黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4(一話)
鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けながら、幸はマチルダの後をついて行く。
くねりと美しい曲線を描く背中。
藍色のふんわりとしたショートヘアの女性が頬を伝う汗を拭った。
彼女の背中に幸はいつも惹かれてしまう。
小さな川のせせらぎがすぐそばから聞こえてくる。
(本当にこんな所にあるのだろうか?)
訝しげながらも進む彼女たちはある場所を探していた。
「幸ちゃん、見つけたわ……」
不意に前を歩いていたマチルダが足を止めて呟く。
幸はマチルダの背後から覗き込んだ。
溢れ日が広がり暖かな日差しが眩しい。
目が慣れてくる。
生い茂る草の途中から浮かび上がった白い道が見える。
その先に小さな建物があった。
白い壁と黒い木材で作られた建物。
その隣では小川の力で回る水車が着いる。
建物には小さな看板が掛けられているが、掠れて読む事が出来ない。
なんともメルヘンチックな建物に幸は心が引かれてしまう。
まるで、おとぎ話の小屋の様だ。
「素敵なお店ですね……本当にここが例のレストランなんですか?」
素敵な場所にあると言うのにあらぬ噂が漂っている。
そんなはずが無いと幸は思いたかった。
「悩んでいても、仕方ない」
信じられないと思う幸を横にマチルダは、優しく言う。
彼女は迷う事なく店の中へ入っていくのだった。
幸たちが森のレストランへ訪れる事になったのは今から三時間ほど前の事だ。
食の国リトラルの港街に建てられたランサン郵便協会リトラル支部で、事のきっかけが起こる。
皮のソファーと年代物のテーブル。そして、本棚が一つ置かれた個室には重苦しい空気が漂っていた。
ソファーに座るマチルダと幸は静かに様子を見守る。
サウザーは二人の後ろで同じ様に構えていた。
視線の先には黄金の髪に、絹の白いドレスを見に纏った女性が静かに紅茶を嗜んでいる。
彼女はドラード家の主人ビナス・ドラード。
食の国リトラルで大きな権力を持つ一族の一人であり、ランサン郵便協会のお得意様である。
彼女は穏やかに紅茶を楽しんでいた。やがて、重々しいため息と共に紅茶を置いて話し始める。
「さて、支部長さん。先日の突然のご依頼、即時解決頂き、ありがとうございます」
クスッと口元が微笑んでいるが、その瞳は決して笑っていなかった。
侮蔑と軽蔑の入り交じった視線は、刃先の様に鋭く尖り、マチルダに向けられている。
「報酬の方はすでに支払わせて頂きましたが、二、三点、気になる事がございますの」
「はい、なんでしょうか?」
マチルダはいつもの様に穏やかに聞き返す。しかし、その様子は慎重にチェスを進める軍師と変わらない。
「まず、依頼人の食材を勝手に食べるのはどうかと思いますわ。あれはサグラで使う、商売用の物で決して安く売れる様な物ではありませんでしたの」
襲撃を受けた馬車をサウザーたちが助けに行ったのだが、回収を待つ間に馬車の物を食べてしまった事だ。
横で話を聞くサウザーと幸は表情を変えない様に堪える。
内心、頭を地面にこすりつけてマチルダに謝っていた。
「それと襲撃者を取り逃すなんて、そこの鳥使いは何をしていたのです?」
ギロリと視線がソファーの後ろに立つサウザーに向けられる。
彼は姿勢を保ちながら短く答えた。
「申し訳ございません」
ビナスは呆れて呟く。
「わたくしは謝罪ではなく、訳を聞いているのです。移民としてこちらで住むのでしたら、もう少し食の国リトラルの為に働いて頂きたい」
棘のあるビナスの言い方に言い返したい思いもあった。しかし、サウザーはお金の出ないやり取りに時間を割きたくない。黙って言葉を噛み潰す。
ビナスは一息入れて先の話を始めた。
彼女もいつまでも余計な事に時間を割きたがらない人間なのだ。
「まぁ、今回はいいでしょう。ですが、こちらで商売を行い、生活する以上、最低限の貢献はして頂きたいですわ」
ビナスはそう言いながら数枚の紙を投げ渡す。
その内の一枚が地面に落ちてしまった。
慌てて幸が広い、マチルダに受け渡す。
彼女たちが目を通し切る前にビナスは話し始める。
「もうすぐ、サグラが行われます。今年も例年通りなら国で最も大きな祭りになりますこと。これを見に毎年、多くの観光客も訪れています。来る方々が気持ち良く安心して、食の国リトラルでのひと時を楽しんでもらいたい」
渡された資料には幾つかのお店が書かれていた。その横には真っ黒な星が付けられている。
力強く思念がこもっていた。
「その為に悪質でリトラルには相応しくないお店を一つでも多く無くさなければなりません」
女神の様に美しい容姿を持つビナスはまるで氷の女皇帝の様に冷たく微笑んだ。
「ランサン郵便協会にはこちらの印の多い場所から片付けて頂ければ」
なんとも物騒な依頼に彼女は付け足す。
「違法な食材を扱っている可能性が高い。貴方達はそれを確かめてから片付ければ良い」
それならば貴方方の良心は傷まない。
ビナスは眉を吊り上げてみせた。
マチルダは静かに話を聞いていたが、紙をまとめ直して話す。
「分かりました。調査、及び、排除としてそれぞれ、レベル二から四として、引き受けさせて頂きます」
「えぇ、わたくしの期待をせいぜい、裏切らないでちょうだい」
話が終わるとビナスは立ち上がり、早急に出て行こうとする。だが、ドアの部に手を掛けた彼女は思い出したかの様に振り返った。
「そうそう、その資料に三つ星が付いている物があるでしょう。それだけは早急にお願いしますね。何しろ、すでに行方不明者が多数出ている。見過ごすことはできないわ」
ビナスは言い終わるとすぐに部屋を出ていく。
とてつもない顧客を相手がいなくなり、マチルダは思わずソファーにへたり込む。
「はぁ、サウザー……あなたのせいで厄介な依頼を受ける事になったじゃない」
頭を抱えながら後ろにいるサウザーを睨む。
彼は申し訳ないと眉を下げて肩を窄めた。
「すまない。すぐにその依頼を片付けてくるよ」
謝りながら彼はマチルダの手にある書類を取ろうとした。しかし、彼女は資料を遠ざける。
「ダメよ。あなたはロトンドさんとの約束があるのでしょ? そっちを片付けて来なさい」
馬車の救出で、助けた馬車の主人ロトンド。食材を分けてもらったお礼にいくつか依頼を引き受ける約束だった。
お金を稼ぎたいサウザーはもどかしそうに話す。
「あの人の方もやるけど、そっちもさせてくれ」
「ダメ」
マチルダはキッパリと断りを入れる。
稼げない事が彼にとっていちばんの罰だと分かっているのだ。
サウザーは歯痒そうに顔を歪めて言う。
「なら、ビナスさんの依頼は誰がやるんだ? まさか、一般の人にやらせる訳じゃないだろ?」
彼の問いかけにマチルダはため息を吐きながら、メガネを外して眉間を抑える。
軽くメガネを拭く。
「当たり前でしょ。レベル二から四とは言え、頼む相手は選ぶに決まっているでしょ……とは言え手が空いている人は、今はほとんどいないし……」
思い悩んだ彼女はメガネをかけ直して、立ち上がる。
「仕方ない。私が出るわ」
「マチルダさんが⁉︎」
支部長自ら出る事に隣で聞いていた幸が目を見開く。しかも、彼女は受付嬢でランサン郵便にはなくてはならない存在だ。
危険な依頼に出ても大丈夫なのだろうか?
驚く幸にサウザーは言う。
「安心しなよ。マチルダは幸、君よりも強いから」
サウザーの言葉にマチルダは腰に手を当てて鼻を鳴らす。
「そうよ。非力な受付嬢じゃ、支部長は務まらないんだから。大船に乗った気持ちでついて来なさい」
「幸も連れて行くのかよ……」
自分がいけない事に残念がるサウザー。
「連絡役は必要よ。構わないかしら?」
チラリと尋ねるマチルダに幸は元気のいい返事で答える。
彼女達はこうして、森の中のレストランへ向かうのだった。
ただ、幸たちは世にも恐ろしい料理が振舞われることを微塵も知る由はなかったのだ。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
前回の依頼でもらった食材はあんまり使われて欲しくなかったみたいです。やらかしてしまったサウザーには稼がせないのが一番のお灸になります。なぜなら、彼の目的のために途方もないお金が必要だからです。
この会議の裏で聞き耳を立てていた人たちがいます。アシュメとアウリスです。
アウリスは自分が原因だと顔を覆っており、アシュメは楽しんでいるみたいですね。
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