第四章 国はいくらで買えるか
第三回宮廷会議は、これまででもっとも人数が多かった。
これまでの出席者に加え、外務卿、軍務卿、財務卿が新たに呼ばれていたからである。
王アルベルト三世は、長机の両側に並ぶ重臣たちを見渡した。
国の知恵が、昨日より三人増えた。
それなのに、安心感は少しも増えなかった。
「まず問題を整理しましょう」
宰相ベルナールがいつもの言葉で会議を始めた。
「問題は、すでに外国へ伝わっております」
外務卿が机の上へ数通の書簡を並べた。
「隣国から正式な照会が三件。非公式な問い合わせが八件。祝辞を装った嘲笑が二件届いております」
「祝辞を装った嘲笑とは何だ」
「『貴国が婚姻制度の革新に着手されたことを心より祝す』とのことです」
王のこめかみが引きつった。
「どこの国だ」
「南方王国です」
「覚えておけ」
リオは記録板に、南方王国を覚えておく、と書いた。
何のために覚えておくのかは不明だった。
外務卿はさらに続ける。
「また、北方公国は、王妃を恩賞として扱う先例が成立するなら、自国の王女にも影響が及ぶとして懸念を表明しております」
「余の失言が、なぜ北方公国の王女にまで届くのだ」
「外交とは、関係のないものを関係づける仕事です」
ベルナールがうなずいた。
「その説明は正確です」
「褒めるところではない」
王は椅子へ深く座り込んだ。
外務卿は淡々と書簡をめくった。
「もっとも深刻なのは、敗戦国です」
室内の空気がわずかに引き締まった。
「敵国は今回の騒動を、『王国が功臣を処遇できず内部対立を起こしている証拠』として宣伝しております」
軍務卿が鼻を鳴らした。
「敗者の戯言です」
すかさず外務卿が応じる。
「ですが、敗者の戯言でも、繰り返せば噂になります」
「ならば軍を国境に置けばよい」
「置けば、内紛を隠すための軍事行動だと解釈されます」
「置かなければ、弱腰だと見られる」
「その通りです」
王は二人を見比べた。
「どちらにしても駄目ではないか」
外務卿はうなずいた。
「外交とは、そのようなものです」
王は、外務という役職そのものを廃止したくなった。
軍務卿が腕を組んだ。
「陛下。軍人の立場から申し上げます」
「申せ」
「バルツ将軍の功績は、通常の恩賞では足りません」
「そこを何とか通常にせよ」
「不可能です。将軍は王都を救い、王太子を救い、失地を回復し、敵を屈服させました。過去百年の武功をすべて合わせても及びません」
マティアスが小さく手を挙げた。
「前例がございます」
「今日は黙っておれ」
王が即座に制した。
軍務卿は続ける。
「この功績に対して陛下が約束を破れば、軍はどう受け取るでしょうか」
ベルナールが眉を寄せた。
「軍が不満を持つと?」
「少なくとも、次に国が滅びかけた際、命を懸ける前に契約書を求めるでしょう」
リオは思わず筆を止めた。
敵軍が迫る中、兵士たちが恩賞の条項を確認している光景が浮かんだからである。
王はバルツを見た。
「そなたはどう思う」
「自分は陛下のためなら、また戦います」
王の表情が明るくなる。
「聞いたか」
「それで、自分にお后様をくださる件は──」
王の表情は元に戻った。
軍務卿は重々しくうなずいた。
「将軍の忠誠に疑いはありません」
「要求にも疑いがないのが問題なのだ」
ベルナールが言った。
今度は財務卿が、大きな帳簿を開いた。
「では、金銭で解決してはいかがでしょう」
王は初めて希望のある言葉を聞いた気がした。
「いくらだ」
「まず黄金十万枚」
バルツは首を振った。
「要りません」
「領地を三州」
「要りません」
「王都に屋敷を二十棟」
「住めません」
「税の永久免除」
「税は払います」
財務卿の眉がわずかに動いた。
税を払いたいと言う人間を、彼は初めて見た。
「では、将軍の子孫七代にわたり年金を」
「まだ子どもはいません」
「将来の子どもです」
「お后様との子どもですか?」
王が机を叩いた。
「違う!」
財務卿は慌てて帳簿へ視線を落とした。
「それでは、王国の年間歳入の一割に相当する財産を――」
ベルナールが止めた。
「待ってください。そこまで与えれば、国が傾きます」
「しかし陛下は、何でも与えると」
「国庫ごと渡すとは言っておらぬ!」
セドリックが法典を開いた。
「条文に照らしますと、『何でも』の範囲に国庫が含まれるかは――」
「含めるな!」
王の声が会議室に響いた。
財務卿は真剣な表情で計算を始めた。
「王妃陛下を金銭換算することはできませんが、仮に将軍の満足度を基準として代替価値を算出するならば――」
エレオノーラが出席していなくて本当によかった、と全員が思った。
バルツは困ったように言った。
「金はいりません」
「では、何ならよいのです」
「お后様です」
財務卿は帳簿を閉じた。
「計算不能です」
「余にも分かる結論を出すな」
王は額を押さえた。
政治は信用を守れと言う。
法律は王命を撤回できないと言う。
歴史は王朝が滅ぶと言う。
宗教は誓いを守れと言う。
外交は外国が見ていると言う。
軍は功績に報いよと言う。
財政は金では買えないと言う。
どの意見も正しかった。
そして、どの意見も役に立たなかった。
そのとき、会議室の扉が勢いよく開いた。
近衛兵が息を切らして入ってくる。
「陛下、緊急のご報告です」
「今度は何だ」
「王都の広場に、市民が集まり始めております」
ベルナールが立ち上がった。
「暴動ですか」
「いいえ」
近衛兵は言いにくそうに視線をそらした。
「賭けでございます」
室内が静まり返る。
「何の賭けだ」
王が尋ねる。
「陛下が約束を守るか、破るかです」
リオが筆を落とした。
「現在のところ、約束を破る方が三対一で優勢です」
王は椅子から立ち上がった。
「余の信用が賭けの対象になっておるのか!」
「さらに、王妃陛下が将軍のもとへ行く日付についても賭けが始まっております」
「行かぬ!」
「その発言も賭け率に影響する可能性がございます」
王は口を閉じた。
もはや何を言っても事態が動く。
何も言わなくても事態が動く。
ベルナールは静かに新しい紙を取り出した。
「陛下」
「何だ」
「まず問題を整理しましょう」
王は、これまででもっとも深いため息をついた。
会議は王宮の中だけで空転していたはずだった。
しかし今や、外国も、軍も、国庫も、そして国民までもが、この問題へ参加し始めていた。
次の会議では、もはや専門家だけで話を済ませることはできない。
王自身が、何らかの決断を下さなければならなかった。
少なくとも、その時点では誰もがそう思っていた。




