黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4(八話)
洞窟の中にある深い谷沿いに訪れたマチルダたちは、悍ましい怪物を目撃してしまう。
不自然に大きく伸びた背中は丸くなり、ヒレの様な棘を生やしている。
長い手は壊れた木材の手枷を握りしめて、落ちない様に鎖を巻きつけていた。
白いワンピースを着たソレは赤黒く汚している。
麻布を頭巾の様に被っており、おでこにうっすらと横線の様なヒビがある。
そこから隙間が見えていた。隙間からは僅かな煙が噴き出してベールの様に顔を隠している。
歪に醜くい姿は不思議とウエディングドレスを着た、花嫁に思えてしまう。
「あーお帰りなさい! 待っていたよ」
怪物を前に唖然としていた三人にそこ抜けて明るい声が呼びかける。
見ると人型のコウモリの上に乗りながら手を振るデセールがいた。
ピンクと水色の交互に並んだ髪を揺らして、ルイの帰りを喜んだ。
「ルイさん、随分、遅かったですね。それでも良かった……必ず戻ってくると信じていたみたいです」
デセールはクスリと微笑みを浮かべる。しかし、真っ黒な大きな瞳からは何も感じられない。
「でも……他の女を連れてくるなんて頂けませんよ」
口元に二本の人差し指を交差させて言う。
次の瞬間、怪物が叫び出した。
「ノモギワウ!」
大きな叫び声にマチルダと幸は耳を塞いでしまう。
突風が巻き起こる。
視界が一瞬、奪われた。
再び目を開くと怪物は先ほどの場所から姿を消している。代わりにゴリゴリと固い物が砕かれる音が背後から耳にこびり付く様に聞こえる。
振り返ると先ほどの怪物が真後ろに回り込んで、ルイの肉を鎖に巻き付けながらしゃぶって、噛み砕いていた。
「酷いですよね。献身的に待っていたサラさんがいるのに他の女を連れ回しているなんて、最低な男ですね。死んで当然です」
ケラケラと笑うデセールにマチルダは思わず、ゾッとする。
そんなはずはない。
あり得るはずがない。
否定する感情とは裏腹に繋ぎ合わせ様と思考が巡る。
考えるだけで吐き気がしそうだ。
「まさか……」
マチルダは目の前の怪物とデセールを交互に見つめる。
「サラさんなの?」
ルイだった肉塊を食べる怪物の代わりにデセールは本当に楽しそうに話す。
「ピンポン、ピンポーン! はい、真実の愛を体現したサラさんでーす! 見てくださいよ。あの美しく長い腕に巻き付いた砕けないブーケ。少し小さいけど白いドレスにベールまで被っている。誰がどう見ても花嫁衣装です」
愉快気に話すデセールを見ていたマチルダは力強く杖を握りしめた。
(本気で言っているのだとしたら)
次の瞬間、彼女は杖先から弾ける様にエメラルドを打ち出す。続けて、トパーズ、ルビーと落ちだした。
「ひぇっ!」
デセールの顔を掠める。彼女は真っ逆様に地面へ落っこちる。
「うわぁ! メリーヌ様、暴れないで下さい」
空を飛んでいたコウモリ男はよろめいて、下に落ちたデセールに文句を投げかけた。
「本気で言っているのなら」
マチルダは丸い眼鏡を押し上げて言う。
「あなた達は相当なドグサレね」
彼女の言葉と同時に黒い翼が舞い上がる。
浮き上がる様に鳥の鋭い三番の爪を伸ばした足がコウモリ男を蹴飛ばそうとした。だが、コウモリ男は軽々しくヒョイっと宙返りを決めると仕掛けてきた幸を叩き落とす。
地面に不時着する幸。
マチルダはちらりと周囲を見渡す。
サラだった怪物は未だ食事をしている。
(あまり良くないわね。サラさん……と言っていいのか怪しいけれども、アレが食事をしている間は人数的には問題ないの。でも、食事を終えてこちらに襲い掛かってきたら、間違えなく積みね)
このままでは状況が不利だと判断した。
マチルダは幸の元へ近づき、耳元で囁いた。
「このままじゃ不利よ。闇に紛れて一度引きましょう」
幸はこくりと頷いて立ち上がる。
二人は走り出して、暗い洞窟の奥へと逃げ込んでいく。
「へへ、暗闇に逃げるなんて都合がいい。お前達、闇の中なんて、何にも見ちゃいないだろ?」
引き攣った笑いを響かせてコウモリ男が後を追う。
奴は鋭い爪を掻き立てて、逃げ惑うマチルダの背中を引っ掻く。
「うっ!」
鋭い痛みが走る。逃げていたマチルダは転んでしまう。
振り返っても、コウモリ男の姿は見えない。
「うひゃひゃ、もっともっと苦しめ。恐怖に飲まれた女の血肉は最高なんだぜ」
下品な相手に叫ぶものなどない。
マチルダは痛みを噛み殺して幸と共に岩陰に隠れた。
「そんな所に隠れても丸見えだ! うひゃひゃひゃ」
「マチルダさん、相手は暗闇でも目が効く様です。ここに隠れた事もバレています。もっと奥に隠れましょう」
傷を心配する幸は慌てて話す。
「ええ……」
マチルダは落ち着いて答えた。
杖を握りしめて、彼女はニコリと幸を見て笑って見せる。
その瞳は強かに燃えていた。
布を広げる様な風切り音と共にコウモリ男は頭上に飛び上がり、上から仕掛けて来ようとした。
「逆よ、幸ちゃん……」
マチルダはそっと幸の目を手で覆い被せる。
「え……?」
普段通り落ち着いた様子で言った。
「見せるの。私たちがどこに居るのかハッキリと見せてあげるのよ!」
彼女の言葉と共に杖先の先に着いたサンストーンが光出す。
太陽よりも眩しく、鋭い宝石の輝きが、一瞬でコウモリ男の暗闇に慣れた目を奪った。
「うぎゃぁぁぁ!」
眩い光に奴は驚き、大きくのけぞる。
「今よ!」
マチルダの合図に幸は遅れる事なく飛び出した。
一瞬でコウモリ男と同じ高さまで羽ばたいた幸は、ぐるりと体を縦に回す。
鋭く伸びた足爪でコウモリ男を叩き切る。
叩き落とされたコウモリ男は地面に押し潰されて気を失う。
「やった」
幸が安堵した。直後、マチルダの生み出したサンストーンは限界を迎えて砕け散る。洞窟にさらなる闇を招いた。
震わせる雄叫びが轟く。
コウモリ男を倒した彼女たちに間髪入れずに落石が襲い掛かる。
あまりの揺れに二人は立つのも、避けるのも、やっとだった。
サラだった怪物がルイを食べてしまったのだ。食事を終えた彼女は呻く様な鼻歌を響かせてゆっくりと風が吹く方へ歩いていく。
「追ってはこないのね……」
離れていく事にマチルダは安心してしまう。
「マチルダさん! 彼女、風上の方へ向かってます」
慌てる幸にマチルダは一瞬、選択が揺らぐ。
だが、すぐに小さく頷いた。
「えぇ、そうね。このまま野放しにはしておけないわね」
二人は急いで怪物の後を追いかける。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
囚われのお姫様を助けに戻って来たら怪物にされていた。
そんな話ってどのくらいあったりするんですよか?
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