて遠くの空を見る。そうこうしているうちに青紫の空が近づいて、街灯がぽつぽつと点き始めた。


「わかった。曲がるときはその方向の肩を叩いて教えてくれ」


 もう一度深呼吸する。もちろん進んで危険を犯したいわけじゃない。細心の注意を払うため集中する。


「……行くぞ」


 俺の声で舞は少し握る力を強め、体が俺の背中に預けるように近づいた感覚がある。


 まずは息を吐きながら右足に力を入れてタイヤを動かす。その力に引っ張られ過ぎないように気を付けて左足を動かす。徐々に漕ぐのは楽になるが、意識して速度を抑えているので早足で歩いた方が速そうなペースだった。


 大通りを避けて住宅地を右に左に進む。時折落としすぎた速度は地面を蹴ってまた慣性を働かせる。これは本当にただ走っていた方がマシだったと思えるくらいに疲れる運動だ。後ろに乗っていてもじれったいだろうに、舞が二人乗りを選んだ理由もよく理解できない。いや、これは言い出した人間が疑問を持つべきではないか。


 途中で舞からの指示が迷う三叉路から一発で正解を選び、近くに住んでいそうなおばさんが「青春ねぇ」などとニヤついているのを無視し、散歩中の大型犬にまとわりつかれたのを転ばずに切り抜けてどれだけ漕いだだろうか。時間の感覚も無くなった頃合に両肩にある舞の手が強く握られ、左右交互に叩かれた。今までになかった指示に反射的に停車すると、舞は二階建ての家を指さしている。


「そうか、着いたのか」


 舞は頷き、荷台から降りる。最後に肩にかかった手は迷ったように残され、俺が何か言う前に離された。

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