慣れない日々と孤島の食材 Lv.1(二話)
カラッとした日差しが、木陰から差し込んでくる。
チラチラと眩しかった。
眠りについていたティーレは目を覚ます。
ふかふかのベッドや様子を見に来てくれる人がいない。
いつもと違う感覚に心が戸惑ってしまう。
「ママ……?」
辺りを見渡しても自然豊かな森が続くばかりで、彼女の母親らしき姿はなかった。
「あっわたし、そうだ……蜜の花を探さなきゃ」
ティーレはちょうど囲いの様になっていた木の根元から起き上がると近くに咲いている花を積む。
彼女は慣れた手つきで花を口に近づけた。
チュッと中の蜜を吸い取ると苺ジャムの様な甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
カチコチに痛い肩と疲れが取れていない足を動かしながらティーレは再び歩き出す。
幼い彼女が街から離れて、一人を彷徨っているのには訳があった。
「ママ、きっと心配してるよね……ごめんはない。でも、必ず見つけるから待っててね」
不安を感じたティーレは思わず、独り言を呟いてしまう。
「昨日は見つからなかったけど、今日こそは蜜の花を見つけてあげるから!」
病気のママを置いて、彼女は森の中で一夜を過ごしてしまった。
ティーレ自身もママがすごく心配している事に自覚している。しかし、それでも思い出の蜜の花を見つけて上げたいと、彼女は森の奥深くまで進んで行く。
その様子を一羽の黄色い鳥が静かに見守っていた。
海風が感じられない程、奥へ来たティーレは薄暗い中、ひんやりとした空気に肩を震わせる。
「どこ……蜜の花?」
花を積んでは啜りながら彼女は呟く。
「あれ? この道さっきも通った?」
ふと、森を歩いていると引き抜かれた花を目撃する。それは自分が取った花だとすぐに気づいた。
「え、あれ? でも、ここ初めて来たよ? 引き返せば……えっと、わたしどっちから来たんだっけ?」
森を歩いていたティーレだったが、散らばった花を見つけて自分が森に迷ってしまったのだとようやく、気づいてしまう。
迷子になったと気づいた彼女は慌てて辺りを見渡すが、ママも、進んでいける道がどこにあるかも見つけられずにいた。
焦ったティーレは走り出してしまう。しかし、進んでも、進んでも、変わり映えのしない景色に彼女は目が回ってしまった。
大きな苔むした岩の側で彼女は足を止める。
冷たい空気に薄暗い森の中、心細くなった少女は震え始めてしまう。
「ママ……会いたいよ」
重たい足取りで再び歩き出そうとした彼女だが、不意に枝が割れる音に驚いてしまう。
「ひぃ」
下を見るとなんて事のない枝を自分で踏んづけていたのだ。
彼女は思わず苦笑いしてしまう。
「はは、なんだ枝か……」
辺りが暗いせいか、いつの間にか臆病になってしまっていたのだ。
ほっと胸を撫で下ろした。
「ふぅ、大丈夫。必ず見つけてみせるから待っててママ……」
決意を固めて、頑張って先に進もうとする。その時、背後から噴き出る様な息吹が聞こえてきた。
「なに?」
ティーレは咄嗟に振り返る。しかし、あたりに獣の姿は見えなかった。
あるのは苔むした大きな丸い岩だけだ。
いや、違う。
ティーレは気づく。
あれは岩ではない。
ほんの少しだが息をしている様に見えた。
静かに様子を伺っていると苔むした岩は、のっそのっそとゆっくり動き始める。
岩だと思っていたあれは、巨大な猪だった。
苔むした体は滅多に動かずにいた証拠だ。
猪はもっそもっそとキノコを食べている。
初めて見る獣にティーレは怯えて、思わず走り出してしまった。
(あんなのに食われたくない!)
彼女は無我夢中で森を駆け抜ける。しかし、獣に背を向けて走ってはいけなかった。
突然、視界の端で素早く動かれた苔猪は追いたくなる衝動に駆られて、周囲の木を薙ぎ倒しながら彼女を追いかけてしまう。
あっという間にティーレの背後まで迫ってきた。
振り向くと巨大な牙を剥き出しにした獣が自身に向かって近づいてきたのだ。
体がふわりと浮く。
足に何かが引っかかった様な感覚だ。
どこかに躓いてしまった。
食べられてしまう。
頭によぎった時、全身から血の気が引いていった。その時、深い森の奥から一羽の鳥が彼女の頭上を通り過ぎる。
黄色く輝く鳥だ。
鳥は勢いそのままに苔むした猪へぶつかり、閃光と共に弾け飛ぶ。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
高い場所から青年の声がする。
彼女が見上げると岩の上から見下ろす様に青年が立っていた。
綺麗な金髪に、黄色い瞳には星を宿していた。
彼はマントを羽織り、ゴーグルをぶら下げている。
手には長い旅の杖を持っていた。
青年は優雅にハキハキと尋ねる。
「君がティーレだね」
あんぐりと開いた口が閉まらず、ティーレは思わず頷くこ。それでも、彼には十分な返事だった様だ。
青年はクスッと微笑むと優しく呟く。
「迎えに来たよ」
彼はそう言うと素早くティーレと苔猪の間に立った。
「随分と大きなチンギアーレだね」
僅かな日差しを手で遮りながら、苔むした猪を見上げる。
彼はチラリとティーレの方を見た。
「大丈夫、直ぐに片付くよ」
飛んできた雷鳥によろめいていた苔猪チンギアーレ。
先程の突進に頭に来たのか、目が血走り今にでも食らいつこうと言う勢いだった。
目の前の青年なんて頭から丸齧りにされてしまう。
ティーレは嫌な予感がした。しかし、結末は彼女が想像していたよりも呆気なく終わる。
突然、空から雷の様に鳥が降ってくる。
一瞬の輝きの後、苔猪チンギアーレはピタリと止まってしまう。
最初からハリボテだった様にばたりと倒れてしまった。
何が起こったのか理解できなかった彼女に青年はしゃがみ込んで優しく語りかける。
「ほら、直ぐに片付いた。さあ、帰ろう。お母さんが心配している」
「ママが……?」
彼はこくりと頷く。
ふと、何かを思い出した様に彼は口を再び開き始めた。
「自己紹介がまだだったね。初めまして、ランサン郵便協会リトラル支部所属、サウザー・ピジュン」
サウザーと名乗った青年は立ち上がり、空を飛んでいた黄色い雷鳥を腕に乗せる。
レモンの様な髪に爽やかな微笑みを浮かべる彼にティーレは生まれて初めて見とれてしまった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
サウザーの環境メモ:苔猪チンギアーレ
雑食の猛獣でとても怠け者、目の前に食材が来なかったら動く気にもならない。(ただし、大物は別)
長い年月同じ場所にとどまるので苔が全身に生えてしまう。
依頼で討伐を引き受ける時、Lv.2と比較的安全に狩れる。
味は脂身が少なくサッパリとして、食べやすい。
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