黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4(四話)
話しているうちに出来上がった料理をデセールが運んできた。
「お待たせしました。綿雲キャベツのマリネになります」
平たいお皿が置かれた。次の瞬間、ふわりと漂う柑橘類の香り。
レモンとオレンジである。
二種類の香りがある事が分かりやすく、ここまでの道中の暑さを忘れさせてくれた。
柑橘類に浸された千切りのキャベツはハムとかいわれ大根の様な糸状の野菜が、パスタの様に絡められて丸められている。
パラパラと黒胡椒が振り掛けられていた。
ついでにお皿の端にオレンジ色の小さな花も飾られていた。
ただのサラダにこれ程美しく、シンプルにまとめられて出されている事に、幸は驚く。
「素敵……こんな綺麗に盛られたサラダ初めて見ました」
驚く彼女にデセールはニコニコと微笑みながら答える。
「そうですか、ありがとうございます。あたし、本当はデザートが一番得意な料理なの。だから、飾り付けには自信があるんです。さぁ、さぁ、召し上がれ」
話を聞いていた彼女たちにデセールは手短に話を切り上げて、ゆっくり食べられる様に下がった。
「それじゃあ、いただこっか」
「はい、いただきます」
二人はフォークで掬い上げるとゆっくりと食事を楽しむ。
口に含むとレモンとオレンジの酸味に胡椒の辛さが程よく効いてくる。
何も食べていなかった舌先が驚き目を覚ました。
ひんやりと冷たくて食べやすい。
「ん〜美味しいです」
これはいくらでも食べられそうだと幸は思ってしまう。しかし、気がつくとあっという間に食べ終えてしまっていた。
僅かに残った汁すら美味しそうに名残惜しくなる。
物寂しくなった。その時、デセールが再び現れた。
「お待たせしました。お次はスープ、三日月クラゲの海鮮コンソメスープになります。三日月クラゲは元々、幻惑作用の毒がありますが、実は蒸発しない様に程よい温度で煮込むとしっかり毒抜きができる様になっております」
次に出て来たのはお皿の上に綺麗に浮かぶ三日月のスープだった。
「白い?」
掬い上げたスープは白く濁りなどない。
「はい、こちらのスープ。ユニコーンの角や白夜リンゴを擦り合わせております。通常のコンソメに比べて色が白いのが特徴なんですよ」
デセールは楽しそうに料理に使った食材の話をしてくれた。
残念ながら幸にはどんな食材なのかさっぱり分からない。それでも、不思議と楽しかった。
「マチルダさんはさっきの解説分かりましたか?」
デセールが下がると幸は思わず聞いてしまう。
聡明な彼女ならもしかすると知っていたのかもしれない。しかし、マチルダも口を閉じながら首を振る。
「私も、初めて聞いたわ。いつも、コンソメスープとか、作るのだけれど……」
クスッと楽しそうに話す。
「知っている様で知らない料理やまだ見ぬ食材の話は聞いていて楽しいわよね」
彼女の言葉に幸はつられて笑ってしまう。
確かに、と思ったのだ。
楽しい食事をしていた彼女たちは次に来る魚料理を心待ちにしていた。
「お待たせしました。人魚のポワレです」
デセールが芸術作品の一つの様に魚料理が運ばれてくる。
真っ白なお皿に鱗がたった白身魚。
ほんのり白いソースが被せられて、その上にハーブが軽く添えられていた。
ナイフで切り分けて行くと皮が割れて心地よい音が響く。
美味しそうな白いソースをたっぷりと絡めながら口に運ぼうとした。しかし、突如、体に異変が起こる。
言いようのない吐き気が込み上げて来た。
美しく飾られた料理が気味の悪いものに思えて、到底、食べられそうにない。
高熱を出した時の様に冷や汗が吹き出し、幸は慌ててフォークを手放す。
「……」
嵐の様に突然現れた吐き気は消え去り、何事もなかったかの様に遠のいていく。外では鳥が鳴いている。
心臓は今も慌ただしく動いていた。
(なに……今の……?)
奇妙な出来事に幸は驚く。
先程食べた料理が原因なのだろうか。だが、そうだとしたら急に治ったのはおかしい。
肩で呼吸をしながら漠然とする。
「マチルダさん……すみません、今……」
幸は今、起こった事をそのまま、マチルダに話そうと顔を上げる。
同じ様に食事をしていたはずのカップルの席で皿が落ちる音が響く。
幸は慌てて、見るとテーブルにうつ伏せになって倒れるカップルの姿が見えた。
地面に落ちたお皿は乗っていたスープをばら撒き、粉々に砕けてしまう。
「え?」
清楚で落ち着きある小さなレストランで何が起きたか分からない。
幸は目を丸くする。
澄み切った店内は、気づけば淀み悪臭が漂っている様な気がした。
幸は思わず口を覆う。
何一つ理解できない中、彼女は慌ててマチルダに尋ねようとする。
「マチルダさん、大変です!」
急いで彼女の方を見た。しかし、マチルダの原因不明の症状に苦しんでいた。
「幸ちゃん……ごめん、しくじ……」
ドサッと床に倒れ込む。
「に、げ……」
手を必死に伸ばして幸に何かを伝えようとする。
何が何だか分からずにいる幸は慌てて、マチルダの手を握ろうとした。だが、体の言う事が聞かない。
床に倒れてしまう。
「あれれ? まだ、起きていたんですか?」
頭を抑えていると厨房からデセールが気の抜けた声を出しながら姿を見せる。
「てっきり、もう気を失ったのかと思いました」
「あなた……何をしたの?」
朦朧としてくる意識の中で幸は睨む。
デセールは実に楽しそうにクスクスと微笑みながら話す。
「安心して下さい。悪い様にはしないので、皆さんにはこれからもーっと美味しい食事をご案内させて頂きます」
大きく、くりっとした目玉で覗き込みながらデセールは、幸の意識が遠のいて行くのを静かに見守る。
「あなた、なに……って」
幸の意識もとうとう事切れてしまい、地面に倒れ込んでしまう。
深い、深い、深海の底に沈む様な眠りに幸は誘われて行くのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
ロトンドさんの依頼は主に荷物運び、仕入れた果実を区画ごとに仕分けをする作業です。仮面の女性は息を上げているみたいですね。慣れない力作業に仮面のせいかもしれません。これにはサウザーも呆れてしまう。おや、ロトンドさんの元になにやら手紙が届いたみたいです。
デセールの出す料理はとても、面白いですよね。パティシエなので盛り付けがセンスを感じる。
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