第四話 ダイイチノジケン
「きゃーーー!」
甲高い叫び声が響く。
角倉はその心臓を止めるかのような叫びで我に返ると素早く動き、くの字に曲がった人の元に移動した。赤いドレスの胸元は赤黒く濡れ、苦しみと恐怖で醜く歪んだ顔の下には赤いルビーが不気味に光を放っている。
角倉は脈を確認した。
「富子さん!どうしたんですか!」
角倉は勇が駆け寄ろうとするのを咄嗟に止めた。
「誰も来るな。村田さん、警察を呼んでください。」
文子は困惑した表情を浮かべながらも急いで電話の元へと走った。
「し、死んだのか?富子が?」
「噓でしょ、何があったの?富子!」
勇と富子の友人の末子が取り乱すのを聞きながら角倉は辺りを見渡した。
キラキラと輝くガラスの破片の向こうで社長の健介と社長秘書の清重が気絶しそうな末子と荒ぶる勇を支えているのが見えた。床に敷き詰められた絨毯にはワインと思われる黒いしみが出来ていた。
まもなくして髪を乱した文子が部屋に戻ってきた。
「警察は船が出航次第来るとのことです。」
暗闇の中、一隻の船が湖の孤島に到着した。
「湖畔中央署の近藤元太だ。早速だが現場に案内していただきたい。」
数人の刑事を引き連れて部屋に大股で入って来たのは、ガタイの良い、目元に傷のある強面の警部だった。刑事たちはすぐに捜査を開始させ、強面の警部は角倉たちを別室に移した。
「ではそれぞれお名前をお願いできますか?」
今までどんなに怒鳴られても怖く感じなかった角倉も、ドキッとするほどの鋭い目つきで強面の警部が尋ねた。
すると、末子を始めとする部屋にいた者が一斉に話し始めた。
「おっと、ちょっと、落ち着いてください。一人ずつ伺いますから。」
ものすごい熱量に強面の警部が顔をしかめた。そのしかめた顔がこれまた怖く、部屋は静まり返った。少しの間をおいて末子が口火を切った。
「私は林田末子。富子とは友人ですわ。ああ、隣の部屋で倒れていたのが寺門富子ね。私たちただ気持ちよくワインを飲んでいたのに、こんなことになっちゃって、ひくっ。」
「私は畑山勇、富子は私の恋人だ。」
「私はこの近くで会社の社長をしとる北村健介だ。」
「私は中川清重と申します。北村健介の秘書をしています。」
「私は村田文子です。寺門富子の秘書をしております。」
強面の警部が眉間にしわを寄せながら、自分のことをどう言おうか迷っている角倉ににらみを利かせてきた。
「角倉聡介。寺門富子に雇われた探偵だ。」
(どうせ、教師と嘘をついてもすぐばれるし、警察に隠す理由もないだろう。)
しかめ面の警部は角倉の言葉を聞くと、追及の口を開こうとした。
「えっ、角倉先生、教師じゃないの?」
「こりゃ驚いた。君は教師ではなく、探偵だったのか?」
「どういうことだ、富子は探偵を雇っていたのか!」
警部よりも早く、末子と勇、健介が角倉を追求し始めた。
「皆さん、追及するのは我々の仕事ですので。角倉さん、どういう経緯か説明願います。」
「騙していて申し訳ない。私は寺門富子に依頼を受けて来ました。
依頼内容は舞踏会中なにか不審な動きをする者がいないか見張ることです。私がどこかの教師であるという設定は寺門富子が私が依頼を遂行する上で都合がよいと提案してきたものです。」
「不審な動き。寺門富子は何か悩みなどは言っていなかったか?例えば誰かに狙われているというような。」
「それはない!そんなことがあればまず僕に言っているはずだ!探偵なんかー」
角倉の代わりに答えたのは勇だった。何かとても興奮しているようであった。刑事は勇を手で制止すると、再び視線を角倉に戻した。
「なにも言っていませんでした。」
角倉が冷静に答えると、警部は顔を緩めた。
「そうか。では、当時の状況について聞かせていただけますか?」
警部が角倉から視線を逸らすと、末子がまるで演劇のヒロインかのような口調で語り始めた。
「私は今宵行われていた舞踏会に参加するためにこの館に参りましたの。
きっと他の皆さまも同じでしょうが、舞踏会が始まってしばらくしてそちらの富子の秘書さんが私を呼びに来て、この部屋に通されました。たしか私がこの部屋に入ったときには勇さん、北村さん、中川さんはもういらしていたかしら。それからしばらくおしゃべりしていると、富子が部屋に入って来ましたの。その後に角倉先生が秘書さんに連れられてこの部屋に入って来られましたわ。
その後、女中がワインを運んできて、いえ、その前に富子が私たちを角倉先生に紹介したのよね。それでみんなでワインをいただいたら、急に富子が苦しみだして、それで、ああっ、こんなにひどいことになるなんて。私、もう訳分からなくて、思わず叫んでしまいましたわ。」
末子はめそめそと泣くので、文子は桃の花の刺繍が施されたハンカチを差し出した。末子はハンカチを目元に当てるとさらに泣き出した。警部はふらつく末子を近くのソファーに座らせると、横に立っていた文子に問いかけた。
「辛いことを思い出させて申し訳ない。寺門さんはワイン以外に何か召し上がっていましたか?」
「いえ、私の知っている限りではワインだけです。」
部屋に一人の若い刑事が緊張した面持ちで入って来て、警部に報告した。
「失礼します。近藤警部、現場検証が終わりました。被害者は寺門富子四十五歳。目立った外傷はなく、病死か毒殺と思われます。司法解剖に回しても良いでしょうか?」
「ああ、頼む。それから部屋にあったワインとグラスをくわしく調べるように頼んでくれ。」
「調べるのはグラスだけでいいかと。」
部屋に今まで黙っていた角倉の声が静かに響いた。
「どういうことですか、角倉さん?」
「ワインは女中が同じ瓶から私たちのグラスに注がれました。もしワイン自体に毒が入っていれば、私たち全員が今頃死んでいるはずです。」
「そうなのか?」
「はい、確かにワインは部屋でコップに注がれました。」
怪訝そうな表情を浮かべた警部が他の人に問うと、文子が冷静に答えた。警部は一瞬、間の抜けた表情を浮かべると、若い刑事に指示した。
「グラスだけで構わん。それから参加者を照会するように手配しろ。外部から入った者や出た者がいないかも調べてくれ。全てが終わるまで参加者は全員返さないように。」




