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第3話 頑張ってる人、好きですよ

 扉が開く。

 その瞬間、空気が変わった。

 柔らかな光。

 ほのかに甘い香り。

 耳に心地よい笑い声。

 思わず、一歩足が止まる。


「……行くぞ」


 ユジーンに軽く背中を押され、ロヒトは中へと足を踏み入れた。

 そこは、まるで別世界だった。

 ダンジョンの湿った空気とは正反対の、温かく整えられた空間。

 人々の表情も、どこか柔らかい。

 場違いだ——そう思った。

 自分の着ている安い装備が、やけに浮いて見える。


「いらっしゃいませ」


 店員に案内され、席に通される。

 ふかふかのソファ。

 落ち着かない。

 姿勢をどうしていいか分からず、背筋が妙に固くなる。


「そんな緊張すんなって」


 向かいに座ったユジーンが笑う。


「無理言うなよ……」


 声が小さくなる。

 逃げ出したい。

 でも、ここまで来てしまった。


「じゃあ、つけるな」


 ユジーンが軽く手を挙げる。

 店員が頷き、奥へと消えていく。

 女の子が出てくるその間、妙に時間が長く感じた。

 心臓の音が、やけに大きい。

 何を話せばいいのかも分からない。

 そもそも、自分なんかと話してくれるのか。

 そんな不安ばかりが浮かぶ。

 そして——


「こんばんは!」


 声が、降ってきた。

 顔を上げる。

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 柔らかな笑み。

 三つ編みのおさげが、肩の前に揺れている。

 派手すぎない。

 でも、不思議と目を引く。


「初めてですよね?」


 優しい声だった。


「あ……はい」


 情けない返事。


「大丈夫ですよ。最初はみんなそんな感じです」


 くすっと笑う。

 その自然さに、少しだけ肩の力が抜けた。

 ユウキは、ロヒトの隣に座る。

 近い。

 思わず、体が強張る。


「私はユウキです。よろしくお願いしますね」


「ロヒト、です……」


「ロヒトさん」


 名前を呼ばれる。

 それだけで、少しだけ現実感が薄れる。

 自分がここにいていいような、そんな錯覚。

 会話は、ゆっくり始まった。


「冒険者さん、ですよね?」


「……一応」


「一応?」


 首を傾げる。

 その仕草が、どこか無防備で。


「……その、最近ちょっと」


 言葉が濁る。

 だが彼女は、急かさなかった。


「うん」


 ただ、続きを待つ。

 それだけだった。

 それが、妙に話しやすくて——


「パーティ、外されて」


 気づけば、口にしていた。


「今、ちょっと……何もしてなくて」


 自嘲気味に笑う。

 こんな話、普通はしない。

 でも、止まらなかった。


「そっか」


 彼女が、静かに頷く。

 否定も、同情もしない。

 ただ受け止める。


「大変でしたね」


 その一言が、やけに染みた。

 軽い言葉のはずなのに。

 胸の奥に、じんわりと広がる。


「……俺、向いてないのかも」


 ぽつりとこぼれる。


「ダンジョンも、冒険者も」


 言ってしまえば、楽だった。

 諦める理由になるから。

 でも——


「そんなことないと思いますよ」


 ユウキは、あっさりと言った。


「え?」


 思わず顔を上げる。

 ユウキは、少しだけ笑っていた。


「だってロヒトさん、ちゃんと潜ってたんですよね?」


「それは……まあ」


「怖いですよね、ダンジョンって」


 その言葉に、少しだけ息が詰まる。


「私、潜ったことないですけど……想像くらいはできます」


 くすっと笑う。

 でも、その目はまっすぐだった。


「それでも行ってたって、すごいと思います」


 ——すごい。

 その言葉が、頭の中で反響する。

 言われたことがなかった。

 一度も。


「頑張ってる人、私好きですよ」


 柔らかく、でもはっきりと。

 そう言った。

 胸の奥に、何かが落ちる。

 ストン、と。

 静かに。

 でも確実に。

 ——ああ。

 と思った。

 また、来たい。

 理由なんて、それで十分だった。


 気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。

 何を話したのか、全部は覚えていない。

 でも、不思議と心は軽かった。

 店を出る。


 夜の空気が、少しだけ冷たい。


「どうだった?」


 ユジーンが、ニヤリと笑う。


「……すごかった」


 正直な感想だった。


「だろ?」


「なんか……あそこ、違うな」


「違うだろ」


 ユジーンは満足そうに頷く。

 ロヒトは、少しだけ空を見上げた。

 王都の光で、星は見えない。

 でも——

 胸の中に、さっきの言葉が残っている。


『頑張ってる人、好きですよ』


 あの声。

 あの笑顔。

 もう一度、見たいと思った。


「……また行きたい」


 ぽつりと呟く。


「じゃあ、稼がないとな」


「……ああ」


 ロヒトは、ゆっくりと拳を握る。

 怖い。

 ダンジョンは、今でも怖い。

 でも——

 理由ができた。

 逃げるためじゃない。

 会いに行くための理由。


「明日、潜るよ」


 自分でも驚くくらい、はっきりと言えた。

 ユジーンが、少しだけ目を細める。


「いい顔してんじゃねぇか」


「……そうかも」


 少しだけ、笑えた気がした。

 夜の街を歩く。

 足取りは、ほんの少しだけ軽い。

 変わったのは、何も状況じゃない。

 弱いまま。

 金もないまま。

 それでも——

 前に進む理由だけが、手に入った。


「あの娘と会うために、俺はダンジョンに潜る」


 その言葉は、まだ小さい。

 でも確かに、ロヒトの中で灯っていた。

 消えない火のように。

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