第七話 ソウサカイシ
「まあ、なんにせよ、犯人が分かったという訳か。」
健介が静かに言うと、部屋に後味の悪い空気が流れた。
「ええ、皆さんをお引止めして申し訳なかった。もう部屋から出ていただいて結構です。ただし富子さんの部屋や今回の現場には近づかないでいただきたい。」
「ではここにもういる必要はないのですね。社長、早くここから離れましょう。死人が出た館に留まっている間は気が休みません。」
「すぐに船の手配をいたします。」
帰りを急ぐ清重を横目に文子は部屋を出て行ったがすぐに戻ってきた。
「皆さま申し訳ありません、只今風と雨がひどく、波が荒れて船を出せないそうです。」
「何だって、じゃあ僕らもうしばらくこの館から出られないのか!まったく、ついていないな。」
「何かお飲み物でもご用意しましょうか。」
「じゃあ僕はワインを頼むよ。」
少し怪訝な顔をした後、勇の要望の物を取りに文子は部屋を出て行った。外の雨と風の音が木霊す中、温かい部屋の中の人々の顔は心なしか少し穏やかになった。
ただ一人角倉を除いては。
角倉はまた部屋の隅に腰を下ろすと、首をさすりながら考え込んだ。
「警部さん、もしよければ富子さんの部屋を見せていただけませんか?」
しばらくして角倉は何かを思い出したように立ち上がると、椅子に座っていた警部に話しかけた。警部は眉間にしわを寄せると角倉を見つめた。
「なにが引っかかっている?」
何も言わない角倉を見て、警部はやれやれというように重い腰を上げると廊下に出た。
主を失った部屋はひどく寂しく暗かった。
「ほらよ、もう捜査は済んでいるから好きに見なさい。」
警部の言葉を合図に角倉は行動を開始した。真っ先に部屋の真ん中に鎮座する机に向かった。全ての引き出しを抜いていく。最後に抜こうとした右上の引き出しに鍵が掛かっていた。
「あの警部さん、ここの鍵はありますか?」
「ああ、そこの引き出しなら調べ終わったからまた元の状態に戻したんだ。今開ける。」
角倉は引き出しが解除されると中の物を慎重に外に出した。引き出しには一枚の写真、借用書、印鑑、鉛筆、使い道のよく分からない棒以外入っていなかった。写真は古く、集合写真のようであった。
「それはおそらく、寺門富子の兄一家とその使用人たちの写真だ。」
写真を見た警部がどこか愁いを帯びた声で言った。
写真の中心に座るのは三十代ぐらいの男女、寺門夫妻だろう、どちらも優し気なほほえみを浮かべている。奥さんの膝におもちゃをかむ幼い男の子が座り、夫妻を挟むように二人の少女が立っている。一人は可愛らしく微笑み、もう一人は何か気に入らないことがあったのか仏頂面を見せている。微笑む少女の横に緊張した面持ちの少年が寄り添うように立っている。よく見ると少女と少年の指には指輪が光っている。六人を囲むように使用人たちがはじけるような笑顔で立っている。
角倉は幸せの詰まったこの写真に切なさと懐かしさを覚えた。引き出しを机の上に置くと、角倉は何かに気づいた。警部に不思議そうに見守られながら角倉は引き出しの高さを測る。
引き出しの高さは中指ほどなのに、内側は人差し指ほどしかない。隅っこのくぼみに使い道の分かった棒を指すと底の板が浮き上がった。
中から二つ折りにされた何枚かの紙が出てきた。開くと赤い不気味な文字が浮かび上がる。
「驚いた、底に細工があったのか。」
『お前のしたことは知っている』
『逃げられると思うな』
『十五年前から私はお前を見ている』
『黙っていてほしければ十万用意しろ。』
写真がくれた懐かしい優しい気持ちが消え去った。十年前、見ている、十万。
くねくねと紙に踊る文字をたどるにつれ、角倉の頭にある会話が思い出された。
※当時十万円=現在十億円相当




