黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4(九話)
大きな存在に耐えきれなくなった洞窟は崩壊を始める。
脆い部分から砕け、ドミノ倒しの様に洞窟内部が流れる様に崩れていく。
そんな事、いざ知らず、サラは洞窟から抜け出す事ができた。
ルイを取り込んだ彼女はもはや、一人の存在ではない。
彼女の背中に覆い被さる様にルイの様な何かが心細い彼女を包んでくれる。
「ルーイ、私たちの愛はショウメイされた。あなたは約束をマモリ、私は待ち続けた」
アレが言っていた通りに成し遂げたのだ。
肩に触れる優しい手の冷たさを感じながらサラは言う。
白昼夢の様に朦朧とする意識の中でぼんやりと浮かぶ道化師の様な影。
ハッキリと思い出せない。ただ、彼女のおかげで愛のすばらしさを体感できた。
今思えば、愛を運ぶ天使だったのかもしれない。
「あぁ、なんて、スバレらしいのかしら? こんなキモちハジめて」
熱く焦がす様な思いが胸いっぱいに広がる。
この感覚にサラはこの上ない喜びを感じる。
「あぁ、そうだわ。このキモちをみんなに分かち合いましょう。私たちと一つになればみんなリカイできる」
白いベールの下で引き裂かれた口がクスクスと笑う。
サラはゆっくりと丘を登り、街を見下ろせる場所まで向かっていった。
真っ暗な暗闇の中で僅かに見える街の灯火。
もう時期大きなお祭りサグラが行われる。
あそこに向かえば、多くの人々がいるに違いない。
彼らにこの素晴らしさを届けるにはいい機会になる。
昂る胸をルイと共に抑えながら、サラは心待ちにしていた。
「やめてください!」
遠くの方からサラを呼び止める、煩わしい声がする。
見るとレストランに先にいた小娘が目の前に立っていた。
跳ねた前髪に鋭い目つき。
腕から先は真っ黒な夜の様な大きな羽を生やしていた。
息を切らしていた彼女は急いで後を追って来たのかもしれない。
「あなたは……あぁ、サチとか言ってたわね」
ルイの記憶から名前を知ったサラは心底、不愉快に思ってしまう。
人の男に手を出した害鳥だ。しかし、だからと言って、突き放すつもりはなかった。
「あなたの事はキにイりません。でも、愛にウえているのでしょ? だから、ウバおうとした。私たちと一つになれば、世界はスバラらしく見えます!」
肩に触れるルイの手と共にサラは真っ暗な世界で両手を広げる。
幸はしばらくの間、感銘を受けていたのか、何も話さなかった。やがて、俯きながら鋭い目でこちらを睨む。
「あなたは間違ってる……」
「ナンですって……?」
せっかくの提案を無碍にして、無礼な小娘は続けて言った。
「あなたが何を言っているのか分からない。でも、間違った事をしようとしている。そんなの良くない。もう辞めましょう」
「ナニがマチガっていると言うの」
いきなり現れたうえに図々しくも物を言う小娘にサラはカンカンに怒る。
握りしめていた鎖のブーケを振り回した。
地面を砕き、森を薙ぎ倒す。
幸は暗闇の中、神経を逆立て攻撃を交わす。 避けられているのは奇跡だ。
苦悶の表情でサラを見ていた。
(どうしたらいいの? 彼女を止めるには、なんて声をかければよかったの?)
急いで追いかけて来た幸は、慌ててサラを呼び止めてしまう。
間違っていると言ってしまった。しかし、これでは相手を怒らせるだけで、なんの解決策にもならない。後になって気づいてしまう。
もっといい止め方があったかもしれないと後悔しつつ、幸は暴走するサラを止めようと動いた。
彼女の周りを飛び回り、飛んでくる鎖を交わす。
大きく弧を描いて振り回される鎖はサラの周りを通っていく。
「アレ、アレアレ?」
気づいた時にはブーケの鎖はサラ自身を絡めとり、身動きが取れない様になっていた。
「このクソガキ! ナンしやがるんだ」
ベールの下から大きな口を開けて叫ぶ。
「お前なんて、一生孤独にクらしていろ。いや、ツブス。今、ここで、ツブス、ツブス」
ドンドンと絡まる鎖を振り払おうとした。しかし、余計に身動きが取れなくなる。
遂にはバタンと転んでしまった。
倒れたサラは弱々しく呟く。
「あぁ、イタイ、イタイ……」
幸にはサラの一つひとつの言動がいたたまれない様に思えた。
彼女とは共に過ごした時間など殆どない。しかし、見るに耐えない姿に幸はこれ以上見ていられなかった。
「かくなる上は……」
幸は人生で初めての覚悟を決める。
誰かが止めてあげなければ、きっと、多くの被害が出てしまう。
鳥の様に鋭い足を膝の高さまで持ち上げる。
今の自分なら本気で踏み潰す事ができるはずだ。
幸は怪物となったサラの顔目掛けて足を振り下ろそうとした。刹那、静かに咽び泣く声が耳に入ってしまう。
「うぅ、サビしいよ……ルイ、ルイ、ドコ?」
彼の名を呼ぶ、サラに幸はどうしようもない思いに揺るがされる。
自分自身も今、何が起きているのか、ハッキリと分からないのだ。
ならば、怪物となってしまった彼女はもっと分からないに違いない。
寸前の所で勢いが止まってしまった足では彼女を楽にさせる事はできない。
「ッ……」
苦悶の表情を浮かべる幸だった。それでも、やらなければ、どうなるか分からない。
彼女はもう一度、足を振り上げようとした。
突如、脇腹に強い衝撃が走る。
「……ぶは!」
幸は大きく転げてしまう。
「アヒャヒャヒャ! 仕上がった怪物をそう簡単に終わらせるなんて、させねぇよ!」
見ると先程、蹴り倒したはずのコウモリ男が、幸のお腹を踏みつけている。
奴はゆっくりと力を入れて圧迫させていく。
「うぅ……」
幸は慌ててどかそうとする。しかし、びくともしない。
「鬱陶しいわ!」
ドンッとコウモリ男は内臓を潰す勢いで踏み直した。
あまりの痛さに幸はお腹を抑えて体を丸めてしまう。
「アヒャ、アヒャヒャ、どうだ! どうだ、見たか! 俺はすごいんだ。メリーヌ様の最高傑作のこの俺が、作品を守って見せる」
あからかに叫ぶコウモリ男。
「このまま港まで行って俺の事を見向きもしなかった連中に目に物見してやる!」
コウモリ男はサラの鎖を取り除く。
奴らはゆっくりと丘を降り、港街へ向かおうとした。
このままではまずいと幸は動こうとする。しかし、コウモリ男の一撃に体が言う事を効かない。
幸は足首を掴まれながら、引きずられて行く。
(あぁ、離せ! くそくそ、なんとかしなきゃなのに)
どうにも出来ない歯痒さが蕁麻疹の様に体を蝕む。
幸はただ、唇を噛み締めて涙を流す事しか出来ない。その時、風を抉る様な重く鋭い音と共にキラリと暗闇の中で何かが見えた。
次の瞬間、丘を降り始めていたサラの体に大きな風穴が三つ開く。
「ヤアア!」
「なんだ⁉︎」
驚くコウモリ男は身を屈める。
続けて飛んでくる投石を交わす。しかし、硬い塊が来ると予想していたコウモリ男。だが、飛んで来た物はコウモリ男の周りで鋭く尖った破片に弾け飛ぶ。
「ウヲォォ!」
情けない声を上げながら怪物たちは悶絶する。
「残念だけど」
闇の中に隠れていたマチルダが丸い眼鏡をクイッと持ち上げながら呟く。
「あなた達はここでお終いよ」
細い杖を摘んでいたマチルダはふわりと揺らし呪文を唱える。
「煌めく可能性は未来へと道標。期待の彼方は遥か天の空へ」
闇を照らす一瞬の光は一直線にコウモリ男とサラを貫いた。
ようやく追いついたマチルダは暗闇に乗じて一撃を狙っていたのだ。
「本当は幸ちゃんと連携したかったけど、私が遅れてしまったせいで……苦しい役回りをさせてごめんなさい」
二体の怪物を倒したマチルダは小さな光を照らしながら怪我をした幸の元へ向かう。
吐血して朦朧とする幸だったが、マチルダの姿がハッキリと見えて安堵した。
彼女は小さく首を振って来てくれた事を喜んだ。
「ううん、来てくれて嬉しいです……」
涙を流しながら言う。
安心し切った様子にマチルダもホッと胸を撫で下ろす。
いくら祝福の力の恩恵で体が丈夫とはいえ、無茶ばかりされては困る。
数日は嫌でも休んでもらう。
今後の事を考えるマチルダだったが、巨大な存在が背後で起き上がる事に気づいていない。
目を見開いて驚く幸に、マチルダはようやく異変に気付いて振り返る。だが、その時にはすでに遅かった。
大きな腕がマチルダの首を掴み上げる。
「マチルダさん!」
動けずにいる幸は掠れた声で叫ぶ。
大きな腕は細長く伸びて鎖に縛りで繋がれていた。
頭の割れ目からゆらりとゆれる煙はベールの様に顔を隠し、引き攣った笑みが僅かに見える。
白い衣装は泥と血に塗れて汚れ果てていた。
背中からは小さな男の上半身がそっと包み込む様に彼女に寄り添う。
怪物となったサラはまだ、死んでいなかった。
「痛い! 許さない!」
伸びる腕は、今すぐにでもマチルダを握り潰してしまいそうだ。しかし、マチルダの魔法によってえぐられた傷は完全に癒えていなかった。
幸運にもマチルダが果物の様に潰されずに済む。しかし、少しずつ治る怪物の腕は締め付ける力を増す。
彼女は追い込まれていく。
「ユルさない、私たちの愛を邪魔するなんて、このクソアマがァァ!」
激昂するサラは大きな口を開いてマチルダを丸呑みにしようとした。
噛み潰して終わらせようとしたのだ。
「や……めて……」
動けない幸は必死に腕を伸ばす。
急いで止めなければ、取り返しのつかない事になってしまう。
絶対絶命の最中、マチルダは一人ニヒルな微笑みを浮かべる。
「ふっ……」
たった一言、息をついた。それだけで、一瞬にして場が凍りつく。
「あえ?」
死を前にして微笑むマチルダにサラは首を傾げてしまう。
不思議がる彼女にマチルダは淡々と謝った。
「ごめんなさい。あんまりにも……あんまりにも、安っぽい愛でいたたまれなかったの」
マチルダの言葉にサラは一瞬呆然とする。やがて、馬鹿にされている事に気づく。
歪な微笑みは怒りの顔へと変わっていった。
「はぁぁ? 何が安っぽいですって! 愛の一つも知らないババアが何言ってんだ」
「ガラガラ声で叫ばれても聞こえないわ〜」
死を前にしても、愉快げにマチルダは笑う。
その時、遠くの山の隙間から薄らと光が溢れ出す。
暗闇に浮かぶ小さな溢れ日にサラは目を背けて怒鳴る。
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ、私たちの愛はヒテイされない。私たちの愛はサイコウなの、私たちの愛は永久不滅なのよぉぉぉ!」
取り乱すサラに対してマチルダは落ち着いて話す。
「ねぇ、知ってる? この夕暮れの最後の最後に見える景色の名前」
哀れにも怪物になってしまった者に引導を渡すため、マチルダは天高く杖を掲げた。
「薄明……それが、私たちが見る。最後の景色よ」
マチルダの杖にたった一つのダイアモンドが生み出される。
遠くの方に消えていくほんの小さな光はダイヤモンドの中に吸い込まれていく。
中では何千、何万と輝きを繰り返す。
一瞬にして眩い光が辺り一面を照らす。
サラとマチルダの周りには無数の宝石が空中に固定されていた。
眩く輝く宝石はまるで星をなぞる様に光線を次の宝石へ繋いでいく。無数の宝石は最後、中心にいたサラの元へと集まっていった。
「この光は不滅の愛すら、燃やし尽くす」
燃える様に刺さる光は細長い彼女の腕を切り落とし、一瞬で怪物の全身を焼き尽くしていく。
サラの腕からこぼされたマチルダは地面に着地する。
彼女は倒れない様に必死に堪えながら、チリとなっていく怪物になってしまった哀れな女性の最後を見届けるのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
あんな化け物降りてきたら溜まったもんじゃないですね。
幸とアウリスのおかげで何とか食い止められました。アウリスの魔法は様々な魔法宝石を作り出す事で、状況に応じて適したものを作ります。ただ、時間が掛かるのと細かく考えすぎても勿体ないのでぶん投げる事をよくします。最強は物理ですよ。兄貴、姉貴
「リトラルの鳥使い」面白かったらぜひ、ブックマーク高評価をお願いします。
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