黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4(六話)
ルイを失った悲しみにサラは耐えられなかった。
今すぐにでも、飛び降りて後を追うべきだ。
追うべきはずなのに、腰が抜けて動く事ができない。
泣けど、泣けど、変わらない現実にサラはいつしか、疲れてしまった。
真っ暗な闇の世界に波紋の様な模様が見え始める。
一体、どれだけ、時間が経ったのかわからなかった。
サラはずっと待ち続ける。
ルイは約束してくれたのだ。
「必ず迎えに行く」
彼の声は今も引き裂かれた胸の内から聞こえてくる。
「うん、待ってる。私……ずっと、待ってるわ。だって、愛してるもの」
愛する彼が嘘をつくはずがない。
お姫様は王子様が迎えに来るまで辛抱強く待たなければならないのだ。
「うん、待ってる……待つよ。私」
何度も繰り返す様に彼女は呟いた。
こんな事をしても彼が二度と戻って来ないと分かっているのに。
認めたくないのだ。
あの時、もし、彼に手を差し伸べていたのならば、結末は違っていたのだろう。
頭の中で繰り返される悲劇にサラはぼんやりと眺め続けていた。
手枷をつけられた腕で、彼を引き上げられたのか、あるいは、共に手を繋いで落ちる事ができたのだろうか。
どちらにしても、幸せだったに違いない。
再び、燃える様に苦しくなる。
ここはずっと寂しくて、冷たい。
ぼんやりとする意識の中で、足元を見ていると小さな鍵が落ちている事に気づく。
「え……」
一体、いつから落ちていたのか。
サラは恐る恐る鍵を拾い上げてみる。
もしやと思い、手枷の鍵穴に差し込んで見た。
カチッ、外れる音が虚しくこだまする。
煩わしかった手枷は口を開けて、サラを離してくれた。
彼女は顔を上げて、ルイが向かって来た方を見る。
道は未だ消えておらず、川の中に浮かぶ蓮の葉の様に淡々と続いていた。
「あれ……これなら、私でも渡っていける」
谷の上に出来た道は、足を滑らしたら危険だ。しかし、足を滑らす程の過酷な道だとは到底思えなかった。
「ルイはここから落ちたのよね?」
だと言うのに彼は危険を顧みず、一つずつ足場を乗り継いでいたのだ。
助走を着けて飛んでくる必要はない。
これならば、一人で逃げる事が出来る。
沈み切った彼女の心が再び、浮かび上がろうとした。
立ち上がり、逃げてしまおうと思ったのだ。しかし、サラはピタリと動きを止める。
彼女はもう一度座り直した。
外れかけていた手枷を手首にしっかりと噛ませる。
カチッと嵌める音が鳴った。
外れない事を確認するとサラは手にしていた鍵を谷底に手放す。
虚しく響く風の音と共に鍵は二度と手に入らない場所へと向かった。
「ルイは迎えに行くって言ってくれたの。私だけ生き残っても生きて行く意味なんてない……だから、待つ。信じて待ち続けるね」
サラは離れてしまったルイに向けて誓う。
いつまでも耐えられる様にサラは丸く蹲る事にした。
(あぁ、あれからどれ程の時間が過ぎたのだろう)
顔を埋めるサラは心の中で呟く。
真っ暗な中、独りぼっちの彼女は延々と自分に尋ねるばかりだった。
サラの前に何かが差し出される。
クリーミーで香ばしい香りがした。
顔を上げると楕円のお皿の上に蛆の湧いたグラタンが置かれていたのだ。
「え?」
見るとデセールが大きな瞳でこちらを見つめている。
「いつまでも一人で耐えるのは苦しいですよね。これはあたしからのお気持ちです」
大きな瞳は真っ黒に揺らいで、憐れむ様にサラを見つめていた。
サラには到底、理解ができない。
なぜなら、こうなってしまった原因は全て、目の前の料理人の仕業なのだ。
そもそも、この少女を料理人と呼んで良いものか怪しい。
普通、人にウジの湧いた料理を進めるのだろうか。
悪魔だ。だが、不思議と寄り添ってくれるデセールにサラは心を奪われてしまう。
昔から自分の側にいてくれた様な気がしたのだ。
彼女の大きな瞳はまるで寝室に飾られた丸い鏡の様だ。
そこに映るサラはあまりにも醜く悲しみと絶望の泥に塗れて見えた。
「サラさん、あなたの心を満たす為に作りました」
差し出された料理をサラはもう一度だけ見る。
嫌気など感じられない。
サクサクと焦げ目の付いた、熱々の青かびが生えたチーズの上をウジは踊っている。
フォークで掬い上げると鼻を刺すような香りに粘り強いソースがうねうねと動くマカロニに絡みついていた。
あぁ、なんて、美味しそうなんでしょう。
サラは試しに一口頬張る。
ひんやりとしたマカロニグラタンはサラの口からホクホクと白い煙を漂わせた。
暗く寂しい洞窟に取り残された彼女にはこれ以上ない温かい食事だ。
心の芯まで温まっていく。
「あぁ、美味しいよ。ルイ、あなたもグラタンが好きだったわよね。あなたにも食べてみて欲しかったわ」
グラタンを食べながらサラはルイの事を思ってしまう。
「私、信じてます。あなたがいつか、戻ってくる事を……」
彼女はゆっくりとデセールの瞳を覗き込む。
そこには花嫁衣装に身を包む自分の姿が映っていた。
ベールを被り、ブーケを握りしめている。
花婿をいつまでも待ち続けて、明るい未来に期待を浮かべている。
そう、それが今の姿だ。
いつまでだって待ち続ける事ができる。
「なぜなら、私はあなたを愛していますから」
待ち続けるサラは凍りつくような熱いグラタンを食べながら、愛しき彼を待ち続けた。
自身が哀れもない姿に変貌していく事にすら気づかずにいる。
サラの笑みは実に歪に変わってしまう。だが、確かに穏やかな微笑みだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
ルビーの商人はロトンドさんとは違いのっぽな姿で鼻が高く尖っていた。昔から交友があった二人は互いを見下しあっている。特にルビーの商人はロトンドの事を女も出来ない薄ノロとまで思っていたのだ。しかし、彼の元に行くと目を疑う光景に出会う。
何と魅力的なマゼンタ色の髪の女性と金髪の仮面の女性を両脇に抱えて迎えに来たのだ。両手に抱えるどころか売れ合う事のなかったルビーの商人は深い敗北感を味わうのだった。
魅力的な料理が出ていたはずなのに気づけば悍ましい料理が出ていましたね。しかし、サラは不思議と虜になってしまった様です。
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