慣れない日々と孤島の食材 Lv.1(十一話)
次々と人が訪れていく食堂。
うつらうつらしていた幸だったが、気づくとあっという間に、周りの席が埋まりつつあった。
本当はゆっくり横になりたい気分を抑えて、体の姿勢を整えて目を瞑っている。
目まぐるしい世界を見るのは疲れてしまう。
新しい日々に慣れようとしても、うまく馴染めない。
足を引っ張る様に彼女は得体の知れない憂鬱感に苛まれていた。
明日への期待がない。と言うよりも今日への執着が強くなる。
出来ない事をいつまでも悔いて進めない。
夜、ゆっくり休む事ができずにいた。
それでも朝は来てしまう。
幸は少しでも体を休める為にじっと止まって目を瞑る。
目の前の机に何かが置かれた時、幸は重たい瞼を開けた。
淡いランプの光が視界を眩ませる。すぐに大きな机の上に平たいボールの白いお皿が置かれる。
丸まったキャベツに、付け合わせの野菜。そして、ほんの少しの飾りに白い蜜の花が乗っている。
もくもくと浮かぶ湯気はまるで綿雲の様だ。
幸の目の前に運ばれてきたのは、ロールキャベツだった。
「おはよう、食べれそうかい?」
料理を持ってきたサウザーは静かに尋ねる。
彼の眉が珍しく下がっているのに、幸はハッとしてしまう。
彼女は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫! 食べれるよ」
静かに見つめるサウザーだったが、優しく微笑んで頷く。
「うん、食べたらゆっくり休めるさ」
そっと隣に座る。
目の前の料理に幸はしばらく、手をつけられずにいた。
スープに浸かるロールキャベツは、艶やかで丸々の見た目に崩すのが勿体なく思う。
「お姉ちゃん、食べないの?」
向かいに座るティーレが尋ねる。
彼女は先に運ばれてきたロールキャベツをフォークでそのまま突き刺し、齧り付いていた。
ハフハフと熱くてなかなか噛めずにいる。
美味しそうにがっつく彼女を見ていると唾液が溢れてしまいそうだ。
幸は唾を飲み込んで、ナイフを受け取り、自分用の箸を取り出した。
しっかりと箸で押さえながら、ナイフで切っていく。
柔らかいキャベツはスパッと切れて中の肉汁が溢れ出る。
うっすらと茶色く色づいたお肉とキャベツを箸で摘み、そっと口へと運ぶ。
ホクホクと口の中でお肉が踊る。
さっぱりとしたお肉の中にうっすらとモチモチとした細い食感があった。
(これは……エビ、カニかな?)
甲殻類の食感にジューシな陸の食材が幸の疲れた体に染み渡る。
付け合わせの野菜も自然と箸が進んでいく。
「はい、幸ちゃん」
ロールキャベツを堪能していると女将が後ろから幸のお気に入りの料理を差し出す。
熱々の湯気を立てながら真っ白な粒が艶やかに輝いている。
「また、それか……」
呆れるサウザーに幸はムッとしてしまう。
彼には魂がないのかも知れない。
幸は茶碗を持ち上げながら言う。
「日本人は、これがなきゃ夕食は食べれないわ」
ロールキャベツをスープに浸して、白米に垂らしてから口に運ぶ。そして、びしょびしょのご飯を幸は口に詰め込んで頬張る。
気だるげだった彼女は気がつくと火がつく様にご飯を食べていた。
あっという間にお皿に残ったスープすら飲み干してしまう。
幸はポンとそっと手を叩いて呟く。
「ご馳走様でした……」
彼女はホッと息をした。
身体中がお風呂に浸かった後の様にポカポカして熱い。
手で仰ぎながら、食べ終えたばかりの料理を思い返していた。
しばらくして、ティーレも残さず完食する。
「はーママの料理の次に美味しかった!」
お世辞のない評価に思わず笑ってしまう。
サウザーは乾いた笑いをしながら立ち上がる。
「二人とも食べ終えた事だし、デザートを持ってこようか」
彼はそう言うとウエーターが行き来をする調理場の方へ入っていく。
サウザーはバスケットを持ちながらすぐに戻ってきた。
賑わう人々を避けながら、彼は幸たちのテーブルにたどり着く。
バスケットから小瓶を三つ並べる。
真っ白な光沢のある蜜が入っていた。
サウザーは全く同じ三つのスプーンを持って言う。
「さあ、選んで」
選ぶものなんてない。
ニンッと微笑みながら彼女たちがスプーンを取るのを待った。
幸は適当に取って、小瓶に詰まった柔らかな蜜の花を掬い上げる。
絶妙な柔らかさはプリンに似ていた。
幸はゆっくりと口へ入れる。
舌に乗せた瞬間、口で溶けてしまう。
濃厚なミルクの甘みが広がっていく。
甘くて優しい舌触りに幸はゆっくりと堪能する。
いつまでも食べていたい。
幸は舌までもが溶けてしまいそうな甘さに一人唸る。
一方、ティーレはハムハムと目を輝かせながら口に運んでいく。
あっという間にデザートを食べ終えてしまった。
彼女は名残惜しそうに瓶の底を覗き込む。
静かに見ていたサウザーは立ち上がり、席を回り込んで、ティーレの側まで歩み寄る。
「また、食べられるさ。今度は……」
彼はスッとバスケットをティーレの前に押し出した。
「お母さんと一緒に」
中身は布が被さり、よく見えない。しかし、サウザーの一言にティーレの目の色が変わる。
彼女はバスケットを受け取ると突然、食堂を飛び出してしまう。
真っ暗な暗闇の街を駆けて行く。
「え、どうしたの!」
デザートに夢中だった幸はハッとして立ち上がる。
飛び出した少女の方を見た。
「なに、家に帰っただけさ」
サウザーは落ち着き払った様子で語る。
「わ、私も一緒に……!」
幸は慌てて後を追おうとした。しかし、サウザーは軽く必要ないと言い切る。
「もう依頼は終わったんだ」
パサついたセリフに幸はムッと顔を顰めて言う。
「何言っているの? あの子一人で帰らせるなんて! 外はもう暗いんだよ。もし、転んだらどうするの」
僅かな窓の灯りがある街とはいえ、足元まで見えるわけではない。
もし、石段に足を引っ掛けたら怪我をしてしまう。
サウザーは心配する彼女の隣に戻ると静かにデザートを食べ始める。
「大丈夫、あの子の行先はもう、照らしてあるから」
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
スプーンを選んでもらうのは不思議とやってしまいます。
出来上がったロールキャベツは湯気が凄くて雲の様に浮かんでいて美味しそうです。
今回、二種類の肉があるのですが、孤島のストリッシャウッチェロが甲殻類の様なぷりぷりと
美味しい触感があります。
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