慣れない日々と孤島の食材 Lv.1(十三)
楽しそうに旅の話をし始めるティーレの後ろで老婆は静かに立ち上がる。
スッと立ち上がった老婆は、彼女の母親の方を見て別れの挨拶をした。
向こうも察しがよく、軽く会釈をして娘の冒険譚に耳を傾ける。
外に出て来た老婆は、家の屋根を見上げて呟いた。
「全く。鳥使いは人使いも荒いね」
老婆はそう言ってフードを被り、夜の街へ消えて行く。
その様子を屋根の上から静かに見ていた黄色い鳥は自身の体から放たれる光をグッ抑えた。
軽く羽ばたき、二階の窓枠まで降りる。
窓の向こうではたった一つの蝋燭の灯りの中で母親と子供が楽しく蜜の花のプリンを食べながら話しているのが見えた。
その様子を食堂にいたサウザーは静かに見届ける。
やっと仕事を終えた彼は、ようやく、息をつく事が出来た。
食べかけの蜜の花のプリンを眺めながら想いを巡らせる。
今日出会った魔物や依頼の事、あとは老婆へのお礼について。
ただ、この瞬間、考えた全ての事は、一旦は忘れてもいいと思う事にした。
彼は再び、蜜の花のプリンを食べようとする。
すると、肩にポンと何かが乗っかるのを感じた。
隣を見ると黒いロングヘアーに少しだけ跳ねた前髪の少女が、サウザーの肩を枕に寝息を立てて静かに眠っていた。
その顔はとても安らかで気持ち良さそうだ。
サウザーは思わず笑ってしまう。
「全く……こんな所で寝たら風邪引くだろ」
彼はそう言うとそっと腕を回して幸を抱え上げる。
起こさない様に慎重に持ち上げた。
代金は雷鳥に任せて、彼は静かに食堂を後にする。
静かな夜道を通って行き、檸檬の木がある家にたどり着く。
玄関では帰りを待っていたマチルダが扉を開けて待っていてくれた。
彼女の横を通り過ぎて、幸の寝室へと向かう。
(あんまり、女性の部屋に入りたくないんだよね……紳士らしくないから)
サウザーはゆっくりと扉を開けながらぼんやりと思う。しかし、眠ってしまった彼女をほっとくのはもっと違う気がした。
(そんな薄情な奴じゃあの子に嫌われてしまう)
幸をベッドに寝かしつけながらサウザーは思った。
ふと、窓ガラスに自分の顔が映る。
綺麗な金髪に黄色い瞳の奥には星の様な輝きがあった。
彼は自身の顔をじっと見つめて、妹を思う。
ぷっくらとした柔らかい顔に母親に似て黄色い瞳をしていた。
サウザーは大きく息を吸って吐く。
チラリと振り返ると幸せそうに幸はベッドで眠っていた。
もう一度、窓の方を見る。
今度は鏡の様に映る自身の姿ではなく、遠くの方を見た。
僅かに光る港の街灯に、空には数多の星が輝いている。
(霧に覆われたブリッジランドとは大違いだ)
故郷を思い出していた彼は肩をすくめる。
いつまでもここに居てどうする。
人の部屋、ましてや異性の部屋に無断で居続けるなんて紳士ではない。
そろそろ、部屋を出なくては。
窓の外を眺めていたサウザーは、部屋を後にしようとする。しかし、彼はピタリと足を止めた。
もう一度、窓の外に目を向ける。
今度は遠くではなく近くだ。
夜に染まって黒くなった檸檬の木に目を向ける。
「……」
サウザーはほんの少し、窓の鍵を外して僅かに開く。
ふんわりと冷たい夜風が幸の部屋へ入って来る。
昼間の暑さが残るこの国では、気持ちのいい風だ。
彼はそっと指で窓枠をなぞる。
黄色く僅かに光る文字が浮かび上がった。だが、すぐに消えて行く。
「細やかなおまじないだ」
彼はそう言って魔法を施して、部屋を後にした。
翌朝、暖かな日差しが港街全体を照らし始めた頃、一羽の雷鳥がいつもの様に檸檬の木に止まる。
雷鳥は毛繕いをして準備を整えていた。しかし、普段と違う所に気づく。
窓が開いているのだ。
雷鳥は羽を羽ばたかせて近づいてみる。
開いていた窓の中を覗くと黒髪の少女が気持ち良さそうに眠っているのが見えた。
毎日、限界まで声を張り上げていた雷鳥だったが、ぐっすり眠る彼女の様子を見て肩の荷が降りた様な気がする。
気分が軽くなった雷鳥は歌う様な鳴き声で、朝が来た事を知らせるのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
彼の優しさはとても繊細で暖かいですね。それにちょっぴり遊び心もある。
前回と最初の方に出たお婆さんは食の国でも最も強いとハンターで
サウザーがこの国で最も信頼できる人間です。
「リトラルの鳥使い」は今年いっぱいを使って投稿していく予定です。
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他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。
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