慣れない日々と孤島の食材 Lv.1(六話)
珍しい素材を取りにサウザーと幸は、駆け上がって来た岩肌をゆっくりと下っていく。
うっすらと霧が世界を包み、冷たい空気がまとわり付く。
岩の隙間に僅かな輝きが一瞬見える。
サウザーは手を伸ばすと小さな水晶を発見した。
彼は何も言わずに水晶を鞄にしまう。そして、さらに先へと進んでいく。
小さな物を拾い集めながらふと、サウザーは話し始めた。
「君がここに来てから、随分、日が経つけど、リトラルでの生活は慣れたかい?」
何気なく話す彼に幸は一瞬、答えに戸惑う。
彼女はただ、サウザーの後を追いかけながら呟く。
「分からない……」
幸はクスッと微笑みながら続けて言う。
「初めてのご飯や色んな事があってよく分からないよ」
楽しい記憶がクラクラする頭の中に浮かぶ。
「貴方の鳥に叩き起こされるのは嫌だけど、初めてこの世界に来てからに比べれば何倍も良くなったよ」
「顔色の悪い時に言われてもね」
チラリと振り返りながらサウザーは嫌味っぽく言った。
「貴方のせいでもあるんだよ。騒音で起こして」
幸は素早く言い返す。
サウザーは痛い所をつかれた様に頭をかいて笑う。
「確かにそうだね……本当にすまない。だが、しんどいなら起こしに行かせない様にはできるのだが」
「それは嫌だ」
幸はキッパリと断った。
「だって、鳥に起こしてもらえるなんてロマンチックじゃない」
「えぇ……」
彼女の考えにサウザーは思わず、驚いしてしまう。
「前から気になっていたんだが、"毎朝起こして"ってパン屋であるまいし、要らないんじゃないか? 別に仕事とか、ゆっくり始めても構わないし、君はそうしなきゃいけない訳もないだろ?」
サウザーは前を歩きながら首を傾げる。
「体が無理をしているのなら、ゆっくり休んでもいいんじゃないか?」
彼の言う事に幸は俯いてしまう。
指を揃えて言いづらいのか、ゆっくりと話し出した。
「その……マチルダさんに、寝る場所とか、ご飯とか、用意してもらっているし……お世話になりっぱなしは……良くない気がして……」
流れ者の自分が居候していると言うのに、何もせず過ごすのは幸にはできない。
少しでも恩を返したいと思ったのだ。
正直に話すと恥ずかしい。
幸は思わず、顔を赤らめる。
サウザーは恥ずかしがる幸に思わず笑ってしまう。
「ちょっと、笑わないでよ!」
「すまない。あぁ、すまない……」
必死に笑いを堪えようとするサウザーだが、本当に謝っているのか怪しい。
ムッとする幸にサウザーは息を整えてから話す。
「まぁ、借りを返すのは悪い事じゃない。でも、そう、焦る必要はないよ。マチルダは別に君の事を不愉快だなんて思った事は一度もないからさ。それどころか、話の分かるやつが来たなんて喜んでいたし」
読書家のマチルダは、時折、読んだ本の内容について話したりする。しかし、サウザーはあまり本が読めない為、彼女の話について行けない。
一方、幸も物語や伝承など、興味を持って聞いてくれるので、マチルダに気に入られている。
「色んな事があってこの国にたどり着いたんだろ? なら、のんびり気長に少しずつ楽しんだらいいよ」
サウザーは前を歩みながら優しく諭す。
「でも、貴方にも……」
彼女がそう言おうと口を開きかけたが、それよりも早くサウザーは遮る。
「僕には必要ない」
キッパリと言い切った。
「君に稼いでもらう程、切羽詰まってないからね」
カラッとした笑いで跳ね除ける。
幸は耳を疑ってしまう。
サウザーは金に目がない。
朝から晩まで依頼をこなし、大きな依頼から人探しなどの細かな依頼まで、選り好みせずにかき集めている。
今でも珍しい素材を見つけては拾ったり、雷鳥に取りに行かせたりしているのだ。
彼の力になれるなら、少しでも返したいと幸は思ってしまう。
彼女の考えが見えているのか、サウザーは足を止めて、いつもより低い声で呟く。
「幸、僕は大丈夫。それにこれは僕が稼がなきゃ行けないから」
言い終わるとサウザーはくるりと向きを変えて、いつもの様に爽やかに笑って見せた。
「確かにお金は欲しいけど、君にせがむ程じゃない。それとこれとは別なんだ。それに金がないから人を助けないなんて紳士のする事ではないね」
長杖を肩に乗せながら言う。
「そんな、ダセー奴、きっと、嫌われちゃうよ……」
聞き漏らしそうなほど小さな声でサウザーは呟く。
一体何のことだろうと思ったのも束の間、サウザーは叫び出す。
「あった!」
突然の事に考え始めていた幸は驚いて肩を跳ねる。
彼は下って行った坂の横を走り出す。
サウザーはより一層白く濃くなる場所にしゃがみ込んだ。
「何を見つけたの?」
サウザーの背後から覗き込む様に見る幸。
彼はニッと笑いながら、体をずらして、彼女に見える様にした。
真っ白な綿毛の様な雲に包まれた植物。
何層にも包まれた葉っぱは水々しく薄暗い霧の中でも青々としていた。
「見てごらん、綿雲キャベツだ」
真っ白に囲まれていたのは幸も知っているキャベツだ。
思わず彼女も声を漏らす。
こんな風に自然に生えているのかと驚いてしまう。
「ただのキャベツじゃないぞ。綿雲キャベツは雲に最も近い場所でしか育たない食材だ。眠れない夜に食べると安らかに眠れる様になる」
今の君にピッタリな食材だろ。
サウザーは顔色の悪い幸を見上げながら言う。
食材がどんな物か幸には正直、よく分からない。だが、彼の気づかいに幸は少しだけ嬉しくなる。
彼女は小さく頷く。
「私も取るの手伝うよ」
そう言って彼の隣にしゃがんで収穫を手伝う事にした。
真っ白な花畑には時折、倒れた枯れ木の様な黒い物体が落ちている。
サウザーによって放たれた雷鳥は、遠くの方でのんびりと花を積む子供を眺めながら、枯れ木の上で羽を休めていた。
何の前触れもなく、雷鳥がシャボン玉の様に弾ける。
サウザーたちはまだ、気づいていない。
この孤島に住む魔物の存在を。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
お茶目だったり、義理を気にしちゃったりと、体調不良でも元気そうにやっていて少し安心しました。
僕も鳥の鳴き声で目を覚ます日々を送ってみたいです。欲を言えばそのあとゆっくり好きな事が出来るような日々をですが。この孤島にはサウザーたちの他に何かがいるみたいです。




